再会


惑星レヴォン。
観光地としても有名な惑星の一つであるこの国には観光客も絶えず活気に満ちた国と言われることも多い。
賑やかな街並みに盛えた市場が特徴的なこの国は昼と夜でその顔を変える。レヴォンを知る者は言う。夜は極力出歩くなと。
表の顔が派手であればあるほど裏の顔もまた派手であることはよくある話だ。金回りの良いこの国では窃盗、強盗、強姦、誘拐が数えきれないほど起きていた。昼は警備隊が目を光らせているものの夜は一部を除いて警備隊は機能していない。所詮金の前では誰であろうと首を垂れるものである。
そんな黒い噂があってもこの国が盛え、観光客が絶えない理由の一つはホテルのセキュリティシステムが万全なためである。夜は極力出歩くなという言葉通り、金を払い然るべきホテルで夜を明かすものが被害に遭ったということはないと言われている。
よって、この国に訪れるのは金を持て余した富豪が多く結果として金回りも良くなる。そしてホテルに泊まれない者はそもそもこの国には訪れないか、訪れればカモにされることが多かった。

そんなレヴォンの夜道を一人の女が歩く。
コツコツというヒール音に本来なら襲ってくださいと言わんばかりの獲物だが、しかし彼女には誰も手を出さない。彼女はこの国では有名であるから。
女はある人物を前に歩みを止めると、その人物は下卑た笑いを浮かべた。

「へへッ、相変わらず良い脚だな。そろそろヤらしてくれよ」
「私は高いって言ったでしょ。代金はあんたの命だけど、それでもヤりたい?」
「チッ、相変わらず食えねえ女だな」

女に軽く遇らわれた男は不機嫌な様子を隠しもしない。女もそんなことは気にも留めていないのだが。

「で。今回の客の情報は?もう仕入れてんでしょ」
「そりゃあ俺はこれが商売だからな。ちと高いぜ。なんせ今回の客は集団だからな」
「集団?ホテルは取ってないって聞いたけど」
「まずは金だ。タダで情報は死んでも売らん」
「ボスからの伝言。今度サバ読んだら殺していいってさ」

女の言葉に男の目が見開かれる。思い当たることがあったのだろう。女の手が腰に差した刀に
添えられるとみるみるその顔を青くしていく。男は女のその行動が脅しではないと知っているからだ。
何度目になるか分からない舌打ちと共に男が一枚の紙を差し出した。

「……これ以上はまけられねぇ」
「いやいや。この前の分と差し引いたら……こんなもんでしょ」
「……!テメェ、いつかブチ犯してるからな…」
「死にたいのならいつでもどうぞ」

納得はしてないものの男は女の提示した金額で情報を売った。情報は武器であり金になる。そして騙し騙されなんてものは日常茶飯事であり騙されるほうが悪いのだ。しかし、騙したほうに咎めがないということもない。
死人に口なし。この国でも殺人行為は罪となり罰せられるが証拠がなければ裁かれることはない。否、この国では証拠は「出ない」のが普通である。
女は男から買い取ったメモに目を滑らせる。男が言ったように今回の「客」はかなりの集団だ。数人でも殺ることが出来れば暫くはボスの機嫌も良いままだろう。生きたまま攫うほうが金にはなるがそれは女の仕事ではなかった。

(一人だときついかな。でも、他の奴らと組むのも…)

集団の客であることは嬉しいが、正直個人客のほうが確実に一人で対処出来るため女は気楽だった。
しかし女は誰も信用していなかった。ボスと呼ぶ男のことも含め。背中を預けるなんてとんでもない。そんなことをすればその「お仲間」から刺されることだって十分に有り得るのだから。
一人で殺れるのは一人、二人が限界だろう。それでも手ぶらよりは幾分喜ばれるはずだ。そう考え、女は他の情報にも目を向けた。

(…刀の所持?銃火器も確認済み。返り討ちにあったチームが三。へぇ、もしかしたら軍人ってこともあるのか)

考えてみればレヴォンに訪れるのにホテルを取らないなんて無知か馬鹿か。もしくはかなりの実力者であるかの三択であった。前者はいいが後者は厄介だ。本格的な戦闘に入る前に数人殺してトリオン器官を奪い離脱するのが一番安全だろう。「あれ」をボスから借りれば数人は容易に殺せるとは思うが、場合によっては今回の売上の半分以上は持っていかれるだろう。せめて高値がつく客がいればいいのだが。
そんな考えを巡らせ、女は自嘲気味に笑った。慣れた思考だが、まさか自分がこちら側に回るなんて思ってもいなかったのだ。

「最低だね」

それは誰に向けての言葉だったのか。
女の言葉は夜の闇に溶けて消えるのだった。





今回の遠征に赴いたのは太刀川隊、風間隊、冬島隊という比較的常連組であった。軌道的にも迅の予知でも短期遠征になることが見込まれていたため少数精鋭でサクッと。というオーダーが出ていたのだが現状はそう甘くなかった。
この国の名はレヴォン。今まで訪れた近界の中でもかなり盛えた雰囲気で活気もあるこの国はその実かなり黒い噂もあるということが調査で見えてきた。

「ホテル?」
「そうだよ。悪いことは言わないから滞在するならホテルに泊まったほうがいい」
「それって一人いくらくらいっすか?」
「今の時期だと……」

店主の提示した値段に出水はげぇ!と声を上げ太刀川ははっはっはっと笑う。考えるまでもなく無理だ。仮に太刀川と出水だけなら一泊ならなんとかなったかもしれないが、遠征メンバー全員がホテルに泊まるのなんて夢のまた夢。太刀川は店主に教えてくれてありがとな、と言って果物を一つ買い出水と分け合うとそれは水々しくてとても美味いものであった。この大きさにしては高額だった気もしなくはないが。

「いや、ぼったくりっすよ」
「美味いぞ?」
「確かに美味いですけど、この国。物価おかしいですよ絶対。とっととトリガー探して帰還しないとヤバそうな気がします」

出水の言い分に太刀川はふむ、と顎髭に手を添える。確かにキナ臭い国だとは思うが店の奴らは皆親切だった。そして口々に言うのはホテルに泊まれ、と夜は出歩くな、ということ。今の賑やかさが嘘のようにこの国は夜、ひどく物騒になるというのだ。この意見を無視することはまあ、ないだろう。

「一旦戻って報告するか」
「ですね。これ多分徹夜組とかになりますよね」
「だろうな。別に何が来ようと俺が斬るけど」
「頼みますよ太刀川さん」
「りょーかいりょーかい」

太刀川達が遠征艇に戻り報告をしたところ、風間隊もまた殆ど同じ情報を仕入れてきていた。菊地原のサイドエフェクトによれば店主達は嘘を言っておらず、夜は物騒になることは間違いと思われた。

「もう一チームくらい連れてきてほうが良かったかもしれないですね」
「いや、今回は注ぎ込まれたトリオンも少ない。それにこのメンバーで十分だと託されたからには応えるしかないだろう」

菊地原の言葉に風間が答える。確かに風間の言う通りだと太刀川も肯定した。自分達だけでは力不足だったと思われるのは太刀川を始め、遠征メンバーに選ばれた隊員としてはプライドが許さず、どれだけ物騒かは知らないが凌ぐしか選択肢はない。

「交代で見張りをするのが無難でしょうか」
「そうだな。太刀川と俺の隊は一日ずつ交代で昼夜の見張りに当たる。冬島隊は主に夜の見張りに参加してもらう」
「全隊で見張りに当たるんですか?トリガー探しに行けねーけど」
「店主達の話が本当なら問題ないだろう。返り討ちにしてトリガーを奪う」
「なるほど。じゃあ遠征艇の周りはトラップ多めにしとくな」

歌川の言葉に風間は頷き、風間の指示に冬島隊の二人が反応し了承する。遠征艇が破壊されることが一番危険であるため、少人数で遠征に当たった今回は遠征艇周りから離れるのは得策ではないと踏んだのだろう。
そして風間の言うことには説得力がある。窃盗であろうが強盗であろうが、近界では襲ってくる相手は大体換装していることが多かったためトリガーを奪えばいいだけなのだから自分達はただ待てばいいだけとのこと。迅も今回の遠征では戦闘が多くなる。皆ずっと戦ってるよ。と言っていたのでこの未来が視えていたのかもしれない。
探索が出来ないのは残念だが強い相手と戦えるのなら文句はない。太刀川含め、全ての遠征メンバーが風間の案を肯定することになり、そしてそれは大成功といってもいい形になるのだった。

「いや~昨日で何本目だ?五、六……七本か。風間さんが言った通りだったな」
「つーか物騒すぎでしょこの国…」

この国に着いた初日は襲撃がなかった。しかし見張りを担当した風間隊曰く明らかに気配や視線を感じ、菊地原のサイドエフェクトにより自分達を「客」と称しているのが割れた。小さいのはいくらだの、髪の長いのはいくらだの。自分達を気持ち悪く値踏みする声は菊地原を不快にさせ、そして明日からは間違いなく襲ってくるだろうということは火を見るより明らかだった。
二日目は二人組の男の近界民が襲撃してきた。見張りを担当していたのは太刀川隊及び冬島隊。手応えとしてはB級上位…いや、中位というところだろうか。正直拍子抜けする腕前ではあったが武器に電撃を仕込んでいたのだけは鬱陶しかった。対峙したのが太刀川であれば或いは不味かったかもしれないが、彼を落としたのは当真の狙撃であった。
三日目は初めに女の近界民が二人。色仕掛けを仕掛けてきたが風間隊に通用するはずもなく瞬殺。その少し後に男女の近界民が三人仕掛けてきたが、こいつらはA級下位程の腕前だったらしい。カメレオンと冬島のトラップにより難なく討伐は出来たものの、ここまで連戦続きだとは思っていなかった。

「昨日は五人来たんだろ?今日は七人くらい来ねーかな」
「いっぺんに来られたら面倒ですね。冬島さん達がいるとはいえ、前線は俺たち二人ですし」
「余裕だろ」
「ま。やられる気はねーっすけど」

四日目はなかなか近界民が現れず。
七人もやられたうえにその全てトリガーが奪われたとなれば流石に警戒はされるだろう。このまま諦めてくれれば楽だというのが遠征メンバーの総意である。太刀川以外は。

「暇だな~強い奴来いよな~」
「太刀川さんだけっすよ。この状況そんなに楽しんでんの…」
「はっはっは。そうか?」
「太刀川さんらしいですけどね」

そんな軽口を叩いていると一瞬空気が止まったような錯覚に陥る。それに反応出来たのは反射のようなものだった。
出水を狙った一撃は太刀川によって防がれる。「それ」が目の前に現れるまで誰もが気付かなかった。
チッ、と舌打ちが聞こえそれは暗闇に紛れるように太刀川から距離を取るが逃すはずもなし。

「出水、援護しろよ」
「……了解!」
「当真、見えたか?」
『この位置からだと射線が通りにくいんで移動します。太刀川さんが攻撃を防ぐまでは姿すら見えませんでした』
「だよなぁ。俺もだ」

当真の声は僅かに苛立っている。それもそうだろう。当真ほどの狙撃手が奇襲を見抜けなかったのだ。しかしそれは太刀川も出水も同じであり、決して警戒を解いていたわけでもないのに目の前のこいつは間違いなく出水を獲りに来た。出水の首が飛ばされかけた瞬間、やっとその姿を捉え太刀川はそれに無意識に反応出来ただけだった。

「国近。レーダーには映ってたか?」
『今は映ってるけど、出水くんが落とされかけるまでは何も。突然レーダーに現れたよ』
「何をしたかは知らねーがまた使われたら厄介だ。確実に落とすぞ」
『『「了解」』』

敵は闇に紛れるような大きめのフードを被っていて逃走を試みているがレーダーにも映り、暗視が入っている太刀川から逃げ切ることは不可能であった。それを察したのかフードを脱ぎ捨てるように太刀川に投げ付け、太刀川はそれを一刀両断すると目の前には刀が迫っていた。

「っ、ははっ!」

あと少し反応が遅ければ太刀川の首と胴体は離れ離れになっていただろう。鍔迫り合いのように敵の刀を受け止めると、敵は太刀川の刀を弾く反動で太刀川から距離を取る。
良い距離だ、と太刀川は笑う。

「──施空孤月」

太刀川の得意とする孤月のオプションをお見舞いする。しかし敵はまるで軟体動物のように身を屈めて施空孤月を避け、太刀川へと再び距離を詰めようとする。

「変化弾!」

出水の放った変化弾は太刀川と敵の距離を再び遠ざける。そして避けたかと思った変化弾は出水の弾道設定により敵の動きを予測して足を削ろうとしたが、シールドによって防がれてしまう。ここまでの反応で敵が相当な手練であることは分かった。
敵の武器は今のところ自分達の国でいう孤月とシールド。他にも隠し玉はあるだろう。もしくは伏兵がいるかもしれない。

『国近、出水。伏兵がいないか注意しろ。こいつの相手は俺がする』
『『了解』』
『当真。獲れそうならいつでも撃て。ただし、まだどれだけ敵が来るかは分からないから俺ごと撃つのはなしだ。いいな』
『当真、了解』

それぞれに指示を出し、太刀川はゆっくりと目の前の敵に視線を向ける。先程までの激しさとは打って変わり敵も太刀川に視線を向けてきた。

「……女?」

思ったより小柄な敵だとは思ったがよく見れば間違いなく相手は女であった。トリオン体に換装している以上、男も女も関係はないのだが太刀川は何か違和感を覚える。
何故か、その敵に見覚えがある気がしたのだ。

(…誰かに似てる、か?)

太刀川のほんの一瞬の気の緩みを察してか、女は一気に距離を詰めて今までとは違った刀の振り方をした。彼女の得意とする技であり、初見で防げたものはこちらに来てからはいなかったのだ。──この男と対峙するまでは。

「「!?」」

動揺は果たしてどちらのものだったか。いや、どちらのものでもあったのだ。
その技を受け止めた男も、その技を受け止められた女も目を見開いてほんの一瞬隙が生まれた。
その隙を見逃さなかったのは太刀川の国のNo.1狙撃手であった。

『リベンジ完了ってことで』

当真が放った一撃は女の急所を貫き瞬く間に換装体が破壊される。どうやらベイルアウト機能はないらしく生身に戻った女はあーあ、とつまらなそうに呟いて両手を上げて尻餅をついた。

「お見事。強いね、きみたち」

いいよ、殺して。と女は笑う。
太刀川達は今まで襲ってきた近界民を一人も殺してはいない。トリガーを奪って次は殺すと忠告をして解放していたのだ。この女もそうすべきであり、すぐ解放するのがいつもの対応であった。

『太刀川さん?』

太刀川の様子に違和感を感じた当真が太刀川に呼びかける。出水と国近は太刀川の戦闘が終わったことには気付いていたが周りに注意を払っていたため、まだ太刀川の様子には気付いていなかった。
太刀川は女を捕えるわけでもなく、目線を合わせるようにしゃがみ込む。当真は何か間違いがあってはまずいと思い女に銃口を向けるが、スコープ越しで見る限り女にはもう戦意はないように見える。ついでに太刀川の表情も確認すると太刀川は何か考えているように眉を寄せていた。

「なあおまえ、なんでその技知ってんの?」
「…なんのこと?」
「それ、俺のはじめの師匠オリジナルなんだよ。普通の試合では使えないから教えてもらったのは俺だけ……いや、」

太刀川が遠い記憶を思い出していた時、目の前の女もまた封じ込めたはずの記憶を掘り起こされていた。まさか、そんな。有り得ないと。こんなことが起こって良いはずがないと女は血の気が引くのを感じて、ある言葉を口にした。

「け、慶ちゃん……?」

自分を呼ぶ声に太刀川は信じられんと言わんばかりに目を輝かせて、その女の両肩に手を置いた。

「凛…、斎藤凛!?だよな!?ははっ!なんだよ!生きてたじゃねーか!」

興奮気味に喜ぶ太刀川とは対極に、女──斎藤凛は青ざめた顔で太刀川のことを見つめるのだった。






×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -