知らないことばかり
炭治郎は思ったよりもなんというか、甘えたがりだ。二人きりになると必ずくっついてくるし離れたがらない。それを鬱陶しいとは微塵にも思わず可愛らしいな、と思ってしまう時点で私も相当炭治郎が好きなんだろう。まさか自分が誰かに対してこんな気持ちを抱く日が来るとは思っていなかったからか少しむず痒い。
「何を考えているんだ?」
抱きつきながら聞いてくる炭治郎。ああもう可愛いなぁ、なんて思いながらそのよく効く鼻を摘まむとんぐ、とくぐもった声を出した。
「炭治郎のことだよ」
そう言えばそれはもう嬉しそうな表情を炭治郎は浮かべる。鼻を摘んでいた手をとられ炭治郎の顔が近付いてくる。 応えるように目を瞑れば唇に暖かい感触がすぐにやってくる。炭治郎とこうして口吸いをするようになってからというもの、会える日は必ずしているのではないだろうか。別に嫌ではない…というかむしろ炭治郎との口吸いはその、…好きなので。愛されているんだなぁと実感できるし炭治郎の体温をそのまま感じられるし。だからこの時間も行為も私は実は気に入っているのである。 唇が離れて目を開ければいつも通りの幸せそうな炭治郎の顔が…そこにはなかった。
「?」
なんだか真剣な、…というか色っぽい顔をしている。なんだなんだ、どうしたんだ。
「炭治郎?」 「凛、その…」
何か言いにくそうにもじもじとしている。 顔も真っ赤にさせているし、そんな顔をされるとこちらまでつられて赤くなってしまいそうだ。
「ど、どうしたの?」 「…舌を、」 「舌?」 「舌を入れてもいいだろうか?」
……どこに? ぽかんとする私の唇に炭治郎の指が触れる。 あ、あー!舌を、私の口の中に?そういえば昔隊士の女の子達がそんな話をしていたような気がする。あの頃は自分には無縁だと思っていたし興味もなかったから聞き流してしまったが。そうか、舌を。私の…口に? ずい、と炭治郎が再び私に迫ってくる。いや、どうすれば。
「凛が嫌ならしないよ」
よほど困った顔を、いやもしくは匂いをさせていたのだろう。炭治郎が少し寂しそうに言う。そんな顔をしてほしくないし、させたくない。
「嫌じゃないよ、でも」 「でも?」 「…どうすればいいかわからない」
そう。口吸いすら炭治郎とするのが初めてだった私に舌を入れたいと言われても一体全体どうすればいいのか皆目見当がつかない。そんな私を見て炭治郎は優しく微笑んだ。
「俺もしたことないけど、頑張るから」
凛は口だけ開けててくれるか?なんてそんな顔で言われたら断れるわけがない。おずおずと口を開けると炭治郎は嬉しそうに笑った後、私の唇にかぶり付いた。 宣言通り炭治郎の舌が私の口の中に入ってくる。あまりにも未知の感覚に肩がびくっと跳ねると炭治郎は私を両腕でぎゅっと抱きしめた。 くちゅくちゅ、といやらしい水音がやけに響く。逃げようにも炭治郎に抱き込まれているせいで後退りすら許されない。
「ん、…ふぁ、……ぁ、」
息が苦しい。それよりも時説背中を駆け巡るぞくぞくとした感覚が怖い。逃げようと引っ込めた舌を炭治郎の舌に絡め取られ、じゅっ、と強く吸われいつもよりも全く終わる気配のない口吸いに息苦しさからか生理的に涙が滲む。
「ふっ……ん、ぁ…」
炭治郎は私を逃さない。私はというものもう限界だ。息苦しさだけではなく。もう、なんと言うか。爆発しそうだ色々。
「た、炭……も、…ぁ」
逞ましい胸板を両手で押すけどびくともしない。少し唇が離れたかと思うとすぐにまたかぶり付かれてしまう。 全身に力が入らなくなってそのまま炭治郎に押し倒されるように体を預ける。 あれ、これまずいんじゃないかな。 惚ける頭に喝を入れ炭治郎の両頬を思い切りつねると炭治郎は目が覚めたようにはっとした表情で私を見てやっと唇を解放した。
「も、もう、おわり。今日は、もうおわり」
肩で息をしながらなんとか炭治郎にそう伝える。自分は今どんな表情をしているんだろう。恥ずかしすぎて炭治郎の顔が直視できず両手で顔を隠す。炭治郎はどんな顔をしているだろう。強制的に終わらせたから嫌だったかな。でも無理なもんは無理だ。もう本当に色々と無理だったんだから。
「…分かった、凛」
炭治郎の手が私の頬に触れると先程のようにぞくっという感覚が走り体が跳ねてしまう。
「んっ、」
炭治郎の手が一瞬止まったがその手はそのまま頭に持っていかれぽんぽんと優しく私の頭を撫でた。
「ありがとうな、大好きだよ。凛」
そう言う炭治郎は本当に幸せそうな顔をしていてそんな顔をされたら私まで嬉しくなってしまう。よく分からなかったけど間違ってなかったかな。
「その、」 「?」 「またしてもいいだろうか?」 「え、…今日はもうだめ」 「あ、いや。今日じゃなくてもいいんだ。その、また、したい」
頬を赤らめてそんなこと言われたら嫌なんて言えるわけがない。…嫌でもないし。
「…あれで良かった?間違ってなかった?」 「ああ!最高だった、本当に!」 「そう…また、…また今度ね」 「! いいのか!」 「い、いいよ…今度ね!」
またあんな凄いものをされるのかと思うと不安も勿論だがその、少しだけ期待もしてしまう。 そんなことを思う時点で私は炭治郎に溺れきっているんだろうな。
この後炭治郎は「か、厠に行ってくるな」と言って暫く戻ってこなかったけどお腹でも壊してしまったのだろうか。戻ってきたらお腹を摩ってあげよう。 それが炭治郎をますます追い詰めることになるなんて私は夢にも思っていなかった。
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