親友の相手



泣いたところなんて見たことがなかった。
最上さんのことが好きなおれのライバル。

彼氏が出来たと全然嬉しくなさそうに報告してきた凛の未来はどの分岐を辿っても大泣きしていて、場合によってはボーダーをやめてしまうのほどの事件になるらしい。
やめときなよ、と何度言っても意地になってしまって聞く耳持たず。最上さんに見せつけてるつもりなんだろうけど、最上さんは凛のことを大切には思っているけど女としては全く見ていないのはおれから見ても明白だった。
最上さんには楽しそうに語るのに、彼氏とやらが出来てから凛はいつも溜息をついていて全然楽しそうではなくて。そして大泣きする未来は着実に近付いてきていた。

「凛、嫌なら別れなよ」
「…別れないって」
「そいつと付き合っててもいいことないよ。それに…」

今日は本当にやめたほうがいい。
たぶん、今日だ。凛に最悪の出来事が起こるのは。
凛には内緒で彼氏のことを「視た」ことがあるおれには分かった。今日あいつは嫌がる凛に手を出すと。なんて言えば凛は分かってくれるだろう。どんなに探しても大泣きする未来が消えてくれない。

「迅」
「なに?」
「心配してくれありがと」

そう言う凛を見て、どうせ大泣きしてしまう未来に辿り着いてしまうのならおれの納得する未来を選んでしまおうと勝手に決めた。


最悪の未来を手繰り寄せてなんとか部屋を特定したおれは覚悟を決めた。
このドアの向こうで凛は襲われている。
大丈夫。おれがこの未来を選択すれば最悪にはならない。おれは迷うことなくインターホンを鳴らし続けて、苛立たしそうにドアを開けた男に笑顔で告げた。

「二度と凛に近付かないでね。ロリコン野郎」

男を気絶させて中に入れば見たこともない怯え方をした凛の姿があり、急いだものの最悪の未来まではあまり時間がなかったことに焦りと安堵が込み上げた。
縛られていた手を解放して、投げ飛ばされていた下着をそっと、凛の側に置いて。
帰るよ、と出来る限りいつも通りの声で言って部屋から連れ出すと凛はやっぱり見えていたように大泣きしてしまうのだった。

「もう、いらない。男なんて、きらい、きもちわるい、みんな、しんじゃえ」
「うん、ごめん。ごめんな、凛」
「う、うぁあぁああ」

凛は大泣きして、何回も吐いて。
暫くはおれ以外の男とは目も合わせられなくなって。ボーダーの皆も、もちろん最上さんも心配していた。
でも知られたくないだろうとは分かっていたからおれは何があったのかは誰にも言わずにドア越しに凛と話したりして、少し時間はかかったけれど凛は日常生活に戻ることが出来た。

「ボーダーのみんなも、迅も最上さんもすき。でも男は気持ち悪いからきらい」
「そっか。いいんじゃない、露骨に態度に出さなければ」
「あーあ。いつかお嫁さんになるのが夢だったのになぁ」

無理そう、と自嘲気味に笑う凛の花嫁姿が確かに見える。残念ながら相手は分からないのでまだおれが出会ったことのない相手らしい。でも、そんな遠い未来なのに見えるということはほぼ確定しているというわけで。

「分かんないよ。おれ達まだまだ子供なんだから」

そう言うと凛は困ったような、諦めたような笑顔を向けてくれた。
大丈夫。未来は凛を見放していない。
この傷ついてしまったライバルがいつか本当に好きな人と幸せになれますように。
あの日からおれは、ずっとそう願っていた。





「よー迅。探したぞ」
「太刀川さん。どうしたの」
「お礼を言いたくてな。マジでありがとな」
「え、なに。突然。おれ何かしたっけ」
「凛のこと守ってくれたんだろ?」

太刀川の言葉の意図が分かり、迅は驚いた。確かに凛と太刀川が遠くない未来でそういう関係になるのは確定していたから、それに対しては驚かなかったのだが。

「凛から聞いたの?」
「そりゃそうだろ」
「へぇ…そっか」

きっと思い出したくもないことだっただろう。
どこまで話したかは分からないけれど、あの男に襲われた過去を凛は太刀川には話したということ。てっきり誰にも言わないかと思っていたが、それほどまでに凛は太刀川を信頼したということだ。
ほんと。実力だけじゃなくてこの人には色々と驚かされるし敵わないな。

「凛のこと泣かせないでね。おれ、凛の泣き顔嫌いなんだ」
「奇遇だな。俺も見たくない。あ、でも見たいほうの泣き顔もあるな?」
「あ、そういうのいいから。身内の生々しい話とか聞きたくないんで」

迅の返事に楽しそうに「なはは」と太刀川が笑う。太刀川と初めて会った時はそれはもう驚いた。自分のライバルになる相手だとか、ボーダーにとって欠かせない存在になるとか。そういうのもだけどまさか凛の花嫁姿の横にいるのがこの男だなんて初対面では信じられなかったしね。
でも今なら信じられるし、太刀川になら任せてもいいと心で呟いて迅は笑った。

「いやーでもそのクソ男。迅が相手でまだ良かったな」
「良かったってなにが?」
「俺なら斬っちゃうとこだったぜ」

はっはっは、と笑っているけど多分本気だこの人。そりゃまあ、昔の話とは言え恋人に酷いことをした奴がいると聞けば腹も立つよな。
でも大丈夫だよ。

「太刀川さん、いいこと教えてあげるよ」
「なんだ?」
「あいつ殴った時ね。おれ、換装してたんだ。勿論わざと」

換装体は生身の何倍も力が強くなる。それはボーダー隊員である迅も太刀川も勿論知っていることだ。太刀川はぽかん、という表情を作った後にふはっと楽しそうに吹き出した。

「最高だな、おまえ」
「でしょ。もっと褒めていいよ」

むしろ弧月を使わなかったことを褒めてほしいくらいだけどね、と思うくらいにはちゃんと迅も怒っていたのである。

「太刀川くん、忍田さんが…あ、迅!本部に来てたんだ」
「や、お二人さん。お熱いようでなにより」
「……え!?な、なに、た、太刀川くん!?」
「はっはっは」

楽しそうに笑う太刀川と恥ずかしそうに太刀川の腕を引っ張る凛。
そんな二人の未来は色々なことがあるとは思うけれど、一緒にいる時はいつも楽しそうに笑っている未来が見える。まあ、未来は動き続けるから確約は出来ないけれどこの二人なら大丈夫なんじゃないかなって。これは迅の願望込みの話である。

「凛」
「な、なに」
「良かったね」

迅の言葉に凛を何を思ったのだろう。少しだけ驚いた顔をして、頬を染めながら幸せそうな笑顔で「うん」と返してくれるのだった。





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