生意気



忍田に連れて来られたボーダーの基地。その後を続くように太刀川は歩く。今までにも何度か訪れたことがある基地内は、相変わらずどこもかしこも似たような景色である。忍田が先導してくれなければ間違いなく迷ってしまうだろう。太刀川はそんな基地内を特に覚える気もなく忍田の後を続く。
太刀川の稽古の相手であり、師匠である忍田が言うに自分はかなりの実力があるとのこと。忍田にはまだまだ敵わないが、憧れすら抱いている師にそう言われて嬉しくない奴はいないだろう。トリオン体で戦うことは好きであり、ボーダーに入隊すればこれからも色々な相手と手合わせができるのは太刀川にとっては願ったり叶ったりだった。

「あれ、忍田さんじゃん」
「凛。本部に来てたのか」
「うん。最近はこっちのほうが好きだし。て、新しい子?」
「ああ。この子は太刀川慶。おまえと同い年で次の入隊日から正式に入隊させることにした」

基地内で出くわした女は忍田と知り合いらしく、忍田は太刀川のことを女に紹介した。どうやら自分と同い年らしいこの女は既にこの組織の一員でこっちのことを一瞥すると「ふーん」とあまり興味なさそうに相槌を打つ。その反応に太刀川は若干眉を顰めるが女はさして気にした様子もなく手を差し出してきた。

「私、斎藤凛。これからよろしく」
「なあ、おまえ強いの?」

差し出された手を取らずに斎藤凛と名乗った女に対してそんな言葉を返した太刀川に忍田は「こら」と叱責する。しかしながら太刀川はこの女を生意気そうだとは思ったものの興味は抱かなかった。強いのならまだ興味は持てるが、相手は女であり負ける気はしない。そんな相手とこの先もそんなに関わることはないだろうと。簡単に言えば舐めていたのだ。

「今度ボコボコにしてあげるよ」

だというのに。
女は不敵に笑った。
まるでお前なんか敵じゃないと言わんばかりに。
その表情には若干ムカついたが、確かに血が騒いだ。

「……は、おもしれー。今度と言わず今から──あたっ」
「慶!初対面の相手だぞ。まずはきちんと自己紹介をしなさい」

忍田に小突かれて太刀川は頭をがしがしと掻きながら「太刀川慶」とだけ口にする。渋々と、今度は太刀川が手を差し出せば女はその手を取らなかった。
なるほど。やっぱり生意気だこいつと。お互い相手を舐めたような笑みを浮かべて見つめあっていると、忍田が何かフォローしてくれる。しかし太刀川も女もお互いの態度をさして気にしていなかった。そんなことより早くあいつに一泡吹かせたい。お互いそんな目をしていた。



結果として。
驚いたのはお互い様だった。


ぼふっ、とマットの上へと転送される。
画面に映し出された6-4という数字。太刀川の方が少ない丸の数。あの時の女との初試合は女の勝利で幕を閉じた。すぐに起きあがって扉の外へと飛び出すと、さっきまで自分の相手をしていた女も同じように飛び出してきていたようでお互いを探して辺りを見渡し、そしてどちらからともなくお互いの元へと駆けていく。

「おまえ強いな!?」
「きみ、強いね!?」

声が重なる。
負けたのはこっちだというのに女は興奮気味に太刀川のことを強いと言ってくる。いやいや、

「何言ってんだよ。そっちが勝ったくせに」
「はあー?私はきみよりもかなり前からボーダーにいるんだよ?その私に僅差って…信じられない!」

何者よ、きみ!と女は興奮気味に食いかかってくるがこっちからしてもおまえ何者だよ、と問いたいほど女は強かった。
正直な話、ボーダーに入っても暫くは負け知らずでやっていける自信はあったのだ。それをまさか女に負かされるなんて思ってもいなかった。確かに悔しさはある。だがそれ以上に興奮していた。──面白い。

「予定ではもっとボコボコにするつもりだったのに」
「確かにボコボコにはなってねーな」
「生意気ー、まだ私の方が強いんだからね」
「なあ、もっかいやろうぜ。えーっと…」
「え、うそ。人の名前覚えてないの?」
「あんま興味なかったからな」

正直に伝えると女はげー最低、と不満そうに眉を顰める。興味がなかった、というのはどちらかと言えば嘘である。この女には興味は確かにあった。そんな大口を叩けるのなら実力は確かなんだろうなと。しかしながら人の名前を覚えるのは元々苦手であり、しかもこの女に至っては「生意気そうな女」と覚えてしまっていたため名前は全く覚えておらず。
悪い悪い、と言えば女は呆れたように溜息をついて再び自己紹介をしてくれる。

「斎藤凛。きみを負かせた女だよ。覚えてね」
「りょーかい凛。つーかそっちこそ俺の名前覚えてんの?」
「いきなり下の名前で呼ぶ?別にいいけどさぁ、私は名字で呼ぶからね。太刀川くん」

確かにこっちの名前を覚えていた凛はじゃあもう一戦ね、と言って自分のブースへと戻って行く。忘れてたと伝えれば律儀にもう一度自己紹介をし、もっかいと言えばすぐに応えてくれる。最初こそあまり良い印象ではなかったものの、もしかしたらあいつは結構良い奴なのかもしれない。
それはそれ、これはこれ。と頭を切り替えて太刀川は再戦を挑んだものの、結局この日は凛に勝ち越すことは出来ずにジュースを奢らされる羽目になるのだった。





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