恩人



トリガー、起動。
大好きな人だった「物」を握り締めてそう声に出してもそれは何の反応も示さない。
私のライバルがそれを手にして同じ言葉を口にすると、それに応えるように残酷なほど綺麗なトリガーが起動される。
ああ。
私は最後まであの人に選ばれなかったんだと悟るには十分すぎる出来事だった。



最上の黒トリガーは解析に回され個人が持つことは許されていなかった。しかし、ついに個人が持つ許可が降りたため、トリガーを起動出来るメンバーで争奪戦が行われた。結果は迅の圧勝。実力はもちろん、誰にも師匠を渡さないという気迫はモニター越しにも伝わってきた。
最上の黒トリガーは弟子だった迅が持つこととなり、それを自分が思ったよりも落ち着いて見届けることが出来たことに凛はまだ気付いていなかった。

「太刀川くん、今日も個人ランク戦しに行かないの?」
「んー、やめとくわ」
「そっかぁ」

太刀川といえば学校が終われば本部!個人ランク戦!と誰がどう見ても個人ランク戦大好き人間だったというのに、最近は本部に顔を出すことも少なくなっていた。防衛任務は今まで通り行なっているものの、個人ランク戦で太刀川を見かけない日々は変な感じがするほど彼は常連だった。
本部に部屋を借りている凛からしても、太刀川が本部に来ないと会える時間が減るので少し寂しかったりする。

「どうせ行っても迅は来ねーし」
「え?」
「黒トリガーなんて反則みたいなもんじゃん」

なるほど。
つまり太刀川は黒トリガーに選ばれなかったことと、そんな超反則級のトリガーを手にしてS級隊員になってしまった迅と個人ランク戦が出来なくなったのがつまらないってことか。あれ。なんか既視感がある。

「じゃあ今日はご飯でも食べに行く?」
「お、いいな。あそこのうどんが美味いんだよ」

太刀川は別に体調が悪いわけじゃない。むしろ元気なんだ。ただ、今はやる気がなくなってるだけで。
それはまるで。太刀川と初めて会った頃の自分を見ているようだった。





沢山の仲間を亡くし、初めて心から好きになった人はあんなに小さな物になってしまった。
凛には町を守りたいとか、市民を守りたいとか。そんな壮大な目的があったわけではない。ただ、好きな人に褒めてほしかった。認めてほしかった。見てほしかった。そんな私情でボーダーの一員となり、がむしゃらに訓練に明け暮れて、そしてそんな大切な人を守ることが出来ず。挙げ句の果てに彼は黒トリガーになっても自分を受け入れてくれなかった。

「………つまんない」

あんなに楽しかった日々がまるでモノクロのように色を失って見える。遺された人達は悲しみを背負いながらも次に進もうとしているのに自分はここ最近は換装すらしていない始末。
城戸は色々思うところがあったのか、新しく本部を建ててそちらに移動して玉狛に帰ってくることはなくなった。他の隊員も玉狛に残ることは強制されず、申請すれば本部に部屋を宛てがうのは容易だと通達が届いていた。

「本部かぁ…」

このままボーダー隊員として身を置くのなら玉狛にいるつもりはなかった。ここは最上との思い出が多すぎるから。そもそも、ボーダーを続けるかどうかもこの時の凛は悩んでいた。
実際にあの事件の後、九條はボーダーをやめて一般人に戻ったのだから自分にもその選択肢はあった。

暫くは宙ぶらりんのまま、基本は本部に通わせてもらうことを了承してもらい本部をぶらぶらしていたある日。忍田が彼を連れてきた。

「私、斎藤凛。よろしく」
「なあ、おまえ強いの?」

全くこっちに興味がなさそうな生意気な新人。
確かに最近は燻っていたしやる気もないけれど新人になめられるほどの腕ではない。

「今度ボコボコにしてあげるよ」

そう言うと新人は面白そうに口角を上げる。まるで新しいおもちゃを見つけたみたいな真っ直ぐな好奇心。そういえば、凛も初めの頃はこんな風に強くなっていくのが純粋に楽しかったことを思い出す。
結局、古参ぶって自分の実力に胡座をかいていたのはむしろこっちのほうで、この新人くん──太刀川慶にギリギリのところまで迫られる初試合を終えたのだった。

「おまえ強いな!?」

あの時の太刀川の興奮した顔は今でも覚えている。辛勝とは言え勝ったのは凛だったというのに太刀川はすごく楽しそうに目を輝かせていて。その目をもっと見たいと思った。この男ともっと戦ってみたいと思った。
太刀川に出会えたから、またボーダーで頑張ってみようと凛は思うことが出来たのだ。




「あっ」
「ん、どうした?」

違和感があった。
最上の黒トリガーの争奪戦があると聞いた時、参加権すら得れなかったこと。そして最上を取り合うライバルであった迅がその所有権を得たこと。
あの頃の自分なら多分、黙って見てることなんて出来なかったと思う。
最上が自分以外の誰かの手に渡るなんて許せないって、きっと駄々を捏ねた。
でも、あの争奪戦をそんな気持ちに一度もならず最後まで見届けることが出来た。勝者が迅だったから?それも少なからずあると思う。
でもきっと。

「…そっか。いつの間にか太刀川くんになってたんだ」
「だから、なにが?」

私の戦う理由が、だよ。

太刀川に出会っていなければ遅かれ早かれ凛はボーダーを辞めていただろう。確信がある。ここにはもういなかったと。
最上との思い出も、最上の黒トリガーに選ばれなかったことも凛にとっては耐え難いことであったから。
だけど、あの日。
太刀川に出会ったから凛は今ここにいる。

だったら次は。
私が太刀川くんを助ける番なんじゃない?

「太刀川くん」
「おう」
「私、暫く本部に篭るね」
「え、なんで」
「負かせたい相手が出来たの」
「あーあれか。最近調子良い…小南ってやつ?」

絶賛負かせたい相手はちょっと面白くなさそうに、だけど優しい人だからいつも凛の意見を尊重してくれる。

「ま、頑張れよ。あんまほっとくと拗ねちゃうぜ?」
「うん、頑張る。それと、それは私の台詞だからね」

その言葉に太刀川は「えー?」と本気でよく分からないといった表情を作った。


迅と最上さんばっか見てないで、私を見てよね。太刀川くん。





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