好きな人



「太刀川くん、今日ひま?」

大学生活も始まり、講義の内容はワカラズ。
高校の時と違って単位を取らないと本気で留年してしまうシステムに頭を抱えながらも奮闘していたある日、凛が楽しそうにそう声をかけてくる。

「なんだ。どっか行きたいのか?」
「ふふん。今日はですね、太刀川くんに個人ランク戦を申し込みたいと思いまして!」

こりゃまた久々の申し出にぽかん、と口が開いてしまう。凛から太刀川に個人ランク戦を挑んで来るなんていつぶりだ?と少し気持ちが湧き立つ。それこそ迅がS級になってから凛とはランク戦をしていなかった。太刀川自身もあんまやる気はなかったし、凛は小南や風間とばかり戦っていたからだ。あの頃に比べれば少しはやる気が戻ってきていたものの、決定打はなく。以前鍛え上げた貯金でなんとか個人ポイントを落としすぎないように立ち回っているところだった。

「へぇ。久々だな。勝算はあるのか?」

そう聞くと凛は可愛らしい顔をして

「ボコボコにしてあげるよ」

これまた懐かしい台詞を吐くのだった。






有言実行、ってやつだなこれは。
久々に個人ランク戦を今の太刀川なりに本気で受けてみたものの結果は8-2で凛の勝ち。なんとなくは知っていたけれど凛は太刀川が思ってたよりもずっとスコーピオンを使いこなしていて、手数の多さに対応出来ずに完敗した。
それだけじゃない。凛は本当に。

「…強くなったな」

久々だというのに以前と同じように敗者のブースに勝者が現れ、マットに寝っ転がったまま太刀川はブースに入ってきた相手にそう言うとそいつは満足そうに太刀川の腕に頭を乗せる形でマットに寝っ転がってくる。

「そりゃあ、太刀川くんを奪い返すために必死だったからね」
「奪い返す?誰からだよ」
「迅と最上さんから。二人ばっか見てやる気無くしちゃうんだもん。妬いちゃったよ」

その言葉に凛の顔を真っ直ぐと見据えると、凛は本当に嬉しそうに笑っている。
あれ、凛って俺のことこんな顔で見てたっけ。

「……この半年間」

それは、勝ちたい相手がいると言ってからがむしゃらに凛が腕を磨いていた期間。

「太刀川くんのことしか考えてなかった」

ずっと小南のことだと思ってた。
だって、凛は誰よりも小南と個人ランク戦をしていたのを知っていたから。

「太刀川くんに勝つことしか考えてなかったよ」

凛が勝ちたかった相手は太刀川だった。
…いや、もしかしたら迅と最上さんだったのかもしれない。ほんとに、俺の彼女はさ。

「……おまえ意外とヤキモチ妬きなんだな」
「束縛激しい女はきらい?」
「大歓迎。凛限定でな」

なにそれ、と可笑しそうに笑う凛があまりにも愛しく感じる。太刀川は寝っ転がったまま凛を抱き寄せてその唇に自分の唇を重ねた。

(あーーー…)

もっと、ほしい。
だけど凛が嫌がることはしたくないという気持ちで揺らいでいると凛が突然太刀川の唇をぺろり、と舐めてくる。
は?と目を開けると凛は悪戯っぽく舌を出している。ほんとさぁ。

がばっと、上体を起こしてはぁーーーと大きめの溜息をついてクールダウンしようとすると、凛も太刀川に続くように上体を起こして顔を覗き込むようにして首を傾げてくる。可愛いのやめてくれない?

「俺さぁ。けっこー我慢してるんだぜ」
「知ってるよ。太刀川くん思ったより紳士だもん」
「思ったよりってなんだよ。めちゃくちゃ紳士だぞ、たぶん」
「じゃあ紳士さん。…口開けて?」

凛の言葉になかなか理性が飛びそうになる。なに、試されてるの俺?

「……煽ったのおまえだからな」

そう言って凛の口に齧り付く。悪戯っ子め。凛は太刀川の口の中に舌を差し込んできてまるで舌を逃がさないかのように絡めてくる。くちゅくちゅ、という堪らない音と凛の漏れる息に辛抱が効かなくなり、今度は太刀川が凛の舌を絡め取ってそのまま凛の口内を蹂躙する。

「ん、ふぁ……、んっ、ん」

凛の聞いたことのないようなえろい声。散々我慢していた行為に興奮が収まらない。このまま食べてしまいたいほど。
一度唇を離してはっ、…とお互い目が合い、再び唇を重ね──

「太刀川さーーーーん。凛ーーーー。5秒後に入るよーーー」
「「!?」」

ようとした途端。突然の声に太刀川と凛は大袈裟なほど驚いて、二人して口元を拭う。どちらともなく立ち上がって何故かちょっと距離を置いているとブースの外から声をかけてきた男が宣言通り入ってきた。

「や、お疲れ様二人とも」
「迅。なんだよ、いいとこだったのに」
「太刀川くん!」
「お察しはしますけど、ここブースなんでね。これ以上は目を瞑れなかったよ」
「あ、見るなよな」
「おれも見たくないんだけどねー!」

どうやら迅のサイドエフェクトで何をしているのかは大体見えてしまっていたらしい。さっきまであんなに積極的だった凛はその事実に気付いて死ぬほど恥ずかしそうにして先にブースを出て行ってしまった。
まあ確かに。迅の言う通りここで続きをするのはないな、と思い凛を追うようにブースを出ようとすると。

「ありがとね」

と。
迅は何故か太刀川にお礼を言う。

「は?なにが」
「凛と仲良くしてくれて」
「だから、なにが?」
「凛はおれの可愛い妹みたいなもんってこと」
「凛のほうが歳上だろ」
「ははっ、たしかに」

迅の言っていることはよく分からないけど、本気で太刀川に感謝をしているような素振りだったので今はあまりつっこまないようにして、今度こそブースを出ようとすると。

「あと。換装解く時はトイレで一人で解いてね」

と。
かなりタメになるアドバイスを送ってくれるのだった。




「なんだよ。今日泊まりにこればいいじゃん」
「今日はすごくダメな気がするからここで寝まーす」
「ちぇー」

凛と合流した太刀川は、さっきの個人ランク戦を見ていた奴らに捕まったりして賑やかに過ごすこととなった。迅の助言のおかげで一人でトイレにも行ったし速攻だったし。
スッキリもしたところでほかの奴らとも個人ランク戦を久々にしたらめちゃくちゃ楽しかった。こんな気持ちは久々でずっと戦えると思っていたが遅くなってきたので解散となり、本部の凛の部屋で少し話したのち凛を家に誘えば振られてしまった。
それは残念だけど。本当に残念だけど!
今日は太刀川にも凛みたいな目標が出来た日だった。

「凛、俺も勝ちたい相手が出来た」

太刀川がそう言うと凛は嬉しそうに詰め寄ってくる。

「へぇ、だれ?」
「おまえと、迅と。黒トリガーと。俺より強いやつ全員」

正直言って、以前の凛は太刀川よりも弱くなっていた。いや、太刀川が凛よりもかなり強くなっていたんだ。だけど凛は腕を磨いて今日は太刀川に勝ち越した。今の実力差がどうであろうといつか勝てばいい。それこそ迅にも、黒トリガーにも。
強ければ強いほど、勝った時は楽しいし最高の気分になる。
自分が強くなればなるほど、強い相手が現れるなら誰にも負けないほどもっと強くなればいいんだよ。

「太刀川くんって欲張りだよね」
「でも好きだろ?」
「うん。好きだよ」

真っ直ぐと。凛が放った言葉に思考が止まる。目をぱちくりとさせていると凛は不思議そうに首を傾げる。だって、おまえ、

「え、好き?マジ?」
「な、なに。好きだけど…」
「だって凛。俺のこと好きって言ったことなかったじゃん」

太刀川と凛は利害が一致して付き合うことになった関係だ。とは言っても太刀川は付き合おうと言った時から自分が凛を好きだという自覚はあった。簡単なことだ。初めての彼女に対しては萎えてしまったそれを処理しようとした時、思い浮かべたのは凛のことだったのだから。
そして凛が自分を好きではないという確信もあった。散々人に彼女を作れと言っていたのだ。自分のことが好きならばあんなことは言わないだろう。だからあの告白は賭けだったのだ。その賭けは思いのほか上手い結果に転がり、一度始めた勝負を降りる気はさらさらなかった。

凛は恋人らしいことは出来ないとか、イチャイチャは出来ないとか言っていたため覚悟はしていたものの蓋を開けてみればそんなことは全くなく。むしろ何も考えずに指を絡めてきたり、可愛らしくくっついてきたりするのには試されているのか?と太刀川は困惑すらしていた。それでも、やはり恋人らしいそれ以上のことを求めることはなかったためゆっくり確実に落としていこうとこれでもかなり我慢に我慢を重ねてきたのである。

「太刀川くんだって言わないじゃん」
「俺は最初に言ったぞ?今一番好きなの凛だって」
「あの時はでしょ?」
「今も一番好きだけど」

太刀川の言葉に凛は口をぱくぱくとさせてどんどん顔を赤くさせていく。そしてさっきの違和感の正体が分かった。凛とは結構長い付き合いになるが、いつの間にか凛は「太刀川のことを好き」という顔で自分を見てくるようになっていたのか。その事実がむず痒く、素直に嬉しい。
顔を真っ赤にさせて言葉を失っている凛の頬に手を当てると、思った以上に熱くて思わず笑ってしまう。

「凛、好きだぜ」
「…私も、好きだよ」
「ははっ。付き合ってたのにやっと両思いになったみてーだな」
「あははっ、ほんと。でも多分、ずっと好きだったよ」
「ったく。気付くのが遅いんだよ」

そう言うと凛は照れ臭そうに笑うので少し屈んで触れるだけのキスをして離れると、どこか名残惜しそうな表情を作る。

「…その表情は反則なんだけど」
「べ、ベイルアウトしたい…」
「残念。生身だ」

その後もかなり良いところまではいったが流石に本部で最後までするのはまずいとお互い悟り、その日はかなーーり後ろ髪を引かれながらも解散となるのだった。





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