協力者



『活動限界』

胸を貫かれて凛のトリオン体がそう告げてくる。凛の胸を弧月で貫いた男はそれはもう楽しそうに笑っていていつもながらにちょっとむかつく。以前までは凛のほうがその景色を見ることが多かったというのに、目の前で笑う男はたった一年で古株である自分に追いついて…いや。非常に悔しいことではあるが追い越されてしまった。
強制的にマットの上へと戻された凛に画面越しに男の声が聞こえてくる。

『7-3。俺の勝ちだな、凛 』

画面越しでも分かる。嬉しそうに弾ませた声でそう言ってくる男、太刀川慶は間違いなく自分よりも実力をつけてボーダーの主戦力になっていたのだった。



「あーーー、さっきの右に避けてればなぁ」
「同じだろ。俺片手空いてたし」
「太刀川くんさぁ、ランク戦の時だけ頭の回転早すぎない?」
「褒めんなよ」
「半分は貶してますけど?」
「確かに太刀川さん、戦ってる時は賢そうに見えるよね」

そう言って現れたのは迅だ。
彼は玉狛支部に身を置く自称実力派エリートと名乗るちょっとふざけた奴であり、以前は凛のライバルとしてそれはもう模擬戦を繰り返し行っていた仲ある。現在は凛が本部に部屋を借りるようになり、お互い顔を合わせる時間は減ってしまったが相変わらず仲は悪くない。むしろ良い方だと思っている。本部に来る前まで凛も玉狛に入り浸りの日々を送っていたのだから。
色々あって本部に移ったもののお互いボーダー隊員として身を置いているためこれからも疎遠になることはないだろう。

「お、迅!なんだよ来てたのかよ!ランク戦やろーぜ!」

今、若手のボーダーで1位2位を争う強さを誇っているのは間違いなく迅と太刀川であり、凛からすれば迅は反則並みに強く、その迅に迫る強さを誇る同期が現れるなんて思ってもなかったのだから正直驚いていた。
迅には未来予知というサイドエフェクトが備わっている。それを凛は良いとも悪いとも思っておらず「それは迅の持ち物」と認識していた。だがこの持ち物は戦闘時に凄まじい力を発揮するため、凛は迅に勝ち越せたことはなかった。そんな迅に太刀川は迫り、時には勝ち越す。それは凛にとって、そしてきっと迅にとっても世界が広がる瞬間だったに違いない。

「おれもやりたいけどさ、もう遅いし太刀川さんそろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」
「なんでだよ。夏休みだろ今」
「明日補習なんでしょ。このまま夜更かしすると遅刻するよ」
「……………………………あ」

忘れてた、と口にしなくても太刀川の顔には書いてある。
そういえば夏休み前のテストで成績が悪かった生徒は補習があるとかなんとか。そんなことを担任が伝えていた気がする。凛には関係ない話だったため流していたが…なるほど。太刀川は確かに成績が悪かったはずだと納得する。

「うっわ、そうだった。あーやだなーー明日補習かーー」

……帰るわ、と。
太刀川は本気で嫌そうな雰囲気を醸し出しながこの場を後にした。珍しい。いつもならそんなの関係ねーとか言ってランク戦を続けることが多いのだけど。これは予想だが、恐らく忍田に釘を刺されたのだろう。太刀川は忍田には弱い。実力差、ということではなく忍田が本気で太刀川を心配していることを理解しているためだろう。
体は大きいくせに太刀川の帰り際の背中はどこか小さく見えて思わず笑ってしまう。彼を倒せるのはトリオン兵ではなく学力テストなのかもしれない。あの様子だと明日は本部には来れない可能性が高そうだ。

「凛、図書室の本読み終わったんだろ?」
「え?あーうん。よく知ってるね」
「その本読みたいやつが他にいるみたいだよ。早めに返してあげたら?」
「あ、そうなんだ」

夏休み期間は2学期までは図書室の本の返却期間が伸びている。わざわざ休み中に学校に出向いて本を返しに行く必要はないのだが、迅の言う通り本はもう読み終えてしまっていた。読みたい人がいるのなら早めに返却したほうがいいだろう。明日は図書室が空いていたはずだし、特に予定もないから返しに行ってもいいかもしれない。

「ありがと迅。じゃあ明日返しに行くよ」
「来週から図書室も暫く夏休みに入るしね」

そうだね、と返事をすると迅は満足そうに微笑む。このまま帰っても良かったが太刀川とは違い凛は別に明日の朝は早く登校をしなくても良かったため、本部に来たのならと迅をランク戦に誘えば受けてもらい、見事に7-3で負けてしまうのだった。





蝉の声がうるさいくらいに響き、太陽は眩しすぎるくらいの晴天の中。結局いつも通りの時間に目覚めた凛は学校へと向かうことにした。昨日迅と話していたように本を返すためである。学校に到着して図書室へと足を運べば担当の先生がいるだけで図書室は閑散としている。折角の夏休みに図書室に来る生徒は少ないだろう。そう思うと誰が来るかも分からない日に出勤をしている先生は大変だなと思った。お疲れ様でーす。と軽く挨拶をして無事本を返却し終わり、そういえば折角の夏休みに補習を受けている男のことを思い出す。

(太刀川くん、補習…終わってないだろうなぁ)

補習を一足先に受けたクラスメイトにメッセージで聞いた限りでは、補習とは名ばかりでプリントを各自で解いて終わりというものだったらしい。早く解ける生徒はそれこそ1時間もしないうちに帰ってしまったとか。

(…まあ、来たついでだし)

差し入れでも持って様子を見に行ってみようと考え、凛は自販機で炭酸飲料を2本買い太刀川のクラスの教室へと向かった。まだ終わってはいないだろうと確信を持ってクラスを覗き込むと机に突っ伏した大きな体が目に入り思わず笑いが漏れてしまう。ボーダーであれだけの強さを誇る男はプリント如きにやられてしまう普通の男子高校生なのである。
そして太刀川に飲み物を当てて声をかけてみるとそこには真っ白なプリントが広げられていて思ったより、というかやはり補習が全然進んでいないことは一目で分かってしまうのだった。



結局。
煽り上手というかおだて上手というか。
太刀川のプリントを手伝うだけのはずだった凛は結果としてほとんどの問題を解いてしまった。
ほー?ならおまえは分かんのかよ。すげーなおまえ、頭良いんだな。そんな飴と鞭のような言葉の繰り返しにまんまと乗せられたと気付いたのはプリントが全部埋まった後だった。天然なのか策士なのか分からないがこれも自分の負けなのかと思うとちょっとむかつく。けれど、思いのほか太刀川が上機嫌そうにしているのでまあいいか、とその嬉しそうな顔を眺めるに至った。
それはそうと。太刀川は基礎もあまり理解出来ていないようで、このままだと毎回補習を受けるハメになるかもしれないと若干心配になったものの、当の本人はあまり気にしていないようなので凛も深くは考えないことにした。

「はー、マジで助かったわ。ありがとな」
「いやいいけど…太刀川くん、次のテストもこのままじゃやばそうだね?」
「なはは、まあなんとかなるだろ」
「ま、確かに。太刀川くん悪運強そうだし」
「それにしても、凛 本当に勉強出来たんだな」
「まあね。勉強は出来るほうが良いって言われたから」
「だれに?」

太刀川の疑問は当然のものに思えた。そして、自分が口を滑らせてしまったことに言葉を詰まらせてしまう。
太刀川の疑問はあまり思い出したくないことであったから。
どう返事をしようか迷っていると、太刀川は「ははーん」なんてちょっと悪い笑みを浮かべる。

「わかった。元カレだろ」
「え?」

太刀川の答えは不正解である。しかしながら、導き出されたその不正解の言葉は正解よりももっと答えにくいもので思わず顔が引き攣ってしまう。そんな凛の態度に太刀川は首を傾げてまたしても問いかけた。

「違うのか?」
「違うけど……うわぁ。なんで知ってんの」
「なにが?彼氏いたってこと?」

彼氏、という言葉に思い当たる人物は確かにいた。一応、彼氏だったのだ。
出来ることなら一生思い出したくない人生の汚点。それを目の前の男に、いや。誰にも語るつもりはない。

「なんだよ。元カレの話嫌なわけ?」
「そりゃ嫌でしょ。太刀川くんだって元カノの話したくないでしょ?」
「俺、彼女いたことねーし」

早く話を逸らせたかった凛にとって、太刀川のその言葉は助け舟となった。

「あらま。モテそうなのに意外」
「へぇ、俺ってモテそうに見えんの?」
「背が高いからね」
「それだけかよ」

まあ、実際はそれだけではないことを凛は知っている。
太刀川慶という男は本人が気付いていないだけで結構女子からの人気が高い。背が高いのも確かだが、運動神経が良くて、思いのほか穏やかに話す姿も落ち着いていると好印象らしい。
凛は太刀川慶のことを友人としては好ましく思っているもののそういう目で見たことはなかった。そんな凛でも太刀川がモテるのは納得せざるおえないと思うほどに彼を魅力的だとは思っている。
さて、話も逸らせたことだしそろそろ。

「さ、先生のとこにプリント持ってって帰ろっか」

そう言って立ち上がると太刀川は軽口を叩きながら凛の後を追う。大型犬みたいだね~、なんて言えば食っちまうぞ。と返してくる。ばかだなぁ。とお互い笑みが溢れた。
何はともあれプリントというか、補習が無事終わって良かった。今日学校に来たのは偶然だったが太刀川の様子を見に来たのは正解だったかもしれない。と、そこであることが過った。

(そうか迅。見えてんだ)

太刀川がプリントの前で突っ伏してる未来が迅には見えていたのだろう。だから彼は凛を学校に行くよう仕向けたのだ。
やられたなーと思いながら歩いているとさっきまでは後ろにいた太刀川が凛の隣に並んで質問を投げかけてくる。

「そういえば凛、頭いいじゃん。なんで補習受けてんだよ」
「私、補習なんて受けてないよ?」
「今日学校に来てただろ」
「あー。太刀川くん昨日ランク戦の後に言ってたじゃん。明日補習やだなーって」
「は?俺の手伝いに来たのか?わざわざ?なんで」

太刀川は心底不思議そうに訪ねてくる。
ここで「太刀川くんの手伝いのためだよ」と言って恩を着せれば何かを奢ってもらえるかもしれない。だけどまあ、ウソは好きではないため凛は本当のことを太刀川に伝える。

「図書室の本を返しに来たついでだよ」

嘘偽りのない返事をしたというのに太刀川はなんだか面白くなさそうな顔をする。なに?と尋ねても別に~と曖昧な返事を返されるのだった。






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