親近感
※モブ視点あり。
今日は日柱様の機嫌が頗る悪い。 いや、隊士に当たり散らしたり理不尽なことを言ったりするわけではない。挨拶をすれば普通に返してくれる。だけど、纏っている空気が怖すぎる。なんだあれ、もはや殺気ではないか?
「お、おい。誰か雪柱様呼んでこいよ…!」 「知らないのかお前、雪柱様は長期任務でまだ帰られてないんだぞ…!」
日柱様の恋人でもある雪柱様なら、あの恐ろしい空気を出している日柱様を宥められるかもしれないと抱いた希望は一瞬で打ち砕かれ、俺達は出来る限り日柱様を刺激しないようにと顔を見合わせるのだった。
「え!?日柱様にお届け物って…お、お前が行けよ!?」 「いや、お前の方が日柱様の稽古に参加してるだろ?だからほら、な?頼んだぞ!」
そう言って俺に荷物を押し付けた隊士は足早に去ってしまう。嘘だろ、誰が今の日柱様に好き好んで近付きたいというのだ。しかし荷物を届けないわけにもいかない。……詰んだ。 俺ははああぁ、と大きな溜息をついて重い足取りで日柱様の屋敷へと向かうことにした。
日柱様の屋敷へ着く頃には日も大分落ちていてますます気が進まない。こんな時間に荷物を届けたらもしかしたら怒られるのではないだろうか。いやいや、流石にあの日柱様がそんな理不尽に怒ってくるとは思えない。だけど、今日の日柱様は本当に怖かったんだよ。目が笑っていないというか、纏う空気がもはや痛いというか。あ、やばい。思い出したら逃げ出したくなってきた。
「ひえ!?」
意を決して「日柱様」と声を上げようとした瞬間、戸が思い切り開かれ俺は素っ頓狂な声を上げてしまうのだった。
***
「ああああ!雪柱様!!」
長期任務をやっと終え、帰ってきた私を見つけた隊士が歓喜の声を上げながら近寄ってくる。 いや、歓喜というか安堵?なんで涙なんて浮かべているんだろう?
「おかえりなさい!今すぐ!帰ってください!」 「え?なに?」 「ひ、日柱様が怖いんですよ!」
日柱様、とは炭治郎のことだ。珍しい。炭治郎が隊士達に怖いと言われることなんてあまりないのに。誰か炭治郎を怒らせるようなことをしたのだろうか。 言われなくても私は今日は真っ直ぐ炭治郎の元へ帰るつもりだ。私だってもう、凄く炭治郎に会いたかったんだから。それに怖い、と言われるほど機嫌が悪いのなら早く炭治郎の話も聞いてあげたいし。
「何か事件でもあったの?」 「いや…多分……なかったと思うんですけど…怖いんです…」
ふむ。よく分からないけど隊士の顔色を見るに炭治郎は珍しく自分の機嫌を隠せないほどご立腹のようだ。 ……私なんかしたっけ?炭治郎は私に関して何かあると立場も忘れて怒りを露わにすることがある。だけど長期任務中は手紙のやりとりも頻繁にしていたし、内容もこれと言って変わったものはなかった。
まあ、ここで悩んでいても仕方がないだろう。 私は泣きついてきた隊士に教えてくれてありがとう、と伝え少し足早に炭治郎の待つ屋敷へと向かい、屋敷へと到着すれば門の前に誰かがいることに気付いた。声をかけるよりも先にその隊士は「ひえ!?」と体全体を跳ねさせて驚いたような声を上げた。
その隊士は手に持っていた荷物を差し出すと、それを受け取った本人は待ちきれないと言わんばかりの表情で私のことを見つけて一目散に抱きついてきた。
「わっ!」 「凛!おかえり!」
弾むような声に痛いほど抱きしめてくる腕。 ……?いつも通りの炭治郎だ。どこも機嫌が悪くない。むしろ上機嫌に見える。嬉しそうに私の匂いを嗅ぎ、満足そうに何度も何度もぎゅう、と体を抱きしめてくるのは甘えているそれだ。今回の長期任務は思ったよりも長引いてしまったし、私もこれだけ求められるのは嬉しいし、……可愛い。
「あ、あのー…俺はこれで…」
目をまん丸くして驚いたような顔をしていた隊士がおずおずと、消え入るような声でそう言うと炭治郎は満面の笑みで「ああ!ありがとう!」と返事をしていた。あれ?やっぱりいつも通りの炭治郎だな…? 私は隊士達の様子と炭治郎の様子が噛み合わないなぁ、と思いながらも私に構って欲しくて仕方がないと主張をしてくる炭治郎が可愛くて、軽く触れる口吸いをすればそのまま湯浴みをすることすら許されず朝まで付き合わされることになるのだった。
***
「炭治郎」
縁側に座っていると愛しい声に呼ばれ振り返ると、少しだるそうにしながら俺の元へと凛が歩いてきて、隣へと腰を下ろす。寝巻きが少し肩から落ちてしまっている。俺はすぐに凛の寝巻きを正そうとすると、見える肌からは俺が昨夜つけた沢山の跡が姿を見せ大変目に毒だ。 そんな俺の視線に気付いたのか凛は自分で寝巻きを正し、少し恥ずかしそうに頬を緩める。
「助平」
ぐっ、なんて可愛らしい。しかし昨夜は凛に大分無理をさせた自覚があるから我慢だ炭治郎、我慢をするんだ…!
「もう起きて大丈夫なのか?その、昨日は無理をさせたから…」 「うーんまだちょっと体が重いけど、炭治郎と喋りたいし」
…凛はなんでこう、無自覚に俺を喜ばせることを言うのだろう。数ヶ月ぶりに会えた凛に俺はもう嬉しくて、愛しくて、どうにかなりそうだ。やっぱり長期任務は良くないな…
「炭治郎、昨日隊士達が怖がってたよ?」 「え?」 「日柱様が怖いんですって…何かあったの?」
私の言葉に炭治郎が首を傾げる。しかも、本気の顔で。あれ、どういうことだろう。
「怖いって、俺がか?」 「うん。でも私から見た炭治郎は普通だったからなぁ…」 「うーん…もしかして凛に会えなくて気が立っていたのかもしれないな」 「え、なにそれ」
迷惑な日柱様。と凛は言葉に反して嬉しそうな匂いをさせながら笑う。その全てが愛おしく好きだと思い知らされる。 ……だけど隊士達を怖がらせてしまったのなら反省しなければならないな。完璧な無自覚だ。不甲斐ない…! はぁ、と自己嫌悪に陥り顔を手で覆うと凛はそんな俺にもたれかかるようにくっついてくれる。
「早く機嫌なおしてね?」 「凛を見つけた瞬間から、ずっと上機嫌だよ」
そう言うと凛は「もう、それじゃあ長期任務に行けないじゃん」と可笑しそうに笑ってくれたが、俺としては本当に長期任務に行ってほしくないな…と切に願うのであった。
***
「日柱様、凄かったわ」 「ありがとうな!荷物!俺も雪柱様に早く帰るよう助力は尽くしたから…!」
俺に日柱様宛の荷物を押し付けた隊士は開口一番ありがとうありがとう、とお礼を言い続けるのでもういいよ、と言えば安心したような表情を作る。
いや、昨日の日柱様は凄かった。 戸を開けた瞬間、本当にこれがあの日柱様か?と思うほど少年のように目をきらきらと輝かせ、俺から荷物を受け取るときも心ここに在らずといった感じで「ありがとう!」とだけ言うとすぐに俺の隣を走り抜けていつの間にか後ろに立っていた雪柱様に飛びつくように抱きついたのだ。 あれはそう、まるで久々に飼い主に会えた大型犬のようだった。 居た堪れず、俺はこれで…と伝えた時に見せた笑顔と嬉しそうなありがとう!はいつものありがとうとは全然違って、嬉しくて仕方がないという心境を隠しきれていなかった。
もちろん、不機嫌な日柱様なんてもうそこにはいなかった。
「日柱様が輝けるのは、あの人がいてこそなんだなぁ」 「どういうこと?」 「日柱様も、俺達と同じ男だったてこと」
あんなに凄い人なのに、一気に親近感が湧いちゃったよ。
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