世界で一番嫌いだったものを
好きだと言ってくれた人がいた


いつものように仮想空間を駆け回り、相手の体勢を崩して手足や急所を狙う。私の武器は軽さが強みのスコーピオンであり、その軽さと引き換えに耐久力は低めである。守りに入るよりも攻めに徹するほうが仕事が出来ると考えているためどちらかといえば突撃型の戦闘スタイルを確立していた。

「うわ!」
「はい、ごちそーさま」

相手の懐に飛び込んで下から確実に急所を貫き、そしてすぐに距離を置く。トリオン体は急所を貫かれても数秒は動くことが出来るため相打ちを狙う相手も少なくはないからである。ただ、今回の相手は相打ちを狙う素振りもなくそのままベイルアウトしてしまった。

「あらら」

それは良くないな、と。
たった今ベイルアウトさせた弟子に最後まで諦めずに相手を削ることを忘れないように言わなければと思い、私も自発的にベイルアウトをしてこの日の訓練を終了させるのだった。




「うう…リンさんに全然勝てません…」
「ふふん。まだまだ若い子には負けないよ~」
「若い子って。リンさん俺と二歳しか違わないじゃないですか」

彼は私の戦い方を見て、私に弟子入りをしてきてくれた二つ歳下の男の子だ。筋もいいし素直だし、何より「暇さえあればいつでもいいので稽古をつけてください!」とやる気も十分である。真面目な弟子で私も鼻が高いな、と機嫌を良くしていると彼があの、と声をかけてくる。

「ん、なに?」
「リンさんこのあと時間ありますか?良かったらご飯にでも、」

そういえば前から何回か彼はこのようにご飯に誘ってくれることがあった。運が悪いというか間が悪いというか、結局一回もご飯には行けてなかったのだけど今日はこのあと特に予定もない。彼ともっと交流を深めてもいいかもしれない、と返事をしようとすると後ろから突然のしかかられてしまった。重っ!

「わっ!ちょ…悠一でしょ?」
「お、わかる?実力派エリートはオーラが違うのかな」
「こんなことするの悠一ぐらいでしょ…って、重い!」

どいて、と言えば悠一は笑いながら両手を上げて私からどいてくれる。
彼、迅悠一とは小さい頃からの友人であり幼馴染みである。同い年だったこともあり、悠一とは学生時代も一緒にいることが多かった。私がボーダーに入ることになったのも悠一がきっかけだったため、もはや腐れ縁と言ったほうが正しいのかもしれないけど。

「ところで、連絡見た?今日シフト変わったみたいだよ」
「え!うっそ……あ、ほんとだ」

悠一にそう言われてメッセージを確認すると悠一が言ったように今日のシフトのメンバーが変更されていた。元々は防衛任務ではなかったはずの私の名前がしっかりと防衛メンバーに入っている。こういうことはまあ、よくある。体調不良だったりどうしても抜けられない用事が入ることはどの隊員にも起こり得ることだから。

「ごめん、防衛任務入っちゃった…ご飯はまたね?」
「あ、い、いえ。いいんです。その…リンさんと迅さんって、」
「悪いね。じゃ、お師匠さんは借りてくね~」

そう言って悠一はひらひらと手を振ってこの場を後にしようとするので、私も彼にごめんね。と手を振ってその後を追う。
あれ、そういえば。
彼が約束を取り付けようとする時はいつも悠一の後ろ姿を追っている気がする。

(気のせいかな…?)

彼のことを抜きにしても私は悠一と行動することが多いから、きっとたまたまだろう。そう自分の中で解決していると悠一は楽しそうに私の顔を覗き込んでくる。

「どうしたの?」
「リン、防衛任務終わったらご飯行こうよ」
「えー、終わるの21時過ぎでしょ?太っちゃうよ」
「いいよ太っても?」
「やだよ!?」

おれは気にしないのに、と悠一は無責任なことを上機嫌に言うのだった。







「迅、B級の隊員がお前のガードが堅すぎると零していたぞ」
「そう?別におれ、そんなに壁作ってるつもりないけど」
「お前じゃなくて、リンに対してお前のガードが堅いそうだ」

心当たりはあるんだろう?と嵐山に聞かれるが心当たりなんてありまくり。零していたのはリンの弟子くんだろう。昨日ので既に5回…あれ、もう少し多かったかな。まあそれくらいはリンとご飯に行くのを阻止してるのだから不満が出るのも当然だろう。

「んーまあね。見逃してよ嵐山」
「別に咎めるつもりなんてないぞ。ただ、珍しいと思ってな。リンと仲が良いのは知っているが…」
「リンはちょっと特別なんだ」

リン。おれの幼馴染の女の子。なんて、そんな言葉では終われないほどの存在。リンがいなかったらおれ、どうなってたのかな。





小さい頃、「これ」が見えるのがおれだけなんて思ってなくて気軽に他人に話してしまっていた。それを最初は面白がっていた奴らも次第に皆「きもちわるい」と言って馬鹿にしたり遠巻きにしたりされた。今思えばおれでもそうすると思うよ。それでも大人からも子供からも気味悪がられるのは幼心に傷付いたんだよ。

「きれいなおめめ」

1人で遊んでいたおれにそんな風に話をかけてきたおんなのこ。しゃがみ込んでおれと目線を合わせてそんなことを言う。

「きれいじゃないよ。こんなめ、きらいだ」
「そうなの?じゃあわたしがいっぱいすきになってあげるね」

世界で一番嫌いだったものを好きだと言ったその子の笑顔は今でも鮮明に覚えている。


おれには未来が見える。
未来は無限に広がっていてそして無限の分岐によって出来上がっている。いくら見えていても思い通りにいかないことが多くて、その度に不甲斐なさや悔しさに襲われて。やっぱりおれはこの目が、この能力が嫌いだった。

「なあ、リン」
「なにー?」
「今でもさ、おれの目、すき?」

未来予知が出来る。この能力は本物だとリンに伝えてからもリンは変わらずおれと一緒にいてくれた。

「すき!悠一の目はね、宝石みたいで綺麗だよ」

そうやってリンはおれの嫌いなものを好きだと言ってくれる。その笑顔のほうがおれにとっては宝石みたいで。世界に一つしかない宝石みたいで。


どうしても失くしたくないから。
ほかのものは全部我慢しても捧げてもいいから。
その宝石を手元に置くためにおれは大嫌いだった能力と手を取り合うことを決めた。





「…そうか。好きなんだな、リンのこと」
「そうだね。でもなかなか手強くてさ」
「そうなのか?」
「悠一!!」

嵐山と話していると話題の主であるリンが後ろから飛びつくように襲いかかってきた。

「わ、リン。熱烈だなぁ」
「そんなこと言ってる場合か!やっぱりふ、ふ、太っちゃったじゃん!」
「えー?でもおれの分の唐揚げも食べたのはリンだろ?」
「大変美味しゅうございました!」

結局昨日の防衛任務の後におれとリンは飯を食べに行って、リンはお腹が空いてたのかおれの分の唐揚げまで食べ切るという食欲を爆発させていた。リンの食べる姿を見るのが好きなおれとしては大満足だったけれどどうやらリンは体重が増えたらしくご立腹である。おれとしては別にリンが痩せようが太ろうが好きなのだからなんの問題もないのだけどリンとしては大問題だったようだ。

「嵐山~太った女の子は嫌いですか!?」
「いや、俺はよく食べる子のほうが好きだぞ!」
「さすがボーダーのアイドル~!」
「ちょっとー、なんで嵐山に聞くんですかー」
「だって悠一は気にしないとか言って私を太らせるじゃん~!」

お嫁にいけなくなったらどうするの!とリンはなんの心配もいらないことを言ってくる。まあ見えてるけどさ。仮に見えてなくてもその分岐が確定するまで頑張りますけどさ。

「だから、おれが貰ってやるって言ってるじゃん」

おれの言葉に嵐山はすぐに察したようで「…おお!」なんて言いながら何故か顔を赤くしている。だよね。普通察するよね。

「どうやって体重を貰ってくれるの!無理じゃん!」

…………ぽん、と。
嵐山の手が俺の肩を叩いた。

「…な?手強いだろ」
「俺は応援してるぞ、迅!」
「アリガトー嵐山」
「え、なに?」

今はまだ幼馴染で、友人で、親友で。そしてボーダー仲間でしかないリン。
でもおまえはおれが手に入れるよ。


おれのサイドエフェクトがそう言ってるからね




リクエスト
「迅」「同い年の幼馴染み」「ボーダー隊員」



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