救世主



がしがしと乱暴に頭を掻いて太刀川は机に突っ伏した。あーーー、と溜息をついても返事はない。窓から差す日差しが恨めしく、溜息ばかりが漏れたがやはり何の反応も返ってこない。当然だ。この教室には自分しかいないのだから。

「補習っていうならせめて先生はいろよな…」

そのぼやきは本音半分、八つ当たり半分のようなものだった。


夏休み前のテストで散々な成績を叩き出した太刀川は夏休みに補習を受けるようにと通達されていた。ボーダーの任務の関係で他の生徒が補習を受けてる日に参加出来なかった太刀川は別日に補習を受けることになり今に至る。担当の先生は「今日の17時までにこのプリントやっとけよ」とだけ言い残してすぐに教室から出て行ってしまった。
んなのありかよ、と思ったがまあ先生とタイマンで補習するのもつまらなそうだったため引き留めもせずプリントと睨めっこをすることにしたのだけど全然進まねえ。何が書いてあるのかもはや分からん。

「てきとーに埋めて帰るか…?」

諦めモードに入った時、ガラッと教室のドアが開く音がした。先生が戻ってきたのだろうか。起き上がるのも面倒くさくて教室に入ってきた相手を確認せずに机に突っ伏したままにしていると、突然腕に冷たいものが当たり反射的に飛び起きた。

「っわ、冷てぇ」
「やっほー太刀川くん。優しい凛ちゃんが差し入れしにきてやったぞー」

そう言って現れたのは凛だった。
はい、どーぞ。と冷えた炭酸飲料を渡してそのまま太刀川の前の席へと移動していく。席に座るとくるりと後ろを向いて、太刀川と向かい合う形に落ち着く。

「って、プリント真っ白じゃん。今来たの?」
「なめんなよ。2時間前から真っ白だ」
「あはは、なめる要素しかないじゃん」

そう言って凛は自分の炭酸飲料の蓋を開けて口をつける。そういえば学校に着いてから何も飲んでいなかったことに太刀川は今更になって気付いた。いくら空調が効いているとはいえ喉は確かに乾いていたため、凛が持ってきた炭酸飲料の蓋を開けて口を付けると甘さと炭酸の爽やかさで滅入っていた気持ちが少しだけ回復するのが分かる。やる気が戻ってくることはなかったが、というか元々やる気は微塵にもなかったのだが。

「ほら、どこがわかんないの?」
「え。おまえ勉強出来んの?」
「はいー?太刀川くんよりは出来ますけど?」
「ほんとかよ」
「ふーん。ま、別に信じなくてもいいけど。じゃあもう帰ろっかなー」
「あ、うそうそ。教えてください斎藤サマ」

まさかの助け舟に両手を合わせて懇願すると凛は「よろしい」とドヤ顔を作る。
それから凛にプリントを手伝ってもらって、…というか最終的には凛がほとんどの問題を答えまで導いてくれたおかげでなんとかプリントを終わらせることが出来た。
太刀川くん、ここ違うよ。おまえは分かんの?分かるよ。そんな誘導に見事成功したのである

凛は自分で言っていた通り勉強が出来るのだと思う。しかしながら頑張って解説してくれても太刀川には全く届かず。最終的には1から100まで凛が答えを導き出して出来上がったのが目の前のプリントであった。

「はー、マジで助かったわ。ありがとな」
「いやいいけど…太刀川くん、次のテストもこのままじゃやばそうだね?」
「なはは、まあなんとかなるだろ」
「ま、確かに。太刀川くん悪運強そうだし」
「それにしても、凛本当に勉強出来たんだな」
「まあね。勉強は出来るほうが良いって言われたから」
「だれに?」

なんてことないただの雑談だったはずなのにそこで急に会話が途切れてしまう。おや?と太刀川が首を傾げると凛は少し気まずそうというか、何かを濁そうとしているような表情を作る。それを察せれないほど鈍感ではない。
はーん、なるほど。

「わかった。元カレだろ」
「え?」
「違うのか?」
「違うけど……うわぁ。なんで知ってんの」
「なにが?彼氏いたってこと?」

太刀川の言葉に凛は心底うんざりした表情を作る。

「なんだよ。元カレの話嫌なわけ?」
「そりゃ嫌でしょ。太刀川くんだって元カノの話したくないでしょ?」
「俺、彼女いたことねーし」
「あらま。モテそうなのに意外」
「へぇ、俺ってモテそうに見えんの?」
「背が高いからね」
「それだけかよ」

苦い顔で返すと凛はケタケタと楽しそうに笑う。全く、失礼なやつだな。
太刀川には彼女がいたことがない。好きな相手が出来たこともなかったし、人伝に「あいつが太刀川のこと好きらしいぜ」と聞いたことはあっても告白をされたことはなかった。
だから凛に「モテそう」と言われたのは少なからず嬉しかった。太刀川だって年頃の男であり、彼女の一人や二人。作ってみたいと思うのは当然のことであったのだから。
そんな太刀川の反応に凛は笑い、いつのまにか嫌そうにしていた表情もいつものものに戻っていた。

「さ、先生のとこにプリント持ってって帰ろっか」

そう言って立ち上がった凛の後を太刀川は軽口を叩いて追っていく。
結局。誰が凛に勉強は出来るほうがいいって言ったのだろう。元カレではないみたいだし、さっきの様子を見るにどうやら元カレのことは黒歴史っぽい。
と、そんなことを考えていると最初の疑問を思い出した。

「そういえば凛、頭いいじゃん。なんで補習受けてんだよ」
「私、補習なんて受けてないよ?」
「今日学校に来てただろ」
「あー。太刀川くん昨日ランク戦の後に言ってたじゃん。明日補習やだなーって」
「は?俺の手伝いに来たのか?わざわざ?なんで」

全く意味の分からない行動に捲し立てるように質問をすると凛は

「図書室の本を返しに来たついでだよ」

と。
あまり面白くない返事を返してくるのだった。





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