告白


自分は一体いつから太刀川に惹かれていたのだろう。

唐沢と話をしてはっきりと自覚してしまった。多分、自分は太刀川が好きなのだろうと。恋なんてしたことがないから、この気持ちが恋なのか執着なのかは定かではないが。
思い返せばまだ祖父が生きていた頃、一番の楽しみは祖父と太刀川と共に稽古を行うことだった。太刀川は年々訪れる日数が少なくなっていったが、それでも毎週顔を出してくれるのが嬉しかった。その強さに憧れて、その自由奔放な性格が好きだった。
もしかしたら、あれが凛の初恋だったのかもしれない。初恋かどうか自覚する前に近界に誘拐され、恋心など育む前に暴行されたのだからそんなことを考えることすらなくなってしまったのだから答えはもう分からないけれど。

恋か執着かは分からない。それでも凛は太刀川が好きだった。好きだからこそ、彼を諦めなければと。この気持ちを捨て去らなければいけないと思った。
太刀川に自分は相応しくない。否、自分に相応しい相手などいないのは理解している。今は監視という名目で共に居てくれる太刀川をこのまま縛り付けていいはずがない。
それこそ、彼には美しい幼馴染みの月見もいる。誰?と尋ねたことはないけれど金髪の綺麗な女性と話をしていたのを見たこともある。こんな良い男を女が放っておくはずがないだろう。その事実にどこかほっとして、胸が痛んだ。

そんな良い男は今日も監視対象である女の部屋に訪れる。時間帯はバラバラだけど、昼間か夜に姿を現すこの男は凛がこの部屋で過ごすようになってからほぼ毎日のように顔を見せにきてくれた。それが仕事だと言われればそれまでなのだが、それでも凛は嬉しかった。嬉しいと思ってしまった。ただの監視対象なくせに、なんて烏滸がましい。
もう来なくていいよ。と喉まで出かかった言葉を何度も飲み込んだ。いや、仕事だし。と言われるのが寂しかったのか。それとも分かった。と承諾され彼がこの部屋に来なくなるのが嫌だったのか。どちらにせよ、自分の覚悟が足りないせいで太刀川をこの部屋に縛り付けているのは事実だった。

次の近界遠征がいつになるかは分からない。迅に問われたように、本当に近界に戻るか凛は悩んでいた。
でも。もし近界に戻るのなら、この夢のような時間だけは太刀川を独り占めするのを許してもらえないだろうかと思った。ちゃんとこの部屋から消えて、皆の元に太刀川を返すから。どうかこのひと時だけは彼を独り占めすることを許してほしい。それだけで十分だった。

「なんか難しいこと考えてんだろ」

どこか上の空でベッドにうつ伏せに寝っ転がったまま太刀川のことを見つめる凛に違和感を感じたのか、それまでタブレットを見ていた太刀川がそれを閉じてテーブルの上に置き、視線を凛に移して尋ねてくる。
相変わらず鋭い太刀川に何も言わずに目を細めると、太刀川はベッドの側まで移動してきてくしゃくしゃ、と凛の頭を撫でた。別に優しいわけでもないその手つきが愛おしい。自覚すると、側にいることがこんなにも嬉しく苦しいことだとは知らなかったなと笑みが溢れてしまう。

「慶ちゃんは、どんな人を好きになるんだろうね」
「強いやつだろ」
「恋愛的な意味で」
「あ、そっち?」

太刀川の返答に小さく吹き出してしまう。全く。この男はどこまでも戦うことが好きなのだと微笑しくなる。しかし凛が尋ねたのはそういう意味ではなく、今太刀川が理解したように恋愛的な意味で尋ねたのだ。
深い意味はない。ただ、凛は太刀川を好きだと自覚した。だから、太刀川はどんな人を好きになるのか興味が出た。それだけだ。
凛の言葉に太刀川は驚いた様子もなくそうだなぁ。と首を傾げる。

「わかりやすくて、負けず嫌いなやつ」
「あはっ、なにそれ。趣味悪くない?」
「しょーがねーだろ。おまえはどうなんだよ、凛」

もっとこう。可愛いやつとか、美人なやつとか。そういう感じの答えが返ってくるかと思っていたので太刀川の返答は意外なものだった。しかし、そう答えた時の太刀川の目は確かに優しいものになっていて、もしかしたら太刀川にも好きな人がいるのかもしれないと思った。そんなこと、恐ろしくて聞けないけど。
太刀川に質問返しをされ、凛は少し悩んだ。どんな人も何も、凛は目の前の男が好きなのだ。敢えて言葉にするのなら優しい人、だろうか。そんな、普通の少女のような返しをする気にはどうしてもなれず、凛は太刀川の質問の答えにはなっていない願望を口にする。

「私はね、私のことを全く知らない人がいい。なにも知らなくて、私のことがきれいに見える人がいいの」

自分のことを知らない相手なら、凛がこんなにも汚れていることを知らない。人を殺していたことだって知らないし、もしかしたら普通の女の子として見てくれるかもしれない。
自分が口にした願望に凛は乾いた笑いを漏らす。だって、そんなこと無理だと分かっているから。

「そんで?そいつに一生自分のこと話さねーの?」
「…!」

太刀川の言葉に凛は目を見開いた。
まるでこちらの心の内を読んだかのように、太刀川は凛が思ったことをそのまま口にしたのだから。

「そういうの出来ないだろ、おまえ」

太刀川の言う通りだった。
凛には出来ない。自分の汚いところや罪を隠して誰かと幸せになろうだなんて思えないのだ。そんなもの、とっくの昔に捨て去ったと思っていたのにどうやら凛の良心は顔を隠していただけで健在だったらしい。
自分のことを好いてくれる相手を偽り騙そうとは思えなかった。それくらいなら一人でいい。こんな自分に付き合わせるのは申し訳ないから。

でも。凛だって別に望んで汚れたわけでも人を殺してきたわけでもない。そう生きるか、または死ぬしかなかったのだ。
以前は嘆くことすら面倒臭くなり、考えることをやめた思いが蘇る。何故自分がこんな風に頭を悩ませなければいけないのか。少しの苛立ちを覚え、しかし目の前の太刀川に八つ当たりするのも違うと思い、凛は何とか平静を保ったまま言葉を捻り出す。

「話せるわけないじゃん。皆が皆、慶ちゃんみたいに全然気にしない人じゃないんだよ」

太刀川が凛の過去を聞いても変わらずに接してくれて凛は嬉しかった。軽蔑されても避けられても仕方がないと思っていたし、それが普通だと思っていたから。
しかしそれは太刀川が凛のことを何とも思っていないからだろう。ただの幼馴染みでしかない凛に対して特別な感情を抱いていないのは分かりきっている。それでも良かった。側にいてくれるだけで、嬉しかったから。

「ふーん。なら俺でよくね?」
「…は?」

そんな凛の考えと一致しない言葉を太刀川が投げかけてきたため、凛は上体を起こして太刀川と視線を合わせた。
どういう意味で、どういうつもりで言っているのか。太刀川の真意が全く分からず困惑していると、太刀川はそんな凛の様子を気にもせずに言葉を続ける。

「だって俺、別におまえの過去とか気にしないし」

知ってる。太刀川は凛の過去を気にしていない。でも、だからって。

「同情ならやめてよ。慶ちゃんが割り食う必要なんてないんだから」

ただの不運で近界に誘拐され、なかなかの仕打ちを受けてきた幼馴染み。そんな相手と再会し、根は優しい太刀川はきっと同情し側にいてくれたのだろう。律儀な男だと思うし、馬鹿な男だと思った。
凛が近界に誘拐されたのは太刀川のせいではなく、発見が遅くなったのも太刀川のせいではない。むしろ見つけてもらえるなんて思っていなかった。太刀川が強引に連れ帰ってくれたおかげで凛はここで過ごしている間、本当に久々に生きていて楽しいとすら感じることが出来たのだ。
それだけで十分だった。

「は?同情?してないけど」

凛のそんな考えを太刀川はことごとく否定、というか覆してくる。太刀川の考えていることが凛にはよく分からない。
同情でないのなら、何故太刀川は俺でよくね、なんてことが言えるのか。何故凛にキスをしたのか。そんなことはあり得ないと、思い上がるなとずっと自分に言い聞かせていた。だって、まるで。

「慶ちゃん、私のこと好きなの?」
「そりゃ好きだろ。好きじゃない奴のとこに毎日通うほどお人好しじゃねーぞ、俺」

太刀川の即答ぶりに凛は頭を殴られたような衝撃を受ける。太刀川が自分のことを好き。それはあまりにも嬉しいことであり、そして信じられないことであるから。
顔に熱が溜まるのを感じつつ、凛は首を左右に振って太刀川の今の言葉に対する疑問を投げかける。

「ま、毎日通ってたのは監視でしょ?」
「なんだそれ?おまえ、監視されてんの。誰に」
「え。け、慶ちゃん、に…?」
「んなのした覚えねーけど」
「はぇ…?」

曰く。元々は凛に監視をつけるという話は出ていたものの、忍田と鬼怒田が反対したことと、トリガーを持たせなければ滅多なことは出来ないと踏んで凛に監視はつけないことになったらしい。
食事はどうするかという話にになり、職員に持って行かせると話がまとまりかけていたところ、その役割を太刀川が立候補したとのこと。言われてみれば、初めの頃に監視かと尋ねた時、太刀川は笑っただけで確かに肯定はしていなかった。

太刀川の言葉に凛はどんどん顔が熱くなっていくのを感じる。まさか太刀川も自分のことを好きだなんて思いもしていなかった。好意を寄せられることは得意ではなかったけれど、好きな相手が自分に好意を寄せている感覚なんて、生まれて初めて知ったのだ。心臓がうるさい。
そんな凛の様子に太刀川は目を細めて、頬に手を添える。その瞬間、思い出したのは何人もの男の顔。凛は太刀川の手から逃げるように身を捩ると感情の読めない太刀川と目が合った。

何を思い上がっていたのか。太刀川が自分のことを好いてくれていようと、それに応える資格は自分にはない。分かりきっていたはずなのに、太刀川の気持ちが嬉しくて、彼まで汚してしまうところだった。

「…だめだよ。私…、私も慶ちゃんのこと嫌いじゃないよ。慶ちゃんには、幸せになってほしいと思ってる。だから、こんな、汚い私なんかやめなよ」
「別に凛のこと汚いと思ったことはないけどよ。仮に汚いとしても俺はきれーなやつが良いんじゃなくておまえがいいの」
「……処女じゃないよ、私」
「俺、処女じゃないと無理って性癖持ってないけど」

太刀川は諦める気は毛頭ないようだ。知っている。太刀川はこうと決めたら折れない男だ。その意志の強さも好きなのだからよく知っている。そして、それが自分に向けられているのも堪らなく嬉しい。
凛だって何も迷わずにその手を取りたい。凛も太刀川のことが好きなのだから。でも、凛は自分の手が血に塗れていることを悲しいくらい自覚している。

「私、人も殺してるよ。犯罪者だよ」
「ああそれ。俺も近界で何人か殺してるぜ。一応機密事項だから秘密な」
「えっ」

なはは、と。太刀川いつもと変わらない緩い言動でとんでもないことを暴露した。
近界では綺麗事を抜かして生きていける人はよほど運が良いか恵まれているかのどちらかだ。やられる前にやる。強いほうが正義。確かにそういう国が多いことは間違いない。そして太刀川達ボーダーはわざわざそんな国々へ遠征に出向いているのだ。それは、その覚悟を持ったものだけが選ばれるということ。
太刀川は、そして遠征メンバーはもう腹を括っているらしい。人殺しは悪いことだとは分かっているが、殺しにきたのなら殺される覚悟はあるのだろうと。正当防衛だと割り切っているらしい。無論、自分達から殺しに行くことは禁止されているそうだ。

「近界遠征ではぶっちゃけよくあることだからな。この国で生きにくいなら、そのうち一緒に近界に逃げるか」
「…近界でも、バレたら捕まっちゃうよ」
「そしたら他の国に行くか。凛と一緒ならどこでも楽しいだろ」
「……も~相変わらず…敵わないなぁ…」

太刀川の器の大きさに凛は呆れたように溜息を吐いて頬を緩める。
凛は初体験は最悪だったし人も殺めてしまったしと自分の行いを悔いていた。昔の自分を美化し、あの頃と変わってしまった自分が大嫌いであった。
しかし蓋を開けてみれば太刀川も初体験はいいものではなかったし、遠征先では人も殺めているという。境遇は流石に違うものの、似たようなことをしてここまできてしまった幼馴染みに笑みを溢すしかなかった。それでも、太刀川は変わらず太刀川のままで。それは彼の心の強さがそうさせているのだろう。結局、自分は太刀川より実力も心も弱かったということだ。

凛がそんなことを考えていると、太刀川がベッドに腰をかけて凛との距離を一気に詰めてくる。
あっ、と思い咄嗟に太刀川の胸に手を置いて阻止すると太刀川は分かりやすく口をへの字にする。その表情に心臓が跳ね、凛は思わず心にしまい込んだ言葉を出してしまう。

「つ、月見さんは、可愛かったよ。美人だったし」
「ああ。おまえあんなにわかりやすく妬くんだな。あれは新発見だった」
「…ばかにしてる?」
「いや、可愛かった」

息を吸うように口説き文句のようなことを言って太刀川は凛の腰に手を回してくる。凛にはかなりの経験があるのだから太刀川が何をしようとしているのかなんて手に取るように分かってしまう。そのまま、それ以上のことを求められることがほぼであったが、太刀川はどういうつもりなのだろう。
振り払うことも出来ずにどんどん迫る太刀川に凛が困っていると、太刀川は優しく目を細める。

「ほら諦めろって。いいだろ、両思いなんだから」
「…ほんとに。ほんとに後悔しない?」
「むしろ言わなきゃ後悔するって思い知ったからな」
「? それって……ンっ、」

凛が言い切る前に太刀川の唇が凛の唇に重ねられた。太刀川とキスをするのはこれが二度目で、今日はきなこの味がしない。
キスなんて数え切れないほどしてきたというのに、太刀川とは唇を合わせるだけで背中に快感が走った。ふっ、と息継ぎのように口を軽く開けば太刀川は遠慮することなく隙間から舌を差し込み、歯列をなぞるようにして深く口付けてくる。
いつもは苦しくて、気持ち悪くて、嫌悪感しかなかったキスが気持ちよくて堪らない。くちゅくちゅとお互いの唾液を交換するように舌を絡めると、まるでセックスをしている時と同じような快感が体に走り、凛は堪らず口を離してしまう。

「んァ、……っ、け、けいちゃ…」
「…まだ全然足りねーんだけど」
「む、むり。……こんな、こんな感じ、はじめてで、こわい」
「………………」

言って自分で引いてしまう。何を今更処女みたいなことを言っているのか。
それこそ嗚咽が出るほど深く舌を差し込まれたことだってあるというのに。だけど、キスだけでイってしまうかと思ったのは初めてで、凛は困惑したのだ。本当に、こんな感じは知らないのだから。

「それさぁ、…わざと?」
「ど、どれが…?」
「あぁ~一番タチの悪いやつ」

楽しそうに言って、太刀川はもう一度触れるだけのキスを凛にする。
生きてきてこんなに嬉しいことも幸せなこともなかった。色々なことを考えて、色々なことに耐えて、色々なことを捨てて諦めてきた。
だから、今まで我慢した分、少しくらい欲を出すことをどうか、許してほしい。

「……慶ちゃんすき。だいすき」

そう言って太刀川に思い切り抱き付けば、太刀川は優しく凛の背中に手を回してくれる。涙が出るほど嬉しくて愛おしい。
あの時、レヴォンで太刀川が凛を見つけてくれなければどうなっていただろう。凛に愛想を尽かしてあのままレヴォンに置いて行かれていたら、こんな幸福知ることなく死んでいただろう。
太刀川は間違いなく凛にとって幼馴染みで、救世主で、好きな相手だった。

「あ、でも一個だけ約束してほしい」

抱きついたまま、視線だけ合うように距離を取ると太刀川はいつに無く真面目な表情でそんなことを告げてくる。

「なに?」
「男誑かすのだけは禁止な」

太刀川の思いもよらない言葉に凛は目を丸くした後、楽しそうに吹き出した。

「嫌だった?」
「嫌だろ。普通に妬く」
「えぇ~全然そんな風に見えなかった」

思えば凛は基本、太刀川と行動することが多かったので太刀川の目の前で多くの相手に色仕掛けをしていた自覚はある。
その度にこいつ甘えたがりなんで。とか、適当に流していいぜ。と凛の色仕掛けを適当にあしらっているように見えたのだが、もしかしたらあれは太刀川なりの牽制だったのかもしれない。そんな行動すら全てが愛おしい。

「そっかぁ…ごめんね。もう、慶ちゃんだけにしかしないよ」

そう返せば太刀川満足そうに笑って再び凛の唇に齧りつくのだった。







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