恋人?



昔、化け物に襲われた。
逃げても逃げても追いかけてくる化け物が怖くて、泣きながら助けを求めたけれど人の気配はなくて。足がもつれて転んで、正直死んだと思った。怖すぎて声が出なくなって、全てがゆっくりに感じた時。大きな背中が私の前に広がって化け物を倒してくれた。

「もう大丈夫だ。よく頑張ったな」

そう言って私の頭を優しく撫でてくれた人。
一瞬で恋に落ちた。彼と一緒にいたいと思った。
だから私は彼に必死にお願いして、両親も説得してあの頃はまだ無名だったボーダーの一員として行動をすることになった。


最上さん。私の初恋の人。


最上さんは格好良くて優しくて、そして悲しいほど大人だった。
どれだけ本気で告白しても軽くあしらわれてしまう。私は本当に最上さんのお嫁さんになりたかったのに最上さんは「まるで娘がみたいだな」っていつも笑ってた。
ひどい人。それでも大好きだった。

最上さんの一番弟子である迅とはそれはもうよく衝突したものだ。だって私たちは二人とも最上さんが大好きだったから。意味合いは違っていたけれど好きなのは間違いなくて、私も迅も最上さんの一番でいたかった。
模擬戦という名の喧嘩も迅と一番行われたけれど、最上さんを巡る戦い以外では迅とはむしろ誰よりも仲良くなれた。
そんな私たちを嬉しそうに褒めてくれる最上さんがいて。あの頃は本当に毎日が楽しかった。


歯車が狂い出したのは15歳の時。
所謂ナンパというやつをされた。相手は大学生ですごく大人に見えたし彼はとても顔立ちが整っているイケメンだった。
最初はメッセージのやりとりだけ。最上さんから聞きたい言葉を彼は全部言ってくれる。可愛いとか、もう大人だねとか。これが最上さんなら最高なのにな、と。結局彼に気持ちが移ることはなかったけれど、ある日彼に告白をされた。正直悪くない相手だと思ったけれど私は最上さんが好きだったから応える気はなかった。

「へぇ。いいじゃん。恋はするもんだぞ」

だというのに。
最上さんは全く、1ミリも私のことなんて見てないのがすごくムカついて。
私だってもう大人なんだから。モテるんだからね、と最上さんを見返したい気持ちだけで彼の告白にokの返事を出した。

「やめたほうがいいよ」

彼と付き合うことが決まると迅がそれを否定した。

「凛、泣くことになる。別れなよ」

迅まで私を子供扱いしているのが癪に触って私は彼と別れなかった。
迅には見えていたんだ。彼が何をするのか。


結局私は全然子供だったってこと。
痛い目にあって、苦い思いをして。それで初めて色々学んで。
あんな思いをするなら好きな人も彼氏ももう二度といらない。

そう心に決めてた。のに。





「凛って手ちっせーよな」
「太刀川くんが大きすぎるんだよ」

太刀川が大きな手で凛の手をまるで覆うように握りながらそんなことを言う。以前から距離感がおかしいとは言われていたものの、流石にこうやって手を握られるようになったのは「恋人関係」になってからが初めてだった。

太刀川と凛がお付き合いを始めてからというもの、驚くほど二人はいつも通りに過ごしている。学校が終わり次第本部に一緒に向かうことも元々ずっとやっていたし、学校でも元々よく喋っていたし。変わったことといえばクラスが違うため昼食は一緒に食べるようになった。けれど別に甘い雰囲気を醸し出すなんてことはなく、本当にいつも通り。これって本当に付き合ってるのだろうかと凛が疑問を抱いていたところに太刀川が「手握っていい?」と提案をしてきて、それが二人にとって初めての恋人らしいことになっているのだった。

「弧月、少し調整した方が握りやすいんじゃね」
「うーん。ていうかやっぱり弧月だと太刀川くんと戦うの厳しくなってきたんだよね」
「なんで」

太刀川は相槌を打ちながらも凛の手を握ることをやめない。なんなら指を絡めて緩く握ってくる。思ったよりも、この男は少し甘えたがりなところがあるのかもしれない。絡められた指に少しだけ力を込めて握り返すと太刀川は楽しそうに頬を緩める。少し、心臓が苦しくなった気がして凛は話を戻した。

「重いの。どうしても振り遅れちゃうのが悔しくてさー」
「あーなるほど」
「あれを誰かさんは二刀流とか言って振り回しちゃうんだから」
「惚れ直すなって」
「やだーポジティブ魔人ー」

なはは、と緩く笑う太刀川を凛は気に入っている。戦闘時、接戦になれば猛獣のように迫ってくる目の前の男は、普段はこんなにも大人しい獣に姿を変える。
他愛のない軽口をいつものよう続けていると二人の元にある人物が寄ってくる。その人物は太刀川に迫る実力を持ち、二人の先輩である風間であった。二人の姿を捉えて早々、風間は大きな溜息をついた。

「お前ら、仲が良いのは結構だがこんなところで戯れるな。下の奴らには少し刺激が強い」
「えっ、いつ通りでは…?」
「怒られちゃったな」

いつもと別段変わったことをしているつもりはなかった凛は風間の言葉に割と本気で困惑しているというのに太刀川はやっぱり緩く笑っている。そんな二人の対応に風間はやはり呆れたように言葉を続ける。

「お前らはいつも手を握り合っているのか」

その言葉にあっ、と。凛は絡められていた手を即座に離してしまう。

「たしかに」
「あっ。逃げた」

風間の言葉に照れ臭くなり、飲み物を買うために席を立った凛が「風間さんは何飲みますか?」と聞けば風間は凛に金を渡して頼む、と言う。奢るつもりだったのに奢られてしまい敵わないなぁ、と凛は笑みを溢して自販機へと向かうのだった。

「お前には何を買ってくるか聞かないんだな」
「聞かなくても、ってやつですね」
「惚気るな、鬱陶しい」





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