いつも一緒だった


「ねえ、今日合コン行くの?」
「あ!視たな~!」

そう言って凛は迅の頭をくしゃくしゃっと撫でる。ちょっと、髪崩れるんだけど。と言うものの凛はそんなことお構いなしで笑っている。
迅が凛の未来を視ても凛が怒ることはなく、今のように視たな~と笑うのが常であった。本来なら未来を覗き見されれば気分のいいものではないだろう。実際、迅のサイドエフェクトのことを知ると離れていく者も多かったのだから。視たくて視ているわけではないのに、と気を悪くしたこともあったが今となっては離れていくやつは離れていけばいいと思っている。だって、離れていかない相手も確かにいるのだから。

「ま、合コンって言っても五対五でカラオケに行くだけなんだどね」

知ってる。視えてるから。そしてそこで凛はおれの知らない誰かに気に入られるんだよ。
だってその視えないやつはずっと凛の近くにいるんだ。合コンに行けばそれは確定した未来になる。もしかしたら、そいつと付き合ってしまうのかもしれない。そこまではまだ視えないけど。

「……合コン、行きたいの?」
「んー。社会勉強?」
「やめなよ、行くの」
「えっ。もしかして私、やばい事件に巻き込まれたりする…!?」

迅のサイドエフェクトを知っている凛は迅が何か良からぬ未来を視たのではないかと不安がる。確かにそう思われても仕方がない。そしてこのまま黙って意味深な表情をしておけば凛は合コンに行かないかもしれない…と思ったがそれはないだろう。合コンをするはずだった相手達の安否を気にして、むしろ早めに合コンへと向かう凛の姿は容易に想像できた。

「ちがう。そんなのは視えてないよ。ただ、」

そこまで言って迅は気付く。別段変な未来は視えていなかったはずなのに、迅は凛が合コンに行くことを阻止するために声をかけたのだと。どうしてだろう、と思ったものの流石に迅だってそこまで鈍くはない。しかし、タイミングが悪い。何故今、凛に声をかけてから自覚してしまったのだろう。
すぐに他の言い訳を思いつくはずもなく、迅は思ったままの気持ちを白状した。

「お、おれが、嫌だから…」

凛が合コンで迅の視えない誰かと楽しそうに笑っているのが迅は嫌だった。面白くなかった。勝手に凛の未来を覗き見して、勝手に嫉妬して。こんなこと言っても凛を困らせるだけだと分かっていたのに、どうしても嫌だった。

「なんで嫌なの?」
「えっ」
「理由を言ってくれたら、行くのやめようかな」

悪戯っぽく笑う凛に迅は観念して想いを告げ、そうして迅と凛は恋人同士になった。

告白の言葉は至極単純な言葉で、好きだよ。ただそれだけだった。凛はそれに対して私も。とこちらも飾らない返事であったがそれで十分であった。
迅はこの時高校一年で、凛は一つ上の高校二年であり、お互い初めて出来た恋人に最初は流石に少しぎくしゃくしたものの、気まずいのは嫌だと凛にはっきりと言われ、友人の延長のように付き合うことになったのだ。
元々仲のいい二人であったため恋人同士になっても関係性はあまり変わらなかった。隠れるように手を繋いだり、二人きりの時にキスをしたり。そんな可愛らしい恋人関係に二人は満足していた。迅は凛が好きだったし、凛も迅が好きだったから。



二人の関係が少し変わったのは迅が黒トリガー保持者になった時。それまでは本部によく顔を出していた迅はこれからは本部にはあまり来れなくなると凛に伝えたのだ。凛は本部を拠点としているため、今までは本部で迅と合流して、ランク戦をしたり見たり、そして帰り道にご飯を食べて。という過ごし方が多かった。もちろん休みの日に会うこともあるが、本部で会えなくなるのなら過ごす頻度は減るだろう。
そうと分かっていたのに迅は黒トリガーを、最上の遺したトリガーを手にする未来を選んだ。しかも、恋人である凛には何も相談せずに。

「じゃあ原付の免許取ろうかな~」

そしたら玉狛までそんなにかからないでしょ、と。迅の悩みを凛はあっさりと受け入れ解決案をさらりと出してくる。
確かに迅には凛がひどく落ち込む未来は視えていなかった。しかし、それが逆に不安だったのだ。迅は先に答えを得てしまうが、その過程全てを視ることは出来ない。この場所で凛と話し、凛は落ち込まず、しかし迅を置いて帰ってしまう未来が分岐の一つに視えていたのだ。だから迅は。

「…凛、おれと…別れないの?」
「はい!?わ、別れるの!?なんで!」

迅の言葉に凛は驚愕する。そんなこと微塵にも思っていなかったと言わんばかりに。

「だっておれ、勝手に黒トリガー持ちになってさ。これからはランク戦も出来ないし、本部もあんま来ないんだよ。嫌じゃないのかなって…」
「別に私はボーダー隊員の迅が好きなんじゃなくて、迅悠一個人が好きだからなぁ」

全然気にしないのですが。と凛は信じられないほど真っ直ぐな言葉を口にした。

迅は自分の価値はこのサイドエフェクトにあり、そしてボーダー隊員としてその力を発揮することにあると疑っていなかった。迅の能力を知る者は皆、迅を重宝する。もちろんそれだけではなく迅自身を尊重してくれることもあるが、天秤にかけた時。迅個人ではなくボーダー隊員として迅を扱う者が多かった。何も間違っていない。むしろ迅自身もそれを誇りに思っている。皆が守ったボーダーのために力を使えることは嬉しかったから。

だけど。凛は違う。
凛は迅がボーダーにとって重要な人物だからとか。稀有なサイドエフェクトを持っているからとか。そういう理由ではなく、ただ単に迅悠一という一個人が好きなのだと言う。
そんな、そんなこと言われるなんて、思っていなかった。

「………あ~読み逃した…」
「わぁ。迅、顔あっか~!」
「うるさいよ天然タラシ…ほんと、恐ろしい女だね凛は…」
「え、褒めてる?貶してる?」

褒めてるよ。と言えば凛は嬉しそうに。そしてなかなかのドヤ顔をしてみせた。悔しいことに迅はそんな凛を可愛いと思ってしまうのだ。今までも好きだったけれど今日でまた凛のことをもっと好きになってしまった。敵わないなぁ。そう思いながらも迅はこんなにも好きになれる相手に出会えて幸せだった。
難儀なサイドエフェクトを身に宿している自覚はある。そんな自分がちゃんと人を好きになって、そして相手も自分のことを好きになってくれる未来は視えていなかった。こんな未来ならいくら視えてもいいのに。そう思えたのは本当に久々の感覚だった。

だから忘れていた。
己のサイドエフェクトは迅の意志に関係なく、迅が望まない未来でもお構いなしに見せつけてくることを。





結局別れることなく迅と凛の付き合いは継続された。元々相性がいいのか、凛がさっぱりとした性格をしているせいか、大きな喧嘩もなく。凛は宣言通り原付の免許を取り、迅に会うために玉狛に訪れたり、時にはあまり帰ることのなかった迅の住むマンションへと出向くことが多くなった。
迅も本部へ出向くことは減ったものの、個人的に凛に会いに行くことはむしろ増えたくらいだった。今までは本部に出向きランク戦を行い、その延長線で過ごしていたものが凛に会うためだけに凛の元へと出向くことが増えたからだ。関係性は変わっていないものの以前よりもずっと恋人らしく過ごすようになり、休まらない日々を送る迅にとってそれは母や最上達と過ごしていた頃のように満たされるものとなっていた。

そんな日々を四年と過ごし、その間にも迅には色々な葛藤があった。特にこの一年は酷いもので、あれだけ苦労して手にした師である最上の黒トリガーを手放すことになったり、罪悪感には苛まれるものの、第二次大規模侵攻の際により良い未来を掴み取るために可愛い後輩三人を巻き込む選択を選んだりと迅の心労は計り知れないものとなっていた。
それでも迅が折れずにいられたのは自分と分け隔てなく過ごしてくれる同期達や玉狛や歳上の面子。巻き込んだというのに自分を全く軽蔑しない後輩達。そしてどんな時でも迅の側にいてくれた恋人のおかげだった。
そんな後輩達は無事近界への遠征権を得て、忍田や太刀川、風間など錚々たる面子と共に近界へと遠征に出向いて行った。少しだけ静かになった玉狛に若干の寂しさは覚えるものの、元々玉狛にいた面子はこちらの国の防衛のために残っている。近く、この国に間違いなく敵が攻めてくることが迅には大分前から視えていた。それがアフトクラトルの差金であることも。精鋭中の精鋭である遠征メンバーを欠いた防衛に頭を悩ませていたある日、迅は信じられないものを目にした。

「は?」

長い付き合いになる友人を目にして迅は信じられないものを見たような声を上げる。いや、実際には視てしまったのだが。その相手は迅を見るなり何よ。といつも通りの声を出すが、パチリと視えた未来に迅は二の句を告げずにいる。
何度か瞬きすれば違う未来も視える。それはかなり不明確な未来であり、確率が低いということだ。
その事実に少しだけ安堵しふぅ、と溜息を吐けばずっと自分に声をかけていたであろう友人の顔がすぐそこにまで迫っていた。

「うっわ、驚いた」
「なにが驚いた、よ。人の顔見るなり青ざめて。失礼じゃない」

ごめんごめん、と謝れば友人──小南桐絵はじろりと迅を睨んだ。

「なに。あんたなにか視えたの?」
「うーん。まだ未確定だからなぁ」
「あっそ。言うつもりがないなら別に良いけど」

流石付き合いが長いだけあって小南は話が早い。迅は必要だと思えば自分から動き、そして助言をする。逆を言えば迅自身が必要だと思わなかったり、まだ言うべきではないと判断したことはどれだけ問われようと口にしない。小南はそれが分かっているため、迅に無理に聞こうとはしなかった。

「迅、起きたのか。朝飯はどうする?」
「ああ、レイジさん。…………」

小南との会話が聞こえたのか、遅めに部屋から出てきた迅に木崎が尋ねると迅はぎょっとした表情を作って片手を口に当てる。その行動に小南と木崎は顔を見合わせ、木崎が迅?と呼べば迅は少しの沈黙の後、朝ごはんはいらないよ、ありがとう。と返事をする。

「…あのさ」
「なんだ?」
「なによ」

迅の言葉に木崎も小南も耳を傾ける。迅と付き合いの長い二人でなくとも、あんな表情をした後に迅が何かを伝えようとしていれば察する。間違いなく予知による助言だろうと迅の言葉を待っていると迅は困ったように笑みを浮かべながらそれを口にした。

「二人とも今度の防衛戦の時、絶対換装解かないでね。解くならベイルアウトするって約束して」
「それってどういう──」
「分かった。だから迅、そんな顔をするな」

小南の疑問に被せるように木崎が迅を気遣う。その言葉に迅はへらりと笑い、小南もそれ以上尋ねることはなく、二人とも迅の言う通り換装を解かないことを口に出さずとも迅に誓うのだった。

「ありがと。おれ、ちょっと出かけてくる」
「本部か?車なら出すぞ」
「あーいや。今日は本部にはいないみたいだからいいや。ありがとうレイジさん」

じゃあ行くね。と迅はいつもと同じようにこの場を後にした。唯一違ったのは未だに顔色が優れなかったことくらいだ。それも換装してしまえば隠してしまえるのだけど。



「ひっどい顔色。言われなくても換装は解かないわよ」

というか私負けないし。と小南は腕を組んで独りごつ。確かに小南は強い。それこそ負けるイメージは全くないが、迅があのようなことを言ったということはおそらく。

「修のことがあったからな。換装を解いた俺達が大怪我を負う未来でも視たんだろう」

数ヶ月前、玉狛支部に転向してきた三雲修が重傷を負った。トリオン体を使い、更にはベイルアウトのあるこの組織では聞き慣れない言葉だ。修は幼馴染みである雨取千佳を守るため、敵前で生身を晒したのだという。
信じられなかった。木崎は確かに雨取を死ぬ気で守れと修を鼓舞したが、あいつには自分の命を大切にしろとこれからは言わなければなと反省し、生きていてくれて本当に良かったと心から安堵した。
迅には修が大怪我を負う未来が視えていたのだろう。視えていたのに、その未来を選んだ。結果として被害は最小に抑えられたが、その代償に後輩を危険に晒した迅は暫く元気がなかった。気にするな、おまえは悪くないと言っても効果は薄い。迅悠一の選択は非情なこともあるが、迅悠一個人は優しいただの青年なのだ。

木崎達に換装を解くな、なんて小南の言う通り言われなくても実行するはずのないことを口にしたと言うことは木崎か小南のどちらかが、またはどちらもが換装を解いて大怪我を負う未来を視てしまったのは想像に易かった。

「次の防衛戦の時かな。あ…だからあいつ、凛さんに会いに行ったのかしら」
「どうだろうな。理由がなくても迅は凛に会いに行くだろう」
「それもそうね」

近いうちにこの間…ガロプラという国が攻めてきた時と同じくらいの攻撃を受けるという通達を木崎達を含むB級中位以上は受けていた。
精鋭であるトップチーム達、更には忍田本部長も遠征に出向いているため前回より厳しい戦いになることが予想されているが迅の予知のおかげで各隊の配置等は既に決められている。
迅の恋人である斎藤凛は現在隊に所属しておらず、今回の防衛戦では木崎率いる玉狛第一と共闘することが決定していた。

(凛に何かあったら、迅の心が保たないかもしれないな…)

迅は自分では気付いていないかもしれないが、凛を心の拠り所にしている節がある。恋人同士なのだから当然かもしれないが、迅は人に依存することを嫌う。失うことを人一倍恐れるからだ。そんな迅が長く付き合い、心を開いている相手は凛だけであった。
迅はボーダーにとって必要不可欠な存在である。そして迅にとっては凛がそうなりつつあるのを木崎は悟っていた。厳しい戦いになるのは分かっているが、凛のことは気にかけよう。


そう己に誓い──己の不甲斐なさに殺意すら抱いた。





何が起こったのか木崎も小南も烏丸も、この場に残された三人は全く理解出来ていなかった。

中規模の防衛戦は迅の予知通り始まり、しかし準備の出来ていたボーダーが劣勢になることはなかった。今回は人型近界民も確認されておらず、強力なトリオン兵は多くいたものの、連携を駆使して戦えば勝てない相手ではなかった。
木崎と小南は各々でトリオン兵と前衛で渡り合い、烏丸と凛はそのサポートに回り危なげなく担当地区のトリオン兵を掃討することに成功した。
木崎の元に集合し、他の隊員の元へ駆けつけるか否か本部に確認していた時、倒したトリオン兵の腹から小型のトリオン兵が姿を現しレーザーのようなものを放ち、反応した凛は確かにシールドを張ったがそれはシールドを貫通して凛の脇腹を貫いた。が、損傷はしておらず、レーザーを放ったトリオン兵は自ら粉々に砕け散るという不可解な行動をとった。
状況を把握するよりも先に凛がうっ、と声を漏らす。木崎が凛?と尋ねればそれに返事をすることなく、凛はベイルアウトしてしまいこの場を離脱した。確かに凛はトリオン兵の攻撃を受けたが、目に見える損傷はなかったというのに。木崎は耳に手を当て、本部へと連絡を入れる。

「本部。こちら木崎。斎藤隊員がベイルアウトをしたが原因が判明していない。医務室へ確認を求む」

本来ならベイルアウトをすれば自分の隊の作戦室か所属している支部に帰るのだが凛はそのどちらもなく、本部の医務室のベッドへと帰還するよう設定がされていた。
運営陣から了解、と通信が切られる。その間に小南と烏丸は自爆し粉々になったトリオン兵を調べていた。

「跡形も残ってないわね…この粉だけでも持って帰る?」
「この粉が本当にあのトリオン兵の物かももはや分からないすね」
「一応集めておこう。ここまで粉々になっていると使えるかは分からないが」

木崎の言葉に二人は了解と答え、原型を一切留めていないトリオン兵の残骸であるはずの粉を袋へと詰めていく。もはや本当にトリトン兵の残骸なのか砂なのかの区別もつかない。小南も烏丸も同じようなことを言いながら手を動かしていると木崎に本部から連絡が入った。

『レイジ、悪い報せだ』
「諏訪?なんだこんな時に」
『いいか、落ち着いて聞けよ。俺は今まで本部の医務室にいた。突然重傷者が現れて医務室はさっきまで騒然としてた』

諏訪の言葉に木崎の動きが止まる。
医務室。重傷者。諏訪はそれだけしか木崎に伝えていないが十分過ぎる。今回の防衛戦で木崎と彼女は同じ区域に配置されると諏訪も知っていたのだから。
木崎の沈黙に諏訪は察したのだろうと解釈し、悪い報せを続ける。

『今は本部の集中治療室に運ばれてる。意識は途中でなくなった。…かなりやばいらしい』

途端、迅の顔が過ぎった。
迅には何がどこまで視えていたのだろう。あいつは確かに言っていた。換装を解くなと。そしてベイルアウトをしろと。凛も同じことを言われたと木崎に報告していた。そして、凛はそれを守ったというのに。
そもそも、その忠告を受けたのは木崎と小南と凛だけであり、鳥丸には話してなかったという。つまり、「こうなる」可能性があったのは木崎達三人だったのを迅は視ていたのだ。

(よりによって、何故)

何故自分があの攻撃を受けなかったのか。小南が食らっていたとしても勿論駄目だが、凛が食らってしまったのは最悪だ。迅になんて言えばいいのか。やっと普通に笑えるようになった迅から、凛を奪ってしまうのだけは嫌だったというのに。

木崎には迅のように未来は視えない。そして迅だけは未来を視ることが出来る。
今のあいつには、何が視えている?
迅に連絡を入れようとした木崎は、しかし連絡を入れることが出来なかった。すまないとも、大丈夫かとも。凛を守れなかった自分は何も言う資格はないのだから。



prev * 8/12 * next
back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -