猫の日にご注意を
どうしてこんなことになったのだろう。 俺は羽織を脱いで頭からそれを被る。なるべく人に会わないように屋敷へ帰ると愛しい匂いが鼻を掠めて頬が緩む。そして俺が戸を開けるより先にその戸が開いた。
「炭治郎、おかえり!」
満面の笑みで凛が俺を出迎えてくれる。嬉しくてすぐにでも抱き締めたくて仕方がないのに、どうしたものかとぎゅっ、と羽織を握ると凛が不思議そうに首を傾げる。
「? どうしたの?雨でも降ってた?」 「い、いや…その……」
とりあえず家の中に入ろう、と凛と共に屋敷の中へ入るが俺はそれでも羽織を頭から脱がず、そして凛に後ろに立たれないように気をつけていると凛は心配そうに俺のことを覗き込んでくる。…観念するしかないか。
「凛、その…驚かないでほしいんだが」 「うん?」
そう言って俺は羽織を頭から取る。 そして俺の姿を見て凛は──
「え?」
目を見開いて、やっぱり驚いた顔をするのだった。
***
任務から帰ってきた炭治郎の様子がおかしい。 何か隠している時のそれだ。炭治郎は嘘も上手くないけれど、隠し事も上手くない。 なんだろう、何かあったのかな。羽織を頭に被っているということは顔を見られたくないのだろうか?それにしては私と目を合わせて喋ってくれるし…かと思えば私に後ろに立たれたくないのか私の後ろを歩くようにして移動をする。 純粋に心配だ。もしかして頭を強くぶつけたのだろうか。そう思い炭治郎の顔を覗き込むと炭治郎は諦めたようにはぁ…と溜息をついて、
「凛、その…驚かないでほしいんだが」 「うん?」
そう言って脱いだ羽織の下からは──
「え?」
可愛らしい猫のような耳が生えていた。
「ああ、大丈夫ですよ。今日はこの血鬼術にかかっている隊士が多くいますけど、この薬を飲めば一日で元に戻ります」
と言われしのぶさんに渡された薬を飲んで炭治郎と私は今日一日は屋敷に引き篭もることにした。 いや、それにしても。 たし、たしっと。炭治郎に生えている猫の尻尾が無意識なのかずっと揺れている。……可愛らしい。
「うわ!?」 「あ、ご、ごめん…つい……」
その揺れている尻尾がを掴んでみるとぶわっ、と尻尾が膨らみ私の手から逃げてしまう。 凄い、本当に猫の耳と尻尾なんだ。 それにしても本当に可愛らしい。私はその、炭治郎の容姿も好きなのだけど、その容姿に可愛らしい猫の耳と尻尾が生えてるのだ。ずっと見てられるほどに愛らしい姿に炭治郎はとても不満気だった。
「炭治郎?具合でも悪いの?」 「うう…っ」
炭治郎は無意識に耳をひくつかせ、私の声を拾う。くっ、いちいち可愛いのだけど今は炭治郎の話を聞くのが先だろう。ちょっと甘えるように炭治郎を見つめると炭治郎は生やした尻尾をピンっと立てて私を涙目で見つめてくる。
「え!?ど、どうしたの炭治郎…?やっぱり何か体に異常でもあるの…!?」 「俺は!!」
炭治郎は大声を出すと私の両肩に手を置いて真剣な表情をする。
「俺は!凛にこの耳と尻尾が生えているところが見たかった…!」 「……はい?」 「どうして俺なんだ…!俺は!凛に猫の耳が生えたら一日中眺めてられるし、尻尾が生えていたら永遠に触ってられたのに…!」
うん。私に生えてなくて良かったかな。 だけど本気で落ち込んでる炭治郎にどうしたものか、と思い頭をよしよしと撫でると嬉しそうに耳がぴくぴくと動くので思わず「ふふっ」と笑ってしまう。
「炭治郎、可愛い」 「凛に生えた方が絶対可愛かったぞ…!」
そう言って炭治郎は私を抱き寄せて口吸いをする。口の中にいつものように舌を差し込んで──
「ぁ痛っ!」 「え!?」
炭治郎の舌がざりっ、としていて思わず口を離してしまう。あ、そうか。炭治郎は今、本当に至る所が猫になってしまっているのか。 だとするとこの舌のザラザラなのも納得だ。うん、痛い。
「炭治郎、舌がザラザラで痛い」 「そ、そんな!?」
そう言って炭治郎が自分で舌を触ると「本当だ…」と驚愕したような表情を浮かべた後に私のことをいつもの強請る目で見つめてくるけど…
「駄目です」 「凛!お、俺は任務から帰って凛を抱くのを楽しみにしていたのに…!」 「じゃあ、明日ね?」
そう言うと炭治郎はうううっ…と唸り声をあげた後、生えている耳と尻尾をしゅん、と項垂れさせてしまう。可愛いし、構いたくなるけど多分そうすると炭治郎は止まれなくなってしまうだろう。 …私だって、したかったのだ。そうなった炭治郎を止められる自信はない。 私達はお互い我慢をして次の日を迎えるのだった。
***
翌日、朝になっても耳と尻尾がまだ生えている炭治郎を見て「薬を飲んだのが昼だったから、昼過ぎには戻るのかな?」と様子を見ることにした。 それはもう、朝からご立派にこんにちはしていた炭治郎の炭治郎は見なかったことにして私は一つ用事を済ませに炭治郎を置いて出先へと向かい、屋敷へ帰るとすっかり人の姿に戻った炭治郎に玄関で押し倒され口吸いををされてしまう。
「ふっ、ん……っ、ぁ、た、たん…っ」
猫の姿から元に戻ったと言うのに炭治郎の目はまるで獣のように私を捕らえていて、息をする間すらなかなか与えてくれない。 もうどちらの唇なのかお互い分からなくなり、腰が抜けてしまった私の衣服に炭治郎が手をかけるので必死に頭を働かせてそれを制す。
「まっ、まって…!」 「待てない」 「ひゃ、…ち、ちがぅ、炭治郎、お願い…?」
涙目で懇願すると炭治郎はかなり頑張って己を制して少しだけ私を解放してくれる。 私は力が抜けてしまった手でなんとか、出先で調達してきた物を取り出してそれを頭につけた。
「え?」
私が頭に付けたのは猫の耳の形をした被り物だ。 昨日炭治郎があんなにも見たかったと言っていたので、そういうものを持ってそうだなと思われる須磨さんを尋ねると本当に持っていたのだから凄い。 そしてこう言うと喜びますよぉ、と言われた言葉を口にした。
「にゃ、にゃあ……」
………。いや、恥ずかしいな!? 炭治郎は何故か無言のまま、どんどん顔を真っ赤に染めていくし、これはちょっと間違えてしまったのではないか!?ひ、引かれただろうか…?
「な、なんちゃって…も、もう!取るね!」
そう言って猫の耳の被り物を外そうとするとその両手を炭治郎に絡め取られてそのまま床へと縫い付けられる。
「た、炭治郎…?」 「凛…」
あ。これはまずい。 炭治郎の目がその……
「今日はもう、眠れないと思ってくれ」
猫になっていた時よりも猛獣の目をして私を見下ろしているのだった。
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