やっぱり禁酒だ



端的に言えば俺は凛のお願いにはとても弱い。
元々甘え下手の凛は滅多のことで俺にお願いを言ったり我儘を言ったりはしない。そんな凛からお願いをされればいつも二つ返事で快諾してしまうのだが、今回ばかりはやっぱり失敗だったかなと隣で可愛らしく笑う凛を見て思う。

「たんじろぉ、美味しいねぇ〜」

頬を赤く染めながらけたけたと笑う恋人は間違いなく隊士達の視線を集めていた。


***


「たんじろぉ…」
「うっ、そんな顔をしても駄目だぞ。今日は俺達の他にも沢山の隊士達が来るんだから。柱である凛が場を乱してどうするんだ」
「うぅ、でも…宇髄さんが仕入れてくれたお酒なんでしょ?私も飲みたい…」

駄目?と上目遣いにお願いされるとどうしても言葉に詰まってしまう。
凛は酒を飲むと本当に可愛らしくなる。その姿を見るのは大好きだ。他の奴らには見せたくないと思うほど。
凛はその風貌から隊士達にとても人気がある。そんな凛の酔った姿を見せるのはどうしても嫌なのだが…

「ね?炭治郎から離れないから…」

こうも食い下がられると甘やかしてやりたくなるのは惚れた弱みなのだろう。

「うぅ…分かった。ただ、本当に俺から。俺が外している時は善逸から離れないでくれ」

鳴柱である善逸は凛の酒癖を知っている数少ない友人だ。もし万が一俺が場を離れるようなことがあれば善逸に凛を託すことにしよう。
俺の言葉に凛は嬉しそうに微笑んだ。


***


凛の笑い上戸が凄いことは知っている。
凛はあまり大袈裟に表情を変えることはない。今でこそ親交の深い俺達の前では大分表情が豊かになったほうだと思うけど後輩隊士の前では常に冷静で恐れるものもいればその佇まいに憧れるものも多かった。
謎は興味を駆り立てられるっていうでしょ?つまりモテるんですよ、凛は。本人は全く気にもしてないというか気付いてないんだけど俺はそういうことに結構目敏いからさぁ。それによく聞こえる耳のせいで凛に好意を寄せている奴がいるとすぐ分かってしまうわけで。

「え、あれ本当に雪柱様だよな…?」

うんうん。だから今のこの状況はあまり良くないわけだ。
いつも澄ました顔をしている凛があんなにもふにゃふにゃに可愛らしく笑っている姿を見せればそりゃあその差に隊士達は驚くだろう。驚くだけならいいんだけどさ。

「…滅茶滅茶可愛い」

となりますよねまぁ。でもよく見てみ?その隣にいる男笑顔だけど凄い音させてるからね?

「凛、飲み過ぎだぞ。ほら少し水を飲むんだ」
「ぅん?もっとほしいよぉ…」

うん、卑猥。全く卑猥な会話をしてるつもりはないんだろうけど凛の惚けた目とか舌足らずな声とかよくないと思うんだ俺は。
炭治郎も同じことを考えたのか片手で顔を覆っている。大変だなあいつも。

「だ、駄目だ。もうこれ以上は飲ませられない」

炭治郎がそう言うと凛はむすっと炭治郎を睨みつけてあろうことか隣にいた男隊士抱きつく。
あまりのことに炭治郎も俺も、それに周りの隊士もその光景に目を奪われる。

「ふーんだ!なら他の人に貰うもんねぇ。…ねぇ、ちょーだい?」

凛に抱きつかれながらそう言われた男隊士は顔を真っ赤にさせて夢主に釘付けだ。あ、あの音は完璧に凛に落ちた音だ。
それともう一つ。凄まじい音がしているのを俺は聞こえないふりをした。

「こら、凛。困らせたら可哀想だろ?」

炭治郎がそれはそれはもう、とてつもなく優しい笑顔で言う。だけど纏う空気はその表情とは真逆のもので一気に場の空気が凍る。酔ってしまっている凛だけがそれに気付かず離れようとしない。

「分かった。俺の部屋に買い置きの酒があるからそれを一緒に飲もう」
「ほんと?」
「ああ、おいで凛」

炭治郎が両手を広げれば凛は嬉しそうに抱きつく。そんな凛を抱き抱えて炭治郎は俺に目線を向けた。

「善逸、俺と凛は戻らないから後は任せていいな?」

戻らない、とはっきりと告げる炭治郎に俺は呆れたように手をひらひらと振る。

「こっちのことは気にしなくていいから、さっさとその凄い音をなんとかしてきてよ」

俺がそう言うと炭治郎は少しだけ微笑んで凛と共にその場を後にした。
炭治郎が去ったことで場の緊張が解け所々から息をつく音が聞こえてくる。

「な、なんだったんだ今のは…」
「日柱様おっかねえ…」
「雪柱様、酒に弱いんだな…」

各々がそんな感想を述べる中俺は先ほど凛に抱きつかれた男隊士の横へと移動して腰を下ろす。

「な、鳴柱様」
「災難だったねぇ。まあ、さっきのことは忘れたほうがいいよ」

そう伝えると男隊士は顔を赤らめながら気まずそうに目を伏せる。
うーん、これは凛が悪いと思うんだよね。あんな風に誘惑したらお前に憧れていた隊士ならそりゃあ落ちるでしょうよ。
だけど二人の親友のため、そしてこの隊士のためにあえて伝えることにしよう。

「日柱はね、雪柱に関してだけは物凄く心が狭いんだ」
「え?」
「だから君にはなんの罪もないけど…暫くは二人に近付かない方がいいよ?」

含みを持たせて言えば隊士からは落胆したような音が聞こえる。あの日柱様の雪柱様。そう認識すれば手を出そうなんて輩はそうそういないだろう。全く俺に感謝しろよ。わざわざ後始末までしてやったんだから。



「ぶはっ!なにその声」
「……うるざい…」

翌日昼から合流した凛におはようと声をかければ枯れ果てた声で返事をされ思わず吹き出してしまう。
まあどうしてそんな声なのかはお察しなので敢えて聞かないでおこう。





×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -