世界が変わった日


その集団とは特別仲が良いわけではなかった。

本部に来ていた迅は、何回かランク戦をしたことのある男に声をかけられた。なんか盛り上がってるね。そう言って男女三人ずつのグループに手招かれるまま合流したことを迅はすぐに後悔することになった。

話の内容は主に愚痴であり母親が鬱陶しいだの、父親が頑固だの。思春期である彼らは両親の愚痴で盛り上がっていたのだ。女が混ざっていたため、男はより大袈裟に身内を悪く言って笑いをとり、女は叱咤するものの男の話題に笑顔を咲かせている。確かに一人の男は話が上手く、盛り上げ方もオチのつけ方も申し分がない。話し上手とは彼のような人のことを言うのだろう。しかしそれは全員に適応されるわけでは決してない。合流したものの、ひどくつまらなかった迅は一言断ってその場を後にした。
自販機へと足を運び、ジュースを購入する。缶のタイプであるジュースの蓋を開ければプシュッと音を立て、それを一口含む。随分とまあ。

「贅沢な悩みだったね」

その言葉に迅はびくっと肩を震わせる。この女と自販機で合流することは視えていたが、自分が今まさに心の中で呟こうとしていた言葉を口にするなんて流石に読めるわけがなかった。
迅に声をかけて来たのは先程まで同じ集団の中にいた一人の女であり、迅はこの女のことが印象に残っていた。愛想笑いは浮かべていたものの、この女は自分と同じで全く笑っていなかったから。

「おれも同じこと思ってたよ」
「うん。だって君、全然笑えてなかったよ」
「そっちこそ。途中から真顔だったよ」
「え、うそ」
「うそ」

迅のついた嘘に女はぽかん、と口を開けて数秒後にあはは!と楽しそうに笑い声を上げる。なんだ、ちゃんと笑えるじゃん。そんな女の姿に迅もふはっ、と笑いを溢せば女は楽しげに手を差し出してくる。

「私、斎藤凛」
「おれは迅悠一」
「知ってるよ。迅、有名だもん」
「へえ。それは光栄だね」
「あと、私太刀川と同級生だから」

その言葉にあ~と迅は笑った。
あの人、おれのことなんて言ってる?ちょー面白れーやつ。ふはっ、ほんとに太刀川さんと友達なんだ。そう言って迅は差し出された凛の手を握り返す。


これが迅と凛の出会いだった。





迅と凛は妙に気が合った。それこそ初めて会ったあの日ですら、ずっと前からの友人だったかのように話が弾んだのだ。
迅と凛があの男の話をつまらないと思った理由も一緒で、二人の親はもうこの世にはいなかったからである。迅は母を亡くし、凛は第一次大規模侵攻の際に両親を亡くしたらしい。
ボーダーには凛と似たような境遇で入隊する隊員が多かった。親を亡くした、身内を亡くした、友人を亡くした。そのような人間にとって城戸の掲げた近界民の討伐を目的とする謳い文句は効果があったようで、大規模侵攻以降、隊員の数は驚くほど増えていった。
迅にはこの状況は視えていた。一番効果的にボーダーを宣伝するタイミングも視えていた。だから、それを城戸や上層部の面々には伝えていた。タイミングなんて気にしなければきっと助かった命もあったというのに。それはもしかしたら、凛の両親も入っているかもしれなかった。

凛は気持ちの良い性格をしていた。裏表がなく、嬉しいことは嬉しいと伝え、嫌なことは嫌だとハッキリと言う。打算的ではない相手は楽だ。未来予知というサイドエフェクトを宿している迅に打算は効かない。そのため腹に何かを抱えて近付かれると疲れるうえにその相手が嫌になってしまうのだ。結果として迅の周りには太刀川であったり風間であったり。そして凛というさっぱりとした人間が残っていくようになった。

今でこそ迅のサイドエフェクトはボーダーのB級以上ならば殆どが知ることとなったが、以前は違った。迅は旧ボーダー時代の相手以外にサイドエフェクトのことを打ち明けるのを躊躇った。特に凛や三輪には言いたくなかった。視えてたの?どうして助けてくれなかったの?そう言われるのが辛いからだ。三輪には似たようなことをもう言われてしまったが。
この時の迅は十五歳だった。思春期真っ只中の迅は、今のようにまだ割り切れてはいなかった。そのうち、太刀川と風間には卑怯者だと罵られるのを覚悟して打ち明ければ二人とも何も変わらずにいてくれた。うそ。何も変わらずにいてくれたのが視えたから打ち明けたのだ。
おれはずっと、ずるいんだよ。

しかし凛はどうだろう。両親を侵攻で亡くした凛。迅が違う未来を選んでいたら今も凛の両親は生きていたかもしれない。そう思うとどうしても言えず、しかし仲良くしている相手にずっと隠し事をしているのも辛かった。
太刀川と風間に相談すれば二人ともあいつはそんなことは言わない。と即答されて。

(おれだって、そう思うし、視えてる)

凛にサイドエフェクトのことを話す未来。何度も何度も先に視てしまったが、凛も二人と同じように迅と変わらず話す未来は確かに視えていた。
だけど本心までは分からない。上辺だけなら今まで通り繕うことなんて出来る。いくら凛が良いやつだからって、心の底では恨まれるかもしれない。

「…おれが凛なら、凛の両親を見捨てたかもしれないおれを嫌いになるよ」
「んなことないだろ。な?」

と、太刀川はまるで凛がそこにいるかのような発言をする。は?と言えば太刀川も風間も向かいに座っている迅ではなく、その後ろに目を向けている。まさか、と血の気が引くのを感じながらも振り返ればそこには今一番いてほしくない人物が立っていた。

「えと、なんの話…?」

はくはく、と口を開閉させて顔面を蒼白にした迅が逃げようと立ち上がれば、その腕を太刀川と風間の二人に掴まれ強制的に座らされてしまう。凛も迅の隣に座れば?と太刀川に促され、凛は状況が飲み込めないまま太刀川の提案通り迅の隣へと腰を下ろす。
目が合わせられない。なんなら泣きそうだ。そんな後輩の姿を向かいに座った二人は慰めることなく、しかし背中を押した。

「腹を括れ迅」
「いつかは言うんだろ」

二人の言葉に迅は覚悟を決めた。決めるしかなかった。
そうだ。太刀川が言うようにいつかは言わなければならないし、迅が言わずともいずれはバレてしまう。それならば風間が言うように腹を括るしかない。たとえ、凛に嫌われようと。

「凛、おれ…」
「うん?」
「……み、未来が視えるんだ」
「……うん?」

だからなんの話?と凛は迅に聞き返す。それをきっかけに迅は全てを打ち明けた。
自分には未来予知のサイドエフェクトが備わっていて、目の前の人や一度見た人の未来が視えてしまうこと。そして、侵攻時の作戦に関わっていて、もしかしたら凛の両親が亡くなる未来を知らずのうちに選んでしまったかもしれないこと。
凛は口を挟まずに聞いてくれた。伝え終わると、迅は再び目を伏せてしまう。今目の前にいる凛の未来を視たくなかったからだ。怖い。

「えーっと…迅が私の両親を殺したわけでは、ないんだよね?」
「それは絶対ない!」

ありえない言葉に顔を上げれば凛は迅と目を合わせてうんうん、と頷いてくれる。その表情はどう見ても怒っているものではなかった。

「じゃあ、迅が誰かに命令して私の両親を殺したとか?」
「それもない!おれは、直接的には凛の両親に関わってないけど、結果として見捨てたかもしれないって…」

迅は凛の両親を直接的に殺してはいない。それどころか、申し訳ないが凛の両親を見たことも視たこともなかった。そのため迅自身が凛の両親に手を下すことは無理なのだ。
しかし、迅は侵攻時の作戦に深く関わっていたため、結果として凛の両親を殺してしまったかもしれないのは確かだった。どうして、なんで。そんな言葉を覚悟して目を瞑っていると、信じられないことに凛はふふっ、と吹き出した。

「いやいやいや、迅くん?落ち、落ち着いて…あははっ!」
「わ、笑い事じゃなくない…!?」

迅からすれば罪を告白したようなものであったのに、まさか笑われるなんて。こんな未来は視えていなかった。確かに笑顔を向けてくれる凛は視えていたが、この流れで吹き出す、普通?と迅は混乱しているが凛はひーっ、と笑うことをやめない。

「いや、笑うでしょ。迅、あのさ。確かに迅は人より未来が視えちゃうかもしれないけど、迅以外も自分で未来を選んでるんだよ?」
「え、」

凛の言葉に迅は頭が真っ白になった。
そんなこと、考えたこともなかったから。混乱を極める迅に凛は迷うことなく言葉を続ける。

「迅が選んだ未来で、私の両親は違う道に逃げてたら助かったかもしれない。でもその道を選んだのは両親で、迅じゃない」
「そ、それは…でも…」
「あはは!迅のサイドエフェクトは凄いかもしれないけど、神様じゃないんだから。人類皆は救えないでしょ」

背負いすぎ!と凛は迅の背中をバシッと叩いた。換装していなかったから普通に痛い。しかし、心は信じられないほど軽くなっていた。
凛に嫌われたり責められなかったことが嬉しい。それに何より、凛の言葉は迅にとってあまりにも救われるものだった。

迅には未来予知のサイドエフェクトがあるため取捨選択に迫られることが常である。迅が選んだ未来の先で何万と助かる命がある一方で何百という命を切り捨てていることを迅は理解して、それでも選ばなければならなかった。救った人々よりも、救えなかった人々。犠牲にしてしまった人々に対して迅は苦しんだ。ごめんなさい。おれはあなた達を切り捨てました。そう懺悔しても許されることも、彼らが生き返ることもないのに。
しかし凛は言う。迅は確かに未来を選んでいるが、その未来でまた人々は自ら未来を選択していると。迅の選んだ未来で凛の両親は死んでしまった。しかし、凛が言うように両親が違う道を選んでいたら死ななかったかもしれない。迅は凛の両親がどの道を選んだのかなんて知らない。間違いなく、それは凛の両親が選んだ未来なのだ。

「…ほんとに、怒ってないの?」
「怒ってないよ。…というか、これで私が迅に怒ったら八つ当たりでしかないでしょ。そんな嫌な女じゃないんですけど!」
「いやー、お前良いこと言うな」
「学を感じちゃう?」
「その発言が既に学を感じないな」

風間先輩ひどい!と凛が言ってその場に笑いが起こる。迅はいつからか、どうして自分は全ての人を救えないのだろうと悩むことが増えていた。しかし、凛は人類皆は救えないと。迅は神様じゃないと言った。それは迅が悩んでいたことに対しての答えのようなものだった。
迅は未来予知のサイドエフェクトを持つただの人間なのだ。サイドエフェクトを持つ分、人よりも多くの命を救えることはあるかもしれないが、全てを救おうなんて考えることすら烏滸がましかったのだ。切り捨てて良い命も見捨てていい命もあるわけがない。それは理解しているが、全てを救おうとするのもまた傲慢であったことを悟った。
それに。皆、自分で未来を選んでいるのだ。その選択に迅が口を出すことも勝手に謝ることも出来ることではなかった。そんな当たり前のことに、ずっと気付けなかった。

「え!迅、すっごい良い笑顔してる!可愛いじゃん!」
「おわ、ほんとだ。風間さんスマホスマホ!」
「ちょ、やめてよ、もー!」

そう言いながらも迅は笑うことをやめられなかった。迅が歳相応に笑うのは珍しい、というか。こんな迅の笑顔を見たのは三人ともこれが初めてだったため、この場にいた誰もが高揚した気分になり、風間はスマホを取り出し向かいに座っていた迅と凛のツーショットを撮る。いえーい、と言いながら迅に抱きついてピースをする凛にもう、と言いながら笑顔を崩さない迅のツーショットに太刀川も風間も破顔する。

その写真は風間から三人に転送され、迅が暫く待ち受け画面にしていたことを知っているのは風間と嵐山くらいであった。



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