「嵐山せんぱ~い!」
可愛らしい声で呼ばれ、私の隣にいるアイドルが手を振り返すとキャー!とこれまた黄色い歓声が上がる。慣れた光景ではあるものの、彼の人気には驚かされるばかりで。そして人気が徐々に下がるどころか年々上がり続ける様ももはや感心するほどである。
「リン、考え事か?」
ひょい、と。
私の顔を笑顔で覗いてくるボーダーのアイドルこと嵐山准。凄まじく整った顔立ちでそんなことをされたら普通の女子なら一瞬で恋に落ちるでしょうね。
「相変わらずの人気だね、嵐山くん」
「そうか?」
「そうでしょ!」
私の言葉にははは、と嵐山くんは楽しそうに笑う。その笑顔に好きだなぁ、とか。むかつくなぁ、とか。色々な思いが混じって眉を顰めていると嵐山くんが私の頬を優しくふにっ、と摘む。
「そんな顔をしてると可愛い顔が台無しだぞ?」
「怖っ!そうやってジュンジュンはファンを増やしてるのね!?」
「リンも俺のファンなのか?」
「いえ、別に」
そんな私の返答にも気を悪くせず嵐山くんは楽しそうに私の隣を歩いてくれる。
嵐山くん。ずっと前から私の幼馴染みで、ずっと前から私の親友で。ずっと前から私の好きな人。
(むかつく…)
こちとら幼稚園の頃から嵐山くんのことが好きなのである。年期でいったら私が一番長いだろう、たぶん。
嵐山くんが好きで、側にいたくて。でもどんどん人気になっていく嵐山くんの側にいるのは難しくて。気付いたらボーダー隊員にまでなっていた私は自分で言うのもあれだけど結構やばいやつなのかもしれない。
ただこの幼馴染みという武器のおかげでチームメイトでも恋人でもない私は嵐山くんの隣を歩いていてもきっと許されているのだろう。一時期今の私以上に嵐山くんにべったりの女の子の隊員がいたのだけど、いつの間にか彼女はボーダーをやめてしまっていた。風の噂では嵐山過激派との間に何かしらのトラブルがあったとか。まあ噂の範疇を越えないので話半分には聞いているけれど嵐山過激派というものがあるのは事実である。ちなみに烏丸過激派も存在するが当人達は気付いていないらしい。モテ男め!
「今日、深夜の防衛任務なんだろう?」
「そーなの。隊長がさぁ、金欠!とか言って深夜のシフト入れちゃったんだよね」
「ははっ、リンのところらしいな」
深夜のシフトじゃなければもう少し長く嵐山くんと一緒に過ごせたかもしれないけれどこればかりは仕方ない。名残惜しさを感じつつも私は嵐山くんに手を振って、深夜のシフトのために仮眠をとることにするのだった。
『いや……ほんと……申し訳ない…万が一、換装が出来たとしても……か、換装を解いた瞬間……俺は…人として終わる…』
電話越しに弱々しく謝罪をしてくるのは私の隊の隊長である。
深夜シフトの場所に現着した隊員は私だけ。もう一人の隊員は熱が下がらず急遽の休みとなっていた。人間だからそういうこともあるか、と隊長を待っていても現れず。オペレーターと話し合いの末、電話をかけると隊長は今にも死にそうな声で謝り倒してくる。
「…いやまあ。いいですけど…隊長、今日の分のお給料入りませんね…」
『お、おま……それを言うな……うっ!だ、ダメだ……トイレ…!!』
切羽詰まった声で隊長は電話を切ってしまう。
どうやら食あたりらしい。まあ、仕方ないとは思うけれどメッセージでトイレのスタンプを送り続けてくるのはうるさいのでやめてくれないかな?
はぁ~と大きめの溜息をついて持ち場につく。深夜シフトはただでさえ人数が少ないというのにオペレーターと私だけで大丈夫だろうか。
「まあ、やるしかないか…」
泣き言を言っても仕方がない。
あまり多くの門が開かないことを祈りながら私は持ち場でオペレーターと喋りながら時間を潰すことにした。
「状況は?」
『数は双方1。あ、トリオン兵反応消滅』
「はっや。太刀川さんでも来てくれたのかな」
近くで門が開いたため救援に向かっているとその途中でトリオン兵の反応が消失した。本部に今日の私の隊の状況を伝えたところ、救援を送ると言ってもらえていたため誰かが既に駆けつけてくれていたのだろう。この手際の良さからA級隊員であることは間違いない。太刀川さんとか結構いつでもシフトを変わってくれる印象があるので私は勝手に太刀川さんだろうな、と思ってその隊員の元へと駆けつける。
「あれ」
「リン、そっちは無事か?」
「嵐山くん。救援に来てくれたの?」
「ああ。リンが困ってると聞いたからな」
その場にいたのはお昼に私と別れた嵐山くんだった。すごく、珍しい。嵐山隊は表の仕事が多い。というか多すぎるくらいには多忙で深夜シフトに入ることはほとんどない。
「嵐山隊で来てるの?」
「いや、俺だけでオペレーターは沢村さんに頼んでいる」
「うへー、ごめんね。明日も朝早いんでしょ?」
「構わないぞ。リンの力になれるのなら俺も嬉しい」
深夜だというのに眩しいほどの笑顔でそんなことを言われてしまうと何も言えなくなってしまう。結局嵐山くんの厚意に甘えさせてもらって交代時間まで一緒に深夜防衛に励むこととなったのだけれどこれ以降門が開くこともなく、だんだん辺りも明るくなってくる。
久しぶりに嵐山くんと二人で過ごせて…まあ、オペレーターには筒抜けだったかもしれないけれど私たちは色々な話をした。
「嵐山くん、本当に変わったよね」
「そうか?」
「うん。大人になったっていうか、しっかりしてるっていうか。お互いあんなに小さかったのにね」
あはは、と笑うと嵐山くんは突然真剣な表情を作る。あれ、今の話題って真顔になるところだった?
「嵐山くん?」
「本当は、充もまだ本部にいたんだ」
思ってもいなかった言葉にえっ、と何の返答にもならない声が漏れる。
それは、本来ならこの防衛任務に時枝くんも駆けつけられたということだろうか。結果としてあれ以降門は開かず戦闘にもならなかったのだから時枝くんには迷惑をかけずに済んだのだけど、嵐山くんはどうして。
「でも。俺だけで行きたいって我儘を言ったんだ。リンと、二人きりになりたくて」
気のせいかもしれない。朝日が昇ってきたせいか、嵐山くんの顔が少し赤く見える。いやいやまさか、というか私もしかして寝てる?
「リンは俺を大人になったとか変わったって言うけど…リンだって変わったよ」
「え。そ、そうかな…?」
嵐山くんの言葉にやっとの思いで返答すると嵐山くんは優しく微笑んでくれる。
夢だ。これは夢だ。こんな、なんか、こんないい雰囲気になるなんてありえないでしょ。だって相手はボーダーのアイドルで、皆の人気者で、大好きな人で。
「ああ。元々可愛かったけれど大人っぽくなったし、綺麗になったし……」
「な、なに、なっ、褒めても奢らないよ!?」
「リン……」
「ひっ」
真っ直ぐと私の目を見つめてくる嵐山くんの顔面はあまりにも美しすぎてもはや凶器で呼吸すらままならない。夢ならこんな残酷な夢はないと思い嵐山くんに見えないように手をつねってみると痛くない。
あ、これやっぱり夢なんだとホッとしたようながっかりしたような気持ちで。だけどさっきよりも落ち着いた気持ちで嵐山くんからの言葉を待つことにした。
「また、俺のことを名前で呼んでくれないか?」
「いや告白じゃないんかーい!」
嵐山くんの言葉に鋭いツッコミを入れてしまう。ふふん、夢だと分かったのならこっちのもんである。こんなに良い夢を次見られるのはいつか分からない。ならせめて。夢の中だけでも素直に思いをぶつけてしまいましょう。
「こ、告白…!」
「ええ、ご要望通り昔みたいに名前で呼びましょう准!大体私は准のことずーっと好きだったんだからこんな雰囲気になったら勘違いするでしょ!」
嵐山くんの人気が爆発してからは呼び名を変えていたけれど、昔は私は嵐山くんのことを准と確かに呼んでいた。夢の中ならいくらでも呼びましょう!夢でも照れるけど!
「え、好き?」
好きですとも。
現実世界では言えない思いをこの際ぶつけて、起きた際には「寝てごめんなさい」と嵐山くんに謝ろう。ていうか、どこからが夢だったんだろう?
「好き。大好き。もうね、女の子にキャーキャー言われてると嫉妬しちゃうし、側にいられると嬉しいし。罪な男だよ准は!」
そんなところも好きなんだけど、というと嵐山くん…准はすごく嬉しそうに私のことを抱きしめてくる。夢の中で死ねませんか?これ。
「俺から言おうと思ってたのに、先に言われちゃったな」
「そりゃまあ、夢だし」
「夢?」
「うん。そろそろ起きちゃうかもしれないからもう一回言うけど、好き──」
そう言う私の唇に准の唇が重なる。
え、リアル。めっちゃリアル。
こんなリアルな夢見てるの私?普通にキモくない?だけど准のキス顔は格好良いし、気持ちいいし、……まあいっか!
「俺も好きだよ、リン」
「…たしかなまんぞく!」
「ははっ、可愛いな。…なあ、換装を解いてもう一回…いいか?」
准の言葉に自分たちが今までトリオン体だったことを思い出す。そりゃそうか。今まで防衛任務についていたのだからトリオン体を……解除…してるはずもなく…?
「は!?」
「ん?」
ばっ、と。
つねった手を見るとそこには傷一つないトリオン体の私の手が。
ま、まって。まってまって。
「…トリガー、解除」
私がトリガーを解除すると目の前で准も嬉しそうにトリガーを解除する。ちがう、そうじゃない。
思い切り手をつねってみるとめちゃくちゃ痛い。本当に痛い。そうだよね。トリオン体って痛覚をほぼoffにしてるから痛くないよね。でも生身は痛いよね。夢でもなければ。
「リン?」
「あ、あのー…嵐山、くん?」
「むっ。なんで准って呼んでくれないんだ?」
「これって、現実世界デスカ?」
私の言葉に何かを察したように嵐山くんは楽しそうに笑う。
え、むり。うそでしょ。
「好きだ、リン」
「ち、ちが、そんなこと聞いてない!」
「…愛してる?」
「言い方の問題じゃなーい!」
混乱極まってきっと顔を真っ赤にしている私の唇に嵐山くんはちゅ、と軽く自分の唇を重ねる。
「目覚めはいかがかな?」
いつもの営業スマイルなんかじゃなくて、ちょっと意地悪そうに笑う嵐山くんに完全にやられてしまった私は怪我の功名というかなんというか。晴れて大好きだった幼馴染みと恋人関係になるのでした。
トリオン体!勘違い!ダメ絶対!
リクエスト
「嵐山」「幼馴染み」「ボーダー隊員」