尋問



遠征艇が無事帰還するまで、太刀川と出水が使用していた部屋は太刀川と近界で救助した斎藤凛という女が使うことになった。万が一が遭ってはならないため、女が部屋の外に出る際は太刀川と共に行動をしなければ許されず、部屋でも太刀川と相部屋というよりは見張りのような形で一緒にいることを提案した。女からすれば誘拐された挙句に救助された先でも監禁され見張られているようなものだ。不満はあるだろう。しかし太刀川達を襲ったという事実があるため譲ることは出来なかったが、女はこの理不尽な提案を文句一つ言わずに了承したのだった。

「太刀川さんと幼馴染みっていうのは本当みたいです。でも…」

隣の部屋で太刀川と凛の会話を聞いていた菊地原は二人の会話の内容に正直生産性の無さを感じていた。端的に言えば聞いていても意味のない他愛のない話が多いと思ったのだ。凛は決定的なことを何も喋らない。いや、太刀川が聞かないせいもある。今回に限っては凛を尋問する気が全くないのだろう。逆に太刀川はこちらの情報を稀に漏らすことがあり、菊地原としては頭の痛い話であった。
そんな二人の会話はやはり聞いていても意味のないもののほうが多く、かと思えば二人とも無言のまま個々に過ごしたりもする。気まずい心音や溜息もそうは聞こえないため太刀川と女の相性は多分悪くはないのだろう。ただ、菊地原には気になることがあった。

「嘘をついてる音がしますね。結構」
「何かを隠しているということか」
「まず間違いないかと。それから、…なんていうか…」
「言いにくいことでもあるのか?」
「言いにくいというか、表現がし辛いんだよ。あの女、諦めたような心音がする。しかもずっと」

菊地原の言葉に報告を聞いていた風間と歌川が眉を顰める。菊地原もあんな心音を聞くのは初めてだったためこの表現で合っているのかは正直自信がない。今までもランク戦でこちらが勝ちを確信した時に似たような心音が相手から聞こえてくることはあった。あの女からはずっとそれと似たような心音が聞こえてくる。正直言って不愉快だった。諦めたような心音は胸の辺りがもやもやする気持ち悪さを含むからであり、聞いていて気持ち良いものではないからだ。そして太刀川と声を弾ませながら話していてもその心音は変わらないため、菊地原はそのアンバランスさが気持ち悪くて仕方がなかった。


だから菊地原は納得したのだ。
上層部からの質問──いや、尋問を受けて凛が語った真実に。





近界に誘拐された一般市民を見つけ出し救助したという報せは上層部の人間を少なからず歓喜させた。特に喜びを露わにしたのは本部長である忍田真史とメディア対策室長の根付栄蔵であった。忍田は純粋に行方不明者を帰還させることが出来たことを喜び、根付は上手く手を加えれば三門市民からの信頼をますます得れると踏んでのことであった。
しかし状況は一筋縄ではいかない。その行方不明者は遠征艇及び太刀川隊を襲って来たと言うのだ。しかも報告に寄れば初撃は太刀川、出水、当真、国近の誰もが見破れなかったとのこと。この四名は世辞でも何でもなくそれぞれの分野で追随を許さない強さを誇っている。その四人全員を欺く術を持ち合わせた行方不明者。それは手放しに喜べる情報ではなかった。
何故襲って来たのか。何故四人を欺けたのか。そして、何故帰還を拒んだのか。慎重に、しかし確実に聞かなければならないことが確かにある。

「襲ったのは仕事だからです。欺けたのは、慶ちゃんが斬ったフードの性能ですね」

そして緊迫した空気の中、行方不明者──斎藤凛と名乗った女は隠すこともなく答えた。
今この場には本部司令である城戸政宗、本部長である忍田真史、営業部長である唐沢克己、本部開発室長である鬼怒田本吉、メディア対策室長である根付栄蔵。そしてサイドエフェクトを持つ菊地原士郎と彼女の幼馴染みである太刀川慶が同席していた。玉狛支部の林藤と未来予知を持つ迅悠一もこの場に呼ぶか悩まれたが、玉狛支部はこの件にはとりあえず関係はなく、迅には後日彼女を「視る」よう通達がいっているためこの場には訪れていなかった。
因みに迅曰く、忍田達を通して視た未来にとりあえず「最悪」はないとのこと。今回の遠征は多分抗争か何かに巻き込まれると思うよ。皆ずっと戦ってる。そう言った迅の予知は見事的中し、しかしそれでも遠征を強行したのは負傷者が出ないことと、多くの未知のトリガーが手に入る可能性が高かったためである。結局迅の予知通り八本のトリガーを入手し、負傷者は無し。更には行方不明者を救助出来たとなれば今回の遠征は大成功であろう。迅の予知はボーダーにとっては命綱であり不可欠なものである。だからと言って迅を毎回毎回呼び出すことは彼に負担がかかると判断し、今回はこの場に呼ぶことはなかった。最も。何か危険が視えれば迅のほうから足を運ぶだろうことも分かっており、今日この場に迅が来ていないことが最悪には至らないことを表していた。

「仕事…?フード…?」
「フードとはこれのことか」

凛の返答に忍田が繰り返し、鬼怒田は出水から渡されていた真っ二つに斬られたフードらしきものを見せると凛はあちゃ~と苦笑いを浮かべる。

「うわぁ、真っ二つ。もう使えないだろうなぁそれ」
「これを被って太刀川達を欺いたのか」
「そうですよ。そのフードを羽織ってトリオンを流すとまず姿が景色と同化して目視出来なくなります。で、更に多めにトリオンを流せば並大抵の器具じゃ探知が出来なくなりますね。あっちじゃそれを看破するトリガーもあるけど、どっちも高価なんでそんなに流出はしてないかと」
「高価…因みにどれくらいでやり取りされておる?」
「人間二人は買えますね。今はもう少し上がってるかな」

その言葉に鬼怒田と根付は息を呑んだ。さらりと放たれた言葉はこの国では聞き慣れない響きであった。人間二人は買える。つまり、凛がいた国では人身売買が為されていたのだろう。風間からの報告では凛も毒入りのバングルを嵌められていたと聞いていたため、彼女が劣悪な環境に置かれていたことは容易に想像が出来る。
景色に同化する、という発想はカメレオンと相違ないものであると思われるが、それに加えてバッグワームのような探知不可能な機能まで同時に付けれる技術はこの国にはまだない。このフードはもう使えないと凛は言ったが解析する価値は大いにあるだろう。忍田のそんな考えと鬼怒田の考えは同じだったようであり、鬼怒田はフードを手にしたまま、表情こそ変えないもののどこか満足げに見えたのは付き合いが長いがゆえである。

「君の仕事は?」
「まあ、いろいろ」

ここまでは簡潔に質問に答えていた凛が忍田の質問に対して目を逸らし曖昧な答えを返す。違和感は覚えたものの、聞くことはまだある。一旦この質問は保留にしてもう一つ質問を投げかけることにした。

「君は帰還を拒否したと聞いている。それは何故だ?」
「うーん、黙秘」
「…慶」
「はい」
「彼女が誘拐されたのは何年前だ?」

忍田の質問に太刀川がえーっと、と天井に視線を移す。そんな太刀川の様子に凛はうんざりしたように眉を顰めた。自分からは話す気はなかったようだが、太刀川に黙秘する理由はない。太刀川の幼馴染みということが本当なら誘拐されるまでの凛については太刀川から聞き出すことが出来るということだった。

「慶ちゃんに聞くのは狡くないですか?」
「君が答えてくれるのなら彼に聞く必要性はなくなる」

凛の言葉に即座に返答したのは城戸であり、そしてそれはぐうの音も出ない正論であった。確かに凛が答えれば太刀川に聞く必要性はない。しかし彼女が答えないのならば太刀川に聞くしかないだろう。凛は諦めたように、そしてつまらなさそうに腕を組んで目を瞑ってしまった。

「俺が小四の時だから…えーっと、小四って何歳だ?」
「十歳だな」
「お、それなら計算しやすいな。俺が今十九だから…九年前ですね」

唐沢からの助け舟により凛が誘拐されたのは九年も前だということが分かった。九年間。突然未知の国へと誘拐され、家族から離れ離れにされた少女。どれだけ怖かっただろうか。どれだけ心細かっただろうか。想像するだけで忍田は胸が締め付けられるような思いだった。しかし、そんな境遇に置かれていたはずの凛は帰還を望まなかったという。何故?

「君は、近界に居場所を見つけたのか?」

九年もの間生き延びていてくれた凛。
劣悪な環境に身を置かれていたのかとも考えたが、もしかしたら彼女が連れ去られた国は誘拐した人間を丁重に扱ったのかもしれない。それならば彼女が帰りたがらなかった訳にも納得がいく。近界に居場所が出来ていたのなら、もしかしたら自分達は再び彼女を安心出来る場所から誘拐してしまったことになるのではないか。そんな忍田の不安を、凛は嗤った。

「居場所?あはは。なにそれ、初めて聞いた」

声こそ弾んでいたものの、凛の目にどす黒い感情が含まれていることに気付けないほど忍田は鈍くなかった。報告では彼女の年齢は太刀川の二つ下だと聞いている。太刀川が十九ということは凛は今、十七。十七の少女が出来るような目では到底ないほどの憎悪。それだけで彼女がこの九年間、どんな日々を送って来たのかを想像するのは容易かった。忍田は自分が失言をしたことに気付いてしまい二の句を告げずにいた。
そんな忍田に凛は興味を失くしたのだろう。忍田から視線を外した凛は愉しそうに嗤いながらこの場で一番発言力があると踏んだ相手に真っ直ぐと目線を合わせる。

「取引しませんか?」
「…取引?」
「私が向こうで得た情報はなんでもあげます。この国で世話になっている間は傭兵でもなんでもします」
「…それで?君が求めるものは」

凛が取引を求めた相手──城戸は表情一つ変えずに凛の提案の条件を尋ねる。九年間も近界で生きて来たのならば彼女の持つ近界の情報はボーダーにとって貴重なものになるのは明らかであった。
そして太刀川相手にすぐに落とされなかった腕前は傭兵として雇うには十分過ぎるものでもあったが、得体の知れない相手にトリガーを持たせることは今のところはないためこちらは話半分で聞き流すことにした。
凛は指を三本立てて愉しそうに条件を口にする。

「まず一つ。次に近界に行く時、一緒に連れてってそこに置いて帰ってください」

その言葉にやはり凛はこの国に帰還したくなかったことが痛いほど伝わってくる。どんな理由であれ太刀川が無理矢理気絶をさせて彼女を連れ帰ったのは事実であり、凛の帰還したい理由が真っ当なものであればこの条件は飲まなければならないだろう。理由を聞かない限りは頷けるものも頷けないのが現状ではあるが。

「二つ。私がこの国に帰還したことはここだけの話にしてください。特に私の昔の知り合いには絶対に漏らさないでください」

ね?と凛はにっこりと太刀川に向き直る。太刀川にはもう話をつけてあったのかはいはい、と太刀川は凛の言葉に頷く。彼女自身がそう望むのなら文句はないだろう。しかし、昔の知り合いに両親は含まれているのだろうかと忍田は思案して首を横に振る。馬鹿な。いくら昔の知人に会いたくないと言っても親は別だろう。彼女のご両親については…太刀川から聞くほうが無難かもしれないが、あの様子では口止めされているようだ。果たして。
この提案には根付が眉間に険しい皺を寄せていた。それもそのはず。メディアで彼女のことを大々的に発表しようと目論んでいた矢先にその計画が潰されてしまいそうなのだから。メディアに露出すれば間違いなく凛のことを知っている人物の目にも届くであろう。それを凛は許可しないと言うのだ。

「三つ目はまぁ。ここにいる間の衣食住の面倒を見てほしいですね。その分の働きはなんでもするんで」

前二つの提案に比べて三つ目の提案は二つ返事が出来るほど簡単なものであった。それこそ一生面倒を見ろ、と言われれば厳しいかもしれないが暫くの間、彼女一人の衣食住を提供することに難はない。情報を提供しエンジニアに知恵を貸してくれるのならば給与だって出せる。三つ目の提案の易しさに少しだけその場にいた面々は肩の荷が降りるような気さえした。

以上です。と楽しそうに笑うものの一歩も譲らないと言わんばかりの空気にどうしたものかとそれぞれが思考を巡らせている中、最初に口を開いたのは唐沢克己であった。彼は煙草を口に付け、それを大きく吐き出すと灰皿にその煙草を押し付けて凛に目線を向ける。

「君の持つ情報は確かにボーダーのためになる。それは疑いようのない事実だ。だが、交渉としては甘い。我々を納得させる理由がなければどんな魅力的な条件でも飲むことは出来ない」

唐沢の意見はこの場にいる全員の総意のようなものであった。彼女の提案は別段悪いものではない。しかし、それを飲む決定的な理由がないのだ。極端なことを言えば全ての提案を断って情報提供を拒むことだってこちらには出来た。甘いとはそういうことだ。彼女はまだ、忍田達を納得させる確たる理由を提供出来ていない。

「どうすれば納得してもらえます?」
「簡単なことだ。全部正直に話せばいい。意図的に隠していることがあるだろう?残念ながらそれを見抜けないほど我々は節穴ではないのでね」
「はぁ、ぜんぶ」

唐沢の言葉に凛はこてん、と首を傾げた。これだけの大人に囲まれて全く物怖じする気配がない。肝が据わっている、というよりは凛はきっとこうして生きてきたのだろう。いや、生き延びてきたというほうが正しいかもしれない。
意図的に隠していることがある。つまり、彼女には話したくないことがあるのだ。それは果たして暴いていいものなのだろうか。そんな忍田と同じことを城戸も考えていたらしく意見を述べる。

「…言いたくないのなら無理には聞かない。君にも事情があるだろう。しかし彼が言うように取引を受けるには根拠が弱すぎるのも確かだ」
「全部正直に話したら、受けてくれます?」
「断言は出来ないが、君の覚悟を無碍にする気はない。もう一度言うが、言いたくないのなら言わなくていい」

城戸の言葉に凛はまあ、そんなに甘くはないかと諦めたように笑う。その自嘲的な笑みは忍田を含め、この場にいる面子に少なからず罪悪感を抱かせた。どんな理由であれ、彼女は九年前にこの国から誘拐された被害者であることは間違いない。そんな彼女をまるで尋問のように追い詰めるのは如何なものか。助け舟を出そうかと忍田が迷う中、先に覚悟を決めたのは凛のほうだった。

「嫌なんですよね」
「嫌?」
「今の私って、多分この国じゃ幼くして誘拐された可哀想な女の子って認知じゃないですか?」

それはまず間違いないだろう。根付の手腕によりメディアに公表されれば彼女は奇跡の生還を果たした少女として注目を浴びるのは間違いない。可哀想、という言葉は時に相手を傷付ける。もしかしたら凛はそれを嫌がっているのだろうか。そんな忍田の考えを嘲笑うかのような真実を凛は口にした。

「でも、その誘拐された女の子は向こうで金で買われて、乱暴されて、尊厳を踏み躙られて、最終的には人を殺すことを仕事にして生きてました~って知られたくないんです。特に両親には」

ね?と可愛らしい笑顔を浮かべて首を傾げる凛に誰も何も言えなかった。凛から語られた真実。それは想像出来ないものではなかったが、その中でも最悪のものであったことに違いはない。
菊池原はなるほど、と一人納得する。凛からはずっと諦めたような音がしていた。この女は多分、生きることをもう諦めている。太刀川に見つかったその時に、昔の自分とやらを思い出して絶望したのだろう。そして確信を持つ。

『この子、多分条件を飲まなければ死にますよ』

内部通信で上層部の面子にそう伝えれば誰もが菊地原の言葉に納得するしかなかった。太刀川だけは内部通信から外したのは「は?なんで」と声に出しそうな気がしたから。念の為である。

この笑顔の裏で、凛はどれだけ泣いてきたのだろう。どれだけの地獄の中、人を殺す道を選んだのだろう。居場所を見つけたなどと、戯言にも程がある。あの場で忍田のことを怒鳴らなかった精神力すら哀しかった。この程度のこと、耐えれなければ生き延びることは出来なかったのだろう。たった、たった八歳でそんな境遇に放り込まれ、今ではもう生きることを望んでいない凛の笑顔はあまりにも痛々しかった。

「だったらもう死んでるって思われたほうがいいんです。両親だって、生きてた娘は人殺しでした~なんて知るくらいなら死んでしまったと折り合いをつけるほうが断然幸せですよ」
「なにを戯けたことを」

それまで黙っていた鬼怒田が怒りを含んだ声を上げる。鬼怒田は腕を組んで、いつもの調子で、しかしまるで子供を叱るように凛を見据えた。

「おい娘。お前の境遇にわしは何も言えん。だがな、これだけは言える。親はな、子供が生きていてくれるだけで嬉しいんだ。間違っても死んでたほうが良かったなんて言うんじゃない。絶対に喜ぶに決まっておる」

鬼怒田の言葉に凛は少しだけ驚いた表情を見せた後、ははっと乾いた笑いを漏らして黙ってしまった。今まで何を言われようとのらりくらりとしていた凛は、確かに気落ちしたように見える。そもそも。帰還を果たしてからずっと尋問じみたことをされていれば疲労も募るだろう。

「城戸司令。彼女は帰還したばかりで疲弊しています。まずは基地内の個室で休ませては?」

忍田の意見に反論する者はいない。それは最高責任者の城戸も同じであり、ゆっくりと決定を述べた。

「…そうだな。取引については検討しよう。今は、休息を。暫くの衣食住は心配しなくて良い。心身ともに休みたまえ」

城戸の言葉に凛は分かりやすいくらいほっとした態度を取り、ありがとうございますと言って口角を上げた。
その仕草はとても十七歳の少女が出来るものではなく、まるで男を誘っているような妖艶ささえ感じさせ、哀しくも美しかった。





「怒られちゃった」
「怒られてたか?」
「なんか、まるい人に」
「ああ~鬼怒田さんか。あれは怒ってたかも」

重苦しい尋問から解放された凛は太刀川と「ボーダー基地内」とやらを歩いていた。どうやら暫くはここで面倒を見てくれるらしい。条件を飲んでくれなければ最悪逃げるか死ぬかと考えていたため、状況は悪くない。
個室へは太刀川が案内をしてくれるらしい。ゆっくり休めと言われたものの、この九年間そんなことを言われた記憶はない。そういえば自分の生まれ育った国は随分緩い場所であったことを思い出し、落ち着かなかった。

「鬼怒田さん、娘がいるんだよ。だから怒ったんじゃね?」
「でもその娘は人を殺してないじゃん」
「そりゃそうだ」

太刀川の返事は至って普通だ。というより普通すぎる。同情するとか、気まずそうにするとか。そういうものが一切無い。凛は自分がこの九年間、どう生きていたかを隠さず暴露した。理由は面倒臭かったから。ただそれだけである。好き好んで暴露したいような内容ではなかったが、変に疑われるくらいなら隠さないほうが早い。自分の過去を暴露した時の大人達の表情は少し面白かった。そんな顔をするなら聞かなければ良いのにと正直呆れもしたものだ。

「到着~」
「えー良い部屋じゃん」
「狭くね?」
「慶ちゃんが贅沢なんだよ」

案内された部屋はワンルームであり、ベッドと机に椅子。小型の冷蔵庫に小型のテレビが配置されており、ユニットバスも設備されているようだった。太刀川が言った通り狭いといえば狭い部屋ではあった。が、凛にとっては十分である。二、三番目の飼い主の下ではまあまあ良い部屋を充てがわれたが最初の飼い主は酷かった。家畜小屋に十人以上が詰め込まれていたのだ。あの日々を思い出せばこの部屋は天国のようなものだった。
じゃあ、と言って部屋から出て行こうとする太刀川に凛は気になっていたことを投げかける。ちょっとだけ。外では言いにくかったのである。

「ねえねえ慶ちゃん。引いた?」
「なにが?」
「私、金で買われて乱暴されて~まあ色々あって人もいっぱい殺してたんだよ。幼馴染みは変わっちゃったな~とか、思った?」

凛が過去を暴露した場に確かに太刀川もいた。色々な表情を見せる大人達の中、表情を変えなかったのは太刀川と若い男の子、そして煙草を咥えた食えない男の三人だけだった。
太刀川は幼馴染みとの再会に喜んでくれていたけれど、その幼馴染みの変わりように内心は驚いていたのかもしれない。元々表情にはあまり出さない男なのは知っている。だからこそ、凛は直接聞いたのだ。失望した?と。

「いや、お前自分で言うより変わってないぞ?」

だというのに、太刀川は凛が予想もしていない返答をする。

「…えー、今日の話聞いてまだそんなこと言えるの?」
「まあ確かに大変だったみたいだけど、俺は凛が帰ってきて嬉しいからな。それ以外は正直どうでもいい」

信じられないほど単純な回答に流石の凛も目を丸くするしかなかった。
この男。馬鹿だ。
嘘でも同情でも嘲りでもなく、太刀川は凛が帰ってきて嬉しい。ただそれだけしか考えていないのだ。凛が近界でどのような仕打ちを受けたか。どれだけ手を汚してきたか。そんなもの、この男の興味の範疇外なのだと思い知らされる。あまりにも──

「…ふっ、はっ、あははっ!」
「お?楽しそうだな」
「あっはは!もうやだ、慶ちゃん…ほんと、ばか」
「なんだと?…あー、まあ成績は悪いかも」

凛は近界で過ごした九年間が嫌いだった。人生最大の汚点だと自覚している。
そんなもの、目の前の男にとってはどうでもいいということがほんの少しだけ、嬉しかった。







×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -