日柱様を怒らせる簡単な方法



「俺さぁ、雪柱様良いと思うんだよな」

そう言うと一緒に稽古をしていた友人二人が揃いも揃って顔を引き攣らせる。なんだよ、お前らの趣味は知らないけど雪柱様は普通に美人だし良い女だろ。
今も他の隊士に稽古をつけているが胸は小さいのかもしれないけれど、尻は良い。揉み解したくなる形をしている。腰だって細いし何回かお世話になったほどだ。だから純粋に雪柱様みたいな人が恋人になったら毎日楽しそうだなぁと。それはもうそういう意味で。
俺だってお年頃なのだ、溜まるものも溜まる。恋人まではいかずともそういう仲になることは出来ないのだろうか。あんまり浮いた噂は聞かないけどどうなのだろう。

「え、お前知らないの?」
「何が?」
「雪柱様、恋人いるぞ」
「げ!本当かよ!」

やられた、まあ良い女だし恋人がいると言われても先を越されたとしか思えない。かくいう俺もなかなか女性には人気がある。何回も告白されたこともあれば、まあまあの経験がある方だ。鬼殺隊で鍛えられ体に筋肉も付き前よりも女の食いつきがいいのだ。

「まあ恋人がいても関係ないだろ」
「…あーうん、まあ。お前は一回痛い目にあってもいいかもしれないな!」
「骨は拾ってやるからな」

いつもは羨ましい妬ましいと言う友人達が口を揃えてそう言う。なんだ、まさか俺が振られると思っているのか。自慢ではないが口説けなかった女は今までにいないし二人もそれを知ってるはずだ。

「まあ見てろって。すぐに食ってやるから」
「うん、まあ」
「生きろよ、お前」
最後まで友人達はよく分からないことを口にしていた。



「雪柱様」

稽古後、雪柱様が一人になった時を見計らって尋ねれば雪柱様は俺に向き合ってくれる。
「雪柱様」なんて堅苦しく呼んでいるが実は俺より歳下であり体付きもかなり小柄だ。実力はそれはもう大したものだがこうやって見ると普通の女にしか見えない。

「何?」

先手必勝。恋人もいると言っていたし多少強引な方が良いだろう。俺は雪柱様の両手を包み込むように握って一気に距離を詰める。

「ずっとお慕いしていました。どうか、俺を見てくれませんか」
「ごめんなさい無理です」

……ん?
あれ、今無理って言われた…?

「えっと、好きなんですが…」
「ごめんなさい」

今まで俺からの告白をこんなにも一刀両断してきた女はいない。最初は頷かなかった女でももう少し優しく言葉を濁してくれたし最終的には折れて手籠にすることが出来たというのに。
ずっと俺が手を離さないため少し迷惑そうに眉を顰めて手を振り払おうとしてくる。手を離したら逃げられる!俺はまだ諦めていない…!

「お、俺じゃあ駄目ですか」
「駄目です。手、離して」
「せめて一夜だけでも、思い出を…」
「あっ」
「え?」

雪柱様があ、と言うのとほぼ同時に俺の手首を誰かが掴んだ。しかもかなりの力で…痛い痛い痛い!あまりの力に雪柱様の手を離してしまうと俺の手首を掴んでいた男が雪柱様を隠すように彼女の前へと立ち塞がる。

「なんだお前………って、ひ、日柱様!?」
「凛に何か用か?」

あろうことか俺の手首を捻り上げて今目の前に立っているのはあの日柱様だ。温厚で優しく、しかし強く勇ましいその姿に憧れる隊士は数知れない。怒らせると怖いと聞いたことがあったが本気で怒ったところなど見たことがないため眉唾だと思っていたがこ、これは……

「あ、あの…雪柱様をその、お、お慕いして、いて…」
「うん。凛は断っていたよな?」
「は、はい…ですが……」
「一夜だけでも……何だって?」

ひっ、と声が出てしまう。今目の前にいるのは本当にあの日柱様なのか?鬼の間違えじゃないのか、と思うほど日柱様が怖い。これは間違いなく怒っている。しかも本気で。
あまりの迫力に何も言えずその場で硬直しているとはぁ、と呆れたような声が聞こえてきた。

「炭治郎、それくらいにしてあげて」

雪柱様がそう言うと日柱様は凛…と少しだけ怒りを和らげて雪柱様の方を見る。しかしまだまだ緊張は解けない。俺、殺されない?大丈夫?
雪柱様は日柱様の後ろから姿を現して日柱様の腕にぎゅう、と抱きついた。その行動に俺以上に日柱様が驚いたような顔をする。

「私、炭治郎のものだから。諦めて?」

雪柱様が俺にそう言う。俺はもうすみませんでしたもう二度と言いませんごめんなさい失礼します!と一息で言い切ってその場を後にした。


翌日友人二人に事の顛末を話せば「日柱様を怒らせる一番の方法、覚えておけよ」と笑われてしまう。忘れるものか、あれは鬼だ…本当に怖かった。
俺は誓った。恋人持ちの女に手を出すのはやめようと…


「ふふっ」

俺の腕の中で凛が楽しそうに笑う。
勘弁してほしい、今日は感情の起伏が激しすぎて正直少し疲れたくらいだ。だけどこの笑顔を見れば疲れなんて吹っ飛んでしまうのだけど。
稽古場を覗けば隊士に手を握られて迫られている凛の姿が目に入り、俺の凛に手を出すとは良い度胸だと怒りに震えていたその時。凛が俺の腕に抱きついてきたのだ。
人前で抱きついてくるなんて珍しいことで怒りを忘れそうになった矢先、

『私、炭治郎のものだから。諦めて?』

なんて可愛いことを言われてしまえばもう目の前の彼のことなんてどうでも良かった。酷く謝っていたようだが…俺も少し大人気なかったな。いやしかし凛に手を出そうとしたのだ、あれくらいは威嚇しなければならないだろう。

「炭治郎、今日ずっと嬉しそうにしてる」

俺の頬に手を当てて凛が可愛らしく笑う。凛の言う通り、俺は嬉しくて堪らない。今腕の中にいる凛が好きで好きで、堪らなく好きなのだ。そんな彼女にあんな言葉を言われて嬉しくないはずがない。

「凛は、俺のものなんだろ?」

頬に添えられていた手をとって、口付けると凛は愛おしそうに目を細める。

「そうだよ。全部炭治郎にあげる」
「なら、俺の全部は凛にあげるよ」

そう言うと凛は「うわぁ、贅沢品だ」なんて可愛らしく笑う。俺からすれば凛はどんな宝石よりも価値のある贅沢品だ。金も名誉も何もいらない。凛さえいれば俺は幸せなのだから。





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