友人



太刀川慶と斎藤凛は仲が良い。
それはボーダーでも学校でも周知の事実だろう。最初こそお互い印象は良くなかったものの、凛と太刀川はウマが合うらしくすぐに打ち解けてまるで昔からの友人のように気兼ねなく接することが出来た。いや、もしかしたら裏表のない彼の性格のおかげかもしれないけど。

「斎藤さんって太刀川君と付き合ってないんだよね?」

なので。この呼び出しは高校に入ってから片手では数えきれないものになってきて正直鬱陶しさを覚えている。
凛を囲む四人の女子と、その後ろで顔を俯かせてる一人の女子。四人の女子は威圧的なのに比べて後ろの女子は口を出さずにこの尋問を眺めている。ああ、あの子が主犯かとすぐに分かったものの別に追求はせず凛はいつも通りの返事を彼女たちに返した。

「付き合ってないよ。お友達」
「太刀川君のこと好きな子に申し訳ないとか思わないの?」
「思わないね、下心ないし。逆にそういう目で見てくるのやめてほしいかな」
「うっざ。男なら誰でも良いんでしょ」

これもよく言われる台詞。
特に気にしてもいないが悪意をぶつけられるのは気持ちのいいものじゃない。早めに切り上げてしまおうと考えていると、四人の中の一人が後ろにいた女子に視線を向けて凛にとっては心底どうでもいい情報を投げかけてくる。

「この子、太刀川君のこと好きなの」
「ふーん」
「だから太刀川君と話すのやめてくれない?」

あまりにも一方的な言い分に頭痛がする。
はぁー、とため息をつくと彼女たちは順番を待たずに何かを捲し立てるように言ってくるけれど聞く必要はない気がした。そもそも。

「太刀川くんが誰と喋るかなんて太刀川くんが決めることでしょ。束縛激しい女は嫌われると思うけど」

凛の言葉に彼女たちの勢いはますますヒートアップするが正直どうでもいい。もう教室に戻ってもいいだろうかと視線を泳がせれば後ろにいる女子とぱちりと目が合う。

「私、太刀川君に告白しようと思うの」

とてもじゃないが好きになれそうにない笑顔を向けた女子生徒は女である凛から見ても可愛らしく、発せられる声もまた可愛かった。
しかしその言葉にはどこか凄みを感じさせる。

「もし私が太刀川君の彼女になったら流石に気を使ってくれるよね?」

小首を傾げてそう尋ねる女子生徒は凛の答えを待ってはいない。これは忠告だと。お前はもう、太刀川には近寄るなと言っているのだ。
腹が立った。何故他人に自分が話す相手を制限されなければならないのか。しかしながら、もし自分に彼氏というものが出来れば彼女の言い分も納得出来るものになるのも分かってしまった。自分にも昔、好きな人がいたから。






『活動限界』


あまりにも散々な結果に強制的に戻されたマットの上から立ち上がることもせずにはぁー、と溜息をついているとブースの扉が開いて凛の相手をしていた男が声をかけてくる。

「おい、全敗だぞ。調子悪いんじゃねーの」
「今日は気分が乗らないんですー」
「なんだよ。俺置いて本部にも先に行くし。俺なんかしたか?」
「してないしてない。そもそも毎日一緒に本部に向かう約束とかしてたっけ?」
「は?毎日一緒に来てたじゃん」

太刀川の言葉に確かにーと言いながらごろん、と彼に背を向けるように寝返りを打つ。太刀川はなんだよ、と言ってマットの空いた部分に腰を下ろしてきた。あまり気にしたことはなかったけれど、確かに自分と太刀川の距離感は近いのかもしれない。
太刀川は何も悪くない。これはただの八つ当たりだということを凛は十分に理解している。だからこそ理由は言えないし顔を見るのも躊躇われた。
勝手に気まずさを覚えている凛の背中にぼすっ、と何かが乗っかってきて思わず「ぐぇ」と声が漏れる。確認するまでもなく太刀川が人の背中に頭を乗せてきたのだ。

「ちょっとー重いんですけど」
「俺は案外寝心地が良いな」
「はい?太ってるって言いたいんですかー」

人の背中に頭を乗せて寝っ転がってきた太刀川はなんだか失礼なことを言ってくるのでそう返すと「なはは」といつものように緩い笑いを返してくる。その姿に少しだけ癒されてしまったのが悔しい。
凛は太刀川のことが好きである。それは紛れもない事実で否定する気はない。しかし、今日凛に宣戦布告をしてきた彼女とは違う好きである。それが明確に分かってしまってるからこそ解決策はなく。凛はただ機嫌を悪くすることしか出来なかった。

「太刀川くんさー」
「おー」
「彼女作んないの?」
「はぁ?相手がいねーだろ」
「いたら付き合うの?」

意味不明な問いかけをした自覚はあり、太刀川からどんな返事がほしいのか自分でも分かっておらず。要領の得ない質問に太刀川は凛の背中から頭をどけて上体を起こす。怒っただろうか。いや、太刀川が怒った姿などそれこそ見たことがなかった。この男は飄々としていていつも掴みどころがない。そんな男の表情が気になり壁に向かっていた体をごろんと返して、太刀川の姿を探せば思いのほか近くに太刀川の顔があり凛とぱちり、と目が合った。

「なに。おまえ俺と付き合いたいの?」

太刀川の言葉に今度はこちらがぽかん、となる番だった。
付き合う?自分と太刀川が?
なんの冗談かと思いぷはっ、と笑いが溢れる。

「あっはは、まっさかー」
「ふーん。俺は凛なら別にいいけど」

笑い飛ばしてみたものの太刀川は真面目な顔でそう返してきた。どこまでが本気かこの男は本当に考えていることが読めない。揶揄っているつもりなら殴っても良かったのだが、そういう冗談を言う男でないこともこの一年で理解している。
別にってなに、とか。いくらでも返せる言葉はあったけれどそんなことより一秒でも早く太刀川のその目から逃げたかった。自分にはもう必要のないものを与えようとしてくるのはやめてほしい。

「冗談言ってないで早く彼女作りなよ、モテ男」

そう言い残して文字通り凛は太刀川から逃げるようにブースを出た。
太刀川の言葉が嫌だった。それが嬉しいのか怖いのか、全然わからなくて。以前痛い目を見た自分にはきっと一生彼氏なんて出来ないんだってどこかで諦めてて。
だから凛は太刀川とはずっと友達でいたかったのだ。それだけでいいのに、自分たちの性別は周りを含めきっとそれを許さないのだろう。

「………最上さん…」

もう二度と返事の返ってこないかつて好きだった相手の名前を無意識に呼んでしまうほど。
凛は今の自分の気持ちが全く分からなくなってしまっていた。




「…なんだあいつ?」





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