あなたの好みは?
炭治郎に腰が細いなと言われた。 自分では考えたこともなかったけれど炭治郎にとってはそうなのだろう。ふむ、と姿見を見て腰を掴んでみるもののいつも通りの私しかそこには写らない。 そういえば炭治郎ってどんな女の人が好みなんだろう。そういう話をしてても炭治郎には「凛ならなんでも好きだよ」と言われてしまう。いや、まあ。そう言われて悪い気はしないのだけどもしかしたら私は炭治郎の好みとはかけ離れていてそうやっていつも誤魔化されているのかもしれない。 お世辞にも女性として魅了のある体つきとは思えない自分の姿を見てはぁ、と溜め息をつく。
「…太ろう!」
そう思って私はご飯の量を増やすことにした。
***
「凛、そんなに食べれるのか?」 「うん、お腹空いちゃって」 「そうか。午前は頑張ったもんなぁ」
そう言っていつもの二倍の量の握り飯を用意して炭治郎と一緒に昼食を食べる。炭治郎の隣で食べるものは何でも美味しい。きっと食が進むはずだ。そう思っていたのに。
「………」
いつもの量を食べた辺りで満腹感が襲ってくる。正直もう食べたくない。でもこれだといつもと一緒だ。自分に喝を入れてもう一つ握り飯を手に取り一口と口に含むが──つらい。
「凛、お腹いっぱいなんだろう?」
炭治郎に見透かされたように言われうっ、と言葉に詰まる。そんなことない…と言いたいがお腹は限界だ。一口だけ食べた握り飯をひょい、と炭治郎は私の手から取って食べてしまい残りは包んで持って帰ろうということになった。
「ご馳走様でした」
そうにっこりと笑う炭治郎につられてご馳走様でした…と私は手を合わせるのだった。
***
ご飯の量も増やせず鬼殺隊士として動き回ってるため太るのは困難だ。さてどうしたものかと歩いているとある人物が目に入る。
「宇髄さん、こんにちは」 「凛、久しいな!竈門とはうまくいってるか?」 「はい、まあ…」 「? なんだよ。何かあったのか」
そうだ。宇髄さんと言えばお嫁さんが三人もいるうえに炭治郎がよく相談にのってもらっていたという。それならば男の人の女の好みが、上手くいけば炭治郎の好みが分かるのではないのだろうか。
「宇髄さん、少しお聞きしたいことがあるのですが」 「お、なんだなんだ。お前らの話は面白えからな。何でも聞いてやるぞ」
…楽しんでるなこの人。 こほん、と咳払いをして私は宇髄さんに問う。
「あの…男の人ってどんな女の人が好みなんでしょうか」 「? そんなの人それぞれだろ?」
一刀両断とはまさにこのことだし、その通りだとしか言えない返事が返ってくる。いやそうなんだけど。でもそうじゃなくて…
「なんだお前、竈門に好みじゃないって言われたのか?」 「いや、その…炭治郎に昨日腰が細いと言われて」 「まあ確かにお前は細っこいし小せえな」 「……もう少し太った方が女として魅力的でしょうか」
私がそう言うと宇髄さんは数秒固まった後ぶはっ、と吹き出す。
「はははっ、いや悪い悪い。そうだなぁ…まあそのままでいいとは思うが…」
宇髄さんは私のことを上から下へと見定める。そしてにっこりと笑って
「お前は胸がないからなぁ。胸だけは太った方がいいな!」
なんて心にぐさりと刺さる言葉を言ってくる。いや確かに私は胸は…人並みにはあるほうだ。多分。決してないわけではない。だけど宇髄さんのところのお嫁さん達みたいに大きいわけでもない。…ということは?
「宇髄さん!」 「お?なんだなんだ」 「どうしたら胸が大きくなるのでしょうか?」 「ひーっ!お前もう俺を笑い殺す気か!」
え、なんでこんなに笑ってるんだこの人。 そういえばさっきも盛大に吹き出されたしそんなに変なことを言っているのか私は…?
「そうだなぁ。じゃあまず今話したことを竈門にそのまま素直に言うところからだな」 「炭治郎に?」 「どうやったらお前好みの魅力的な女になれるか。それと胸を大きくする方法は竈門に教えてあるからな。頼めば大きくしてくれるんじゃないか」 「! そうなんですか、ありがとうございます宇髄さん」
頭を下げてその場を後にする。宇髄さんはそれはもう楽しそうに笑っていた。
***
「…え?」
宇髄さんに言われたように炭治郎に伝えれば炭治郎は驚いたような顔でそんな声をあげる。
「? 炭治郎の好みに少しでも近付きたくて…」 「…俺のために?」
あれ、なんだか様子がおかしいぞ。 ずいっと炭治郎は距離を詰めて私を壁際へと追い詰める。
「な、な、なに」 「凛、勘違いしているようだから言っておくけど誤魔化しでもなんでもなく俺の好みは凛そのものなんだ。これ以上魅力的になられたら困る」 「さ、左様でございますか……」
どうやら本当に炭治郎は…何故かは分からないが私そのものが好みらしい。
「…あ!」 「? どうしたんだ」 「よく考えたら私も好みの男の人って聞かれたら炭治郎って答えるなって思って」
なるほどそういう事か。 自分に置き換えたらこんなにも簡単に分かるものなのだなと胸につっかえていたものが取れたような気持ちになる。私の言葉を聞いて炭治郎はふーーーっ、と長めの溜め息をつく。
「本っ当にそういうところだぞ、凛」 「え、なにが……ってなになになに!」
炭治郎が壁際へと追い詰めた私の胸を鷲掴みにする。え、今そういう雰囲気だった?
「た、炭治郎?なんで胸…」 「胸を大きくしたいんだろう?」 「え…うん。炭治郎に教えたって宇髄さんが言ってたから」 「うん。ちゃんと教えてもらったよ」 「ちょ、ちょっとたんじろ…」
そう言って炭治郎は両手で胸を揉みしだく。最初は驚いたけどどんどんその気になってしまう自分がいる。
「た、たんじろ。胸…んっ!大きくする方法って、なに!」
私がそう言うと炭治郎は少し意地悪な笑みを浮かべる。
「好きな人に沢山揉まれること」 「えっ」 「凛。俺のこと好きか?」
返ってくる答えが分かりきったような顔で炭治郎が言う。…意地悪だ。そして宇髄さん、嵌めましたね?
「………好き」
私がそう言うと炭治郎はそれはもう嬉しそうに笑う。
「じゃあ頑張って大きくするからな」
そう言って炭治郎は私を押し倒すのだった。
おまけ(数年後)
「へー、立派になったじゃねえか」 「ありがとうございます。呼吸も連続で使えるものが増えて選択の幅が広がりました」
宇髄さんの稽古に参加していた私は宇髄さんからの褒め言葉に素直に喜ぶ。そうすると宇髄さんは「まあそれもだけど」と言葉を濁す。
「他にも何かありましたか?」 「いや胸。大きくしてもらったな」 「……………はい?」 「竈門のおかげだろ? それ」
宇髄さんの視線が私の胸へ向いているのに気付きいたたまれなくなって両手で覆えば宇髄さんは「ははは!」と楽しそうに笑う。 いやそのですね。あれは完璧に宇髄さんに嵌められたと思うんですよ。 あの日から炭治郎はしつこいくらい情事の際に胸を揉むようになった。少しでも大きくなると「俺の胸が育った!」なんて意味不明なことを口走るのでその度に「私のだからね!」なんてやりとりをする羽目になったのだが。 …そんな風に会う度に揉みしだかれ私の胸は宇髄さんの助言通りちゃんと成長を成し遂げたのだ。
「宇髄さん駄目ですよ。これは俺の胸です」
いつの間にか追いついてきた炭治郎が私を隠すように前へ立つ。いやだからね?
「私の胸です!」
そう言えば宇髄さんはやっぱり楽しそうに笑い声をあげるのだった。
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