最愛の人(終)



今日も今日とて大学へ向かう前に恋人の家へと足を向ける。何回か大学で落ち合おうと約束したことがあるが恋人は見事に全部現れなかったため、絶対に必要な講義の際は迎えに行くようにしていたところ、忍田に「出来る限り迎えに行ってほしい」と頼まれたのである。
恋人である太刀川の家は大学の近くであるため少し遠回りすれば良いだけのこと。凛は忍田の頼みを快く引き受けたのであった。

家の前まで着き、スマホで恋人を呼び出す。インターホンを鳴らしても爆睡していると太刀川は起きないことがあるからだ。何回かのコール音の後、

「………んん、…はょー…」
「おはよう太刀川くん。鍵あけてー」
「ん?もうそんな時間か…?」

ふぁ~とスマホ越しにこれまた眠そうな欠伸をしながら太刀川はいつものように解錠してドアを開けてくれる。ちょっと寝癖がついてて寝起きの太刀川が姿を現す。

「おはよ、眠そうだね」
「おー、ねむい…凛、一緒に寝よーぜ」
「んー残念。準備して大学に向かわなければならないのです」
「それは…大変だなぁ」
「残念。太刀川くんも行くんだよー」

うえー、とまるで子供みたいに嫌そうな顔をする太刀川の背中を押して家の中に入り、洗面所まで誘導して、それからはいつものようにソファーに座って凛は太刀川の準備が整うのを待つ。
一度目が覚めると太刀川は案外準備が早く、テキパキと出かける用意を進めていく。

「太刀川くん。おにぎり作ってきたけど」
「いいね。さすが俺の自慢の彼女」
「はいはい。でも時間がないから食べながら行こうね」
「たちかわりょーかい」

さっきまであんなに眠そうにしてて、寝癖だってついてたのに準備を終えた恋人は悔しいことに格好良く見える。スタイルが良いから何を着ても似合うし、……好きだなぁといちいち再認識させられるのが悔しい。

「凛」
「ん?」

ちゅ、と。
太刀川が触れるだけの軽いキスを凛にする。

「いま俺のこと好きって顔してたぜ」
「うっそ!顔に出てた!?」
「お、ほんとに思ってたのか。愛されてんなー俺」
「!」

やられた、と思い太刀川に軽く肘鉄を食らわせるものの太刀川は「いて」と漏らした後、嬉しそうになははと笑って凛の作ってきたおにぎりを食べながら一緒に大学に向かうのであった。





「太刀川くん、真面目に講義受けてたね」
「お?いやー…はっはっは」
「えっ」

今日は居眠りもせずに真剣な顔をしてノートに書き込んでいるなと思っていたけれど、どうやらその行動には何か裏があるらしい。
凛が太刀川のノートを覗き込むとそこには。

「わお。そっか、遠征近付いてきたもんね」

遠征についてのシュミレーションや、今期の遠征メンバーのポジション。目的や戦術、そして途中からは落書きと。太刀川の頭の中はボーダーと遠征のことでいっぱいなのだということは一目で分かった。そして講義を何一つ聞いてなかったことも。

「でも太刀川くん。遠征前にこの講義のレポートの締め切りがあるけど大丈夫なの?」
「え!なんだそれ!」
「提出しないと単位もらえないよ」
「ええ!凛!いや、凛サマ!!」

太刀川は凛の両手を包み込むように握りしめて縋るような目で見つめてくる。
うぐ、いや、手伝ってもいいんだけど。

「忍田さんから太刀川くんを甘やかすなって言われてて…」
「俺は甘やかしてほしい!大好き!愛してる!おまえしかいない!」
「うえーこの状況で言われると嬉しくないかもぉ」
「え、嬉しくない?」
「ばか!」

この男は。凛が自分のことを好きだと確信を持ってあんな言葉を伝えてくる。狡い男。ますます手伝ってあげたくないと思う気持ちと、なんでもしてあげたくなる気持ちがせめぎ合う。
必死に凛に抱きついて救援を求む太刀川は周りの目など全然気にしていない。そして最初こそ注目の的であったこの行動ももはや恒例となっていてこんな二人のやり取りを気にする生徒もおらず。
何より全力で助けを求められる凛も満更ではないのでタチが悪いのは自覚していた。

「……お前ら、またやってるのか…」
「あ、風間さん」
「風間さん!風間さんもレポート終わってない!?一緒にやらない!?」
「俺はもう提出済みだ」

太刀川と共に遠征行きが決まっている風間は余裕でレポートが終わってるらしい。というか提出済みなのは流石だと思う。その実、凛もレポートは終わらせてはいた。提出していないのは太刀川の手伝いをすることになったら参考になるかな…と考えていたからだ。もしかしたら、この時点で甘やかしてるのかもしれない。

「太刀川。レポートが間に合わないならお前の遠征行きは取り消しになるかもしれないぞ」
「え、無理。それは無理」
「ならさっさと終わらせろ。講義に出ていれば難しいことじゃないだろう」
「凛ーーーー」
「わかったわかった。今日は本部じゃなくて太刀川くんの家でレポート一緒にやろっか」
「愛してるぜ凛ーー!」

本気で涙目になりながら嬉しそうに抱きついてくる恋人サマ。あんなに楽しみにしていた初遠征に行けないなんて可哀想すぎるし、彼が遠征組から抜けたらボーダーとしても大打撃だろう。そう。仕方ないのです。決して甘やかしてるわけでは。

「相変わらずの溺愛ぶりだな」
「え、あ、甘やかしてます?」
「どう見てもな」

まあいい、と。風間はちゃんとレポートを終わらせるよう釘を刺してこの場を後にしたので凛は太刀川と一緒に帰宅してレポートに取り組むことにした。





凛が太刀川の家に来ることはしょっちゅうである。遊ぶだけの日もあれば泊まることもよくあるため凛の私物はかなり置いてある。そのため急に泊まりに行くことになっても何かを特別に用意する必要もなく、下着は流石に無理ではあったが部屋着は太刀川のものを借りれば事足りるため、一言で言えばすごく楽であった。
今日は遊びに来たわけではなくパソコンを開いてひたすらレポートを完成させるために二人で作業に勤しんでいた。太刀川は戦闘に関しては信じられないほどの集中力を発揮するのだが苦手なことに対しては集中力が本当にもたない。ほんっとーにもたないので。

「あっ、太刀川くん。だめだよ」
「んー、ちょっとだけ…」
「ちょっとで止まれないでしょ。んっ、こら」

ごそごそと人の体を弄ってくる太刀川にだめだよと諭しながらも、確かにそろそろ休憩を入れてもいいかもしれないと思い「コーヒーでも飲もうか」と立ち上がり太刀川の誘惑から逃げると太刀川はちょっと残念そうにするのがずるい。こっちだって我慢しているのだから。
凛は太刀川とそういうことをするのは嫌いじゃない。というか、今となってはむしろ好きである。だけどレポートを終わらせないと本当に遠征に行けないかもしれないので全てはレポートを終わらせてから。そう思いながら太刀川のところへと戻ると太刀川はなんだか真剣な顔をしている。えっ。

「レポート終わるまではしないよ?」
「じゃあ終わったらする…じゃなくて。凛、遠征に行かないんだよな」
「あ、うん。というか普通に審査に落ちちゃった」

遠征艇は小さくて、ちゃんとチームとして結果を残せている隊員を乗せた時点で定員は満員になってしまう。凛はチームを組んでいない。そのためダメ元で遠征に個人で申請したものの遠征組に受かることはなかった。

「寂しいな」
「え、太刀川くんも?」
「そりゃそうだろ」

凛が遠征に立候補した理由も、一番は太刀川と一緒にいたいからという私情だった。
受からなかったこと、太刀川と離れ離れになることは正直ショックではあったが、遠征に興味を示していた太刀川が受かったならいいかと納得していた。しかしながら、太刀川から寂しいと言われるとは思ってなかったのでちょっと驚いたし嬉しいのが本音だ。でも、

「遠征、楽しみなんでしょ」
「もちろん」
「じゃあ、お土産話楽しみにしてるから。私はちゃんとここで待ってるからね」

近界遠征は間違いなく危険が伴うものである。
確かな実力と出来る限りの準備や知識を詰め込んでリスクを最小にして行われる予定のため大丈夫だろう、と言われているものの絶対ではない。凛は皆が、太刀川が無事に帰ってきてくれるならそれだけで良かった。
凛の言葉に何かを思ったのか。太刀川は立ち上がってがさごそと何かを探し始める。そして戻ってくると凛にそれを渡した。

「なにこれ、鍵?」
「そ。うちの鍵。ここで待ってるんだろ?」
「えっ、いやここっていうかこっちの世界っていうか」

突然鍵を渡されてどうしたものかと思っていると太刀川は楽しそうに笑う。

「つーかさ、もう一緒に住もうぜ」
「え、唐突だね?」
「いやずっと思ってたんだけどさ。おまえよく遊びに来るし泊まりに来るし。だったらもう一緒に住んでもいんじゃねーかなって」
「うーんまあ、たしかに…?」

太刀川の言う通り、凛は太刀川の家によく遊びに来るし泊まる。それこそ家に来る頻度はもはやほぼ毎日ではないだろうか。本部の自分の部屋よりも今は太刀川の部屋のほうがしっくり来てしまうほどこの場所に凛が馴染んでいたのは間違いない。
あれ、なんか既視感。
そう言えば太刀川と凛が付き合うことを決めた時もこんな感じに流れで付き合うことになった気が…?

「ちゃんと帰ってくっから。おかえりって言ってくれよ、凛」

太刀川はいつもこうだ。
凛の不安とかそういうものを察してなのか、それともただ勘がいいのか。凛がほしい言葉をいつもくれる。
それがどれだけ嬉しいか。それにどれだけ救われているか。太刀川はきっと気付いてなくて。凛は太刀川のそんなところがぜんぶ好きなのだ。

太刀川くんが好き。
初めて会った時はまさかこの人をこんなに好きになるなんて思ってもなかった。

「太刀川くん」
「んー?」
「だいすき」

そう言って唇を重ねると太刀川はすぐに応えた。どんどん深くなって、まるでランク戦をしてるみたいにお互いの口内を舐め回して、結局こっちも太刀川のほうが上手で凛はいつも翻弄されてしまう。

「俺も、」
「ぅ、ん?」
「いや、俺のほうがちょーすき」

こんなところでも張り合ってくる恋人に思わず吹き出してしまう。ほんと、

「いーや、私のほうがめっちゃすきだもんね」
「いやいや。俺なんてメテオラ級にすきだから」
「なにそれ、ばか」
「お互い様だろ」

結局今日はもうレポートは出来ないだろうな、と確信を持ちながら凛も太刀川も大好きな恋人の背中に手を回す。


この関係に名前をつけるならきっと。












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