嫌じゃない



太刀川と付き合い始めてから凛は驚くほど学校で過ごしやすくなった。
太刀川と付き合ってるのかとか、そういうことももう聞かれることもなくなり、一緒に行動していても変に噂されることもなくなり。こんなに楽なら早く付き合えば良かったかな…と思ってしまうほど楽ではあるが太刀川と自分は名目上は恋人ではあるけれど奇妙な関係だ。ちゃんと付き合っているのに付き合う前とは二人はほとんど何も変わらない。それも含めて、きっと自分は今の状況に満足しているのだろう。

「俺もそうだな」
「やっぱり?正直めっちゃ楽だよね」
「俺がどれだけおまえの連絡先を教えろって言われたか知らねーだろ。ほんと面倒くさかったんだぞ」
「へぇー、なんて対応してたの?」
「あいつ超面食いだから無理って言ってた」
「うっそ!なんか凄い性格悪い女みたいじゃん!」
「うっそー」

悪戯っ子のように笑う太刀川に騙され、仕返しに両頬をつねると、つねられてるくせに太刀川は「なはは」と楽しそうに笑う。悔しいことに、そんな太刀川を最近可愛いと思ってしまう自分がいる。一応、彼氏なんだよなーこの男と実感するとくすぐったい。恋人らしいことは何もしていないのに。
太刀川は今の関係で満足をしているのだろうか。何度も喉に出かかった言葉を結局凛は言えずにいた。してない、と言われた場合どうしたらいいか分からなかったからだ。
狡いという自覚はある。それでも、もう彼氏なんて絶対作らないと思っていた自分にとって、太刀川とのこの関係を凛は案外気に入っていた。



「あ」

来月の防衛任務のシフト提出を考えている手が止まる。凛は何か理由がない限り基本的にいつでも防衛任務には出れるようシフトを提出している。来月は毎年のことながら激務になるのは分かっていた。その分凛は稼げていたので気にもせず毎年防衛任務に当たっていたのだが。

(………クリスマスかぁ…)

友人や恋人と過ごしたいと考える隊員は多い。年頃の男女が多いのだから必然だろう。今までは関係のないイベントだったけれど、一応今年は自分にも彼氏がいる。一応…。

(うーん…でも、なんか…)

むず痒いというか、気まずいというか。
友人の延長戦のように付き合っている状態でクリスマスをわざわざ空けるのは期待しすぎている気がして、なんとも言えない気持ちになる。
なはは、と笑う恋人と過ごすのは楽しいとは思うがクリスマスともなると意味合いが違ってくるのではないかと心配にもなる。ようは怖気付いているのだ。太刀川とこれ以上進むことを。
少し迷ったものの、結局凛はクリスマスも防衛任務を「可」と提出して、例年通りシフトが組まれることになったのだった。




「おーおー、世間はクリスマスムードだってのに門が開くなぁ」

結果として。
凛と太刀川はクリスマスに同じ区域の防衛任務に配置されてしまった。

「ほんとだよねー。まあ警戒区域外に出ないならいいけど」
「はっはっは、もし外に近界民を逃したら根付さんが禿げちゃうかもしれないな」
「あはは、じゃあ根付さんの髪の毛のためにも働かなきゃね」

そんな軽口を叩きながら太刀川と一緒に門から現れた近界民を斬り伏せていく。
相変わらずの実力。きっとこの場にいたのが太刀川一人でも今日の防衛任務は何事も無く終えていたのだろう。というか。

(なんだ。太刀川くんも防衛任務のシフト入れてたんじゃん)

その事実に安堵と恥ずかしさが込み上げる。どうやらクリスマスだと少し浮かれていたのは自分だけだったようだ。もし今日防衛任務を入れていなかったら太刀川とは一緒に過ごせなかったという事実になんとも言えない気持ちになる。
太刀川と付き合ってから凛は彼女らしいことなんて何も出来ておらず、予定くらいは空けたほうがいいのかな。なんて迷っていたのが馬鹿らしく感じた。自分と太刀川は多分、これで正解なのだと思う。

「だって凛、今日シフト入れてただろ。だから俺も入れたんだよ」

そんな凛の考えを否定する一言を太刀川は放つ。

「え、なんで知ってるの」
「風間さんが教えてくれた。斎藤がシフト入れてるぞって」
「か、風間さん…!」

どうやら隊員のシフトを管理している1人である風間さんが漏らしたらしい。普段ならそんなことは絶対にしない人なのだけど、風間さんは自分と太刀川の関係を考慮して良かれと思って太刀川に声をかけたのだろう。
ん?ということは…

「太刀川くんは元々シフト入れてなかったの?」
「そりゃあな。凛と過ごそうと思ってたし」
「え、あ……、ご、ごめん…」
「ん?なにが?」

太刀川は凛のことを考えてシフトを入れていなかったと言う。凛も確かに太刀川のことは考えた。考えたうえで特別何かするのが恥ずかしくてわざとシフトを入れてしまったのだ。
太刀川の優しさ。そして気遣いが凛の不甲斐なさと彼女としての自覚のなさを突きつけてくる。すっかり打ちのめされてる凛をよそに、太刀川は弾ませた声で近付いてくる。

「近界民もかなり片付けたし、凛。トリガー解除しろよ」
「え、なんで?」
「いいから」

仮にも彼女がクリスマスに防衛任務を入れていたことに全く気を悪くすることなく、太刀川は楽しそうにそんなことを言ってくる。意図は理解できなかったけど、太刀川に言われるがままトリガーを解除するとトリオン体ではない体に寒さが応える。太刀川も凛と同じようにトリガーを解除すると楽しそうに笑って膨らみすぎたポケットから何かを取り出して差し出してくる。

「おっし、落としてないな。凛、クリスマスプレゼント」
「えっ」
「おまえいつも手冷たいからな。俺といない時に使えよ」

そう言って渡された袋の中身を見ると、可愛らしい手袋が入っている。女子が好みそうなデザインで、……太刀川がこれを、自分のために、買ってくれた…?

「な、なんで」
「なんでって、なにが?」
「なんで…えと……太刀川くんといない時限定なの?」
「そりゃおまえ、俺といる時は俺と手繋げよ」

俺は体温が高いぞー?と太刀川はいつものように緩い笑いを交えて言ってくる。
嬉しい。すごく。
それと同時に、自分が凄く嫌になった。

「っと、やっぱ寒いな…凛、もっかい換装して本部に戻ろーぜ」
「…まって。待って!太刀川くん!」

踵を返して歩み出そうとする太刀川を思ったよりも大きな声で引き留めてしまう。
太刀川は振り向いて、そして不思議そうに首を傾げていた。

「ん、どうした?」
「私こんな、貰えないよ。だって私は太刀川くんに何も用意してない…」
「? 別にいいぜ。俺があげたかっただけだし」

太刀川はやっぱり何も気にしていないと言わんばかりの態度をしている。
いや、でも。クリスマスに勝手にシフトを入れたのだって良くなかったしこのままでは凛の気は収まらなかった。
自分が彼女として最低値なのは分かっている。けれど、それの割を食うのが太刀川なのは凄く嫌だったのだ。

「なんでも!なんでも欲しいもの買ってあげるよ!」
「えー?別に欲しいものねーしなぁ」
「そこをなんとか!」

何故かプレゼントを用意しようとしている側の凛が貰う側の太刀川に懇願するように縋ると、太刀川はちょっと困ったように目を閉じて眉を寄せながらうーーん、と唸り。何かを閃いたように目を開いた。

「じゃあさ、一つおねだりしてもいいか?」
「おねだり?」
「凛が嫌ならいいけど、クリスマスプレゼントくれよ」
「うっ、だから、今は何もなくて…」
「あるだろ。初キス。そろそろしたかったんだよなー」
「きす?」
「どこでもいいから。な?キスしてくれよ凛」

そう言って太刀川は楽しそうに目を閉じる。
キス、そういえば太刀川とはまだしてなかったことを凛は今更ながら気付かされた。
元カレは付き合ったその日にキスをしてきた。しかも深いやつ。あれも嫌だったなぁと苦い記憶が少し思い出される。あの元カレのせいで付き合うという行為に付き纏うものが大体苦手になってしまったけれど、そういえば太刀川と手を繋いだり触れ合ったりするのは嫌じゃなかった。

目を瞑って待っている太刀川の両肩に手を置くと少しだけ太刀川の肩が揺れる。
それがなんだか可愛くて、凛は自分の唇を太刀川の唇に重ねる。

「!」

太刀川の驚いたような息遣いが聞こえてくる。ほんの数秒の、触れるだけのキスを終えて離れると太刀川は想像とは違う表情をしていた。

「えっ、な、なんか変だった?」
「いや、てっきり…ほっぺとかにキスしてくんのかなって思ってたから」
「え、あ。その手も、あったね…」

あの太刀川が、いつも飄々としていて余裕のある表情を浮かべている太刀川が顔を赤くして自分と視線を合わさない。それがむず痒くて、自分は太刀川と初めてキスをしたのだと実感させられる。
さっきまであんなに寒かったのに今は汗が出るほど熱い。特に顔があっつい。

「……凛、かおまっかだぜ」
「は、はぁー?太刀川くんのほうがまっかだから!」
「そりゃそうだ。なぁ、もっかいしようぜ」
「…ふーん、来年分のクリスマスプレゼントかな?」
「いーよそれで」
「うそだよ」

そんな軽口を叩きながら、今度は太刀川の両手が凛の肩に触れてそのまま唇が重ねられた。
何も嫌じゃない。むしろ嬉しい。
キス一つでこんな気持ちになることを凛は知らなかった。





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