有意義な休日


凛の仕事は土日が休みであり、平日も定時で帰れることがほとんどであるため働きやすい職場である。
三門市に引っ越して来てから、休日は主に食料品や消耗品の買い溜めをすることが多い。凛の住んでいるアパートは警戒区域の側であり、当然のように近くにコンビニ以前にスーパーも薬局もないのだ。どれも歩いて三十分の駅の近くにあるものが一番近場であり、仕事の帰りに寄ることも出来たが、休日家に篭っているのも退屈であったためこのようなサイクルになったのである。

駅までの道を軽い足取りで歩く。今日は天気も良いし、散歩にはもってこいだと凛は良い気分で足を進めていた。
警戒区域内に入ってしまい、迅に出会ってから一週間ほどが経ったがどうやら彼は本当に見逃してくれたらしい。よかった。何かお咎めでも来るのかなと数日はドキドキしていたのだから。
あの日以降も、警戒区域の近くに住んでいる凛のアパートには地響きや大きな音が聞こえてくることはよくあった。以前はボーダー頑張れーと彼らの奮闘を陰ながら応援していたが、迅に出会ってからは今日も迅は戦っているのだろうか。と彼の顔が思い浮かぶようになった。
別に恋をしているとかではないのだ。ただ、あの綺麗な青い目を持つ青年は今日も戦っているのだろうかと。ボーダーで知っている相手は迅だけなのだから、そう思ってしまうのも仕方がないと思う。結局迅とはあれ以来、一度も会えていないのだけど。

駅に着くとアパート近くとは違い、休日ということもあり人も多く賑わっている。
さて、まずはお昼ご飯でも食べようかと辺りを見渡すと凛はある姿を見つけた。その人物も凛の姿を見つけたようで少し気まずそうなよく分からない表情を浮かべている。なにその顔、と思いながらその人物に駆け寄ればその人物は記憶通りの綺麗な青い目を細めて苦笑いを浮かべた。

「迅、また会えたね。久し振り!」
「えーと、どこのお侍さんかな?」
「あはは、覚えてるじゃん。ねえ、今暇なの?ご飯一緒に食べない?」

奢るよ!と誘えば迅は少しだけ悩んだ後、奢らなくていいよ、おれもお腹空いたし。と凛の誘いに乗るのだった。





休日の昼間ということもあり、どの店もまあまあの混み具合である。迅に何を食べたいかと聞けば迅は数回瞬きをした後にじゃああのお店にしよう。と提案したため、オムライス専門店へと足を運んだ。凛はオムライスが大好物であり、迅がオムライスの店を選んだことに密かに喜んだ。
タイミングが良かったのか五分ほど並ぶと席が空き、凛と迅は二人でメニューを選ぶことにした。デミグラスソースのものやトマトソースのもの。ハンバーグとセットのものなど流石オムライス専門店を名乗っているだけあって、多くのメニューに目移りしてしまう。
ふと、視線を感じメニューから顔を上げると迅が随分と楽しそうな表情を浮かべながら頬杖をついて凛のことを見つめていた。

「迅は決まったの?」
「うん。おれはハンバーグとセットのやつにするよ」

迅の言葉にむむっ、と凛が唸る。ハンバーグとセットのやつは確かに凛も悩んだのだが、量が多いのだ。全て食べ切れるかと考えると頼むのを躊躇してしまう。
迅ともう少し仲が良かったら少しちょうだい。とお願いしただろうが生憎まだそんな仲ではない。あまり迅を待たせるのも良くないと思い、心の中でハンバーグに別れを告げ、凛はホワイトソースのオムライスを注文することにした。

「へへっ」
「随分ご機嫌だね」
「わかる?実はね、私オムライス凄く好きなんだ。迅がこのお店を選んでくれてラッキーだったよ」

凛としては今日の食事はこの前助けてもらった礼のつもりでもあったため、迅が選んだ店なら本当にどこでも構わなかったのだがまさか凛の大好物を選ぶなんて。自分と迅は以外と好みが似ているのかもしれない。そして店内に広がる美味しそうな香りに頬も緩むというものだ。そんな凛の様子を見て、迅も嬉しそうに微笑んだ。

「おれも好きだから」
「あ、迅も?同じだね」
「うん」

綺麗な青い目を細めて迅は頷く。その様子に少しだけドキッとしてしまう。
よく見てみれば迅は顔は整っているし背だって高い。この前は家まで送り届けてくれたし優しさも兼ね備えている。モテそうだな、と思い至り凛はあっ、と声を漏らす。

「何かあった?」
「ごめん。先に聞いておくべきだったけど、迅って彼女とか…いたりする?」
「…なんで?」

迅の声のトーンが少しだけ下がった気がしてますます焦ってしまう。やばい。なんでって、そんなの。

「他の女と二人でご飯なんて行って誤解されたらまずいでしょ…!」
「ああ、なるほどね。安心してよ。今はいないから」

迅の淡々とした返答に凛はほっと胸を撫で下ろす。良かった。どうやら迅には彼女がいないらしい。ちょっと!その女誰よ!という修羅場は回避出来たということだ。お礼のために食事に誘ったというのに、迅に迷惑をかけてしまうことだけは避けたかった。
──というか。

「へぇ~」
「なに、変な顔してるよ」
「だって、今は。なんでしょ?彼女いたんだ~って思って」
「……そういう凛は、彼氏いるの?」
「私?私は彼氏なんて今まで──」

途端、ガツンッと後頭部を殴られたような頭痛に襲われた。いったぁ、と漏らせば迅は大丈夫かと尋ねてくる。迅と初めて会った日はそれはもう何度も何度も頭痛に襲われたのだ。迅もいい加減凛の頭痛に慣れてしまう頃だろう。最近は治まっていたのに。
あれ。と凛には疑問が浮かび上がる。凛の頭痛は何かを思い出そうとする時に起こることが多い。恐らく失われた記憶を引っ張り出そうとするとそれを阻止するかのように頭が痛むのだ。と、いうことは。

「本当に大丈夫?」
「迅、もしかしたら私……」
「凛?」
「彼氏、いたのかもしれない…!」
「………うん?」

凛には中学の途中から病室で目を覚ましたあの日までの記憶がほとんどない。それこそ華の高校生活の記憶なんてすっぽりと抜け落ちてしまっているし、更には大学にも通っていたというのだから彼氏の一人や二人や三人、出来ていてもおかしくはない、かも。…だとしたら誰も見舞いに来ないのはあまりにも寂しいことだったのかもしれないが。
なんとか、ほんの少しでも思い出せないかと記憶を辿ろうとすればお約束のように頭は痛む。いたたたた。

「いいよ、無理に思い出さなくて」
「悔しい~…!」

このまま記憶を辿ろうとすれば、思い出す前に頭痛でダウンするのは目に見えていたため、凛は記憶を辿ることを諦めた。
自分に彼氏がいたかどうかすら覚えていないなんて情けない。それに、その彼氏に失礼だ。
はぁ、と気落ちしている凛に迅はよく分からない質問を投げかけてくる。

「…凛、もし彼氏がいたとしたらその人のこと好きだったのかな」
「好きに決まってるでしょ。私は好きな人としか付き合わないよ、絶対」

そういう人間だもん、私。と即答すれば迅はその綺麗な青い目をぱちくりと瞬かせている。え、今のはそんなに驚く返答だったのだろうか。
世の中の恋人や夫婦には様々な事情があるかもしれないし、それに関して物申すつもりは全くない。しかし凛は好きでもない相手と付き合おうとは思わなかった。好きだから、もっと大切にしたいから、特別でありたいから恋人になるのだ、と思う。まあ、彼氏がいたかどうかも分からない凛がそう語っても説得力はないため敢えて口には出さないが。
そんな凛の返答に、迅は楽しそうな笑い声を上げた。

「あはは!記憶にないのに?」
「記憶よりも私は私の性格を信じてるので」
「は~、ちょっと格好良いね、それ」
「惚れちゃう?」
「いや、惚れないけど」

凛の冗談に即答で返されちぇ、と口を尖らせれば迅は楽しそうに笑うので凛もそれに釣られて笑ってしまう。そして迅と同じことを凛も投げかけた。

「迅は?彼女さんのことちゃんと好きだったの?」

楽しそうに笑っていた迅の目が優しく細められる。やはりドキッとしてしまう。迅の目は危険だ。少なくとも、凛には効果が抜群であることは間違いない。

「うん。大好きだったよ」

だった、なんて嘘ではないかと思うほど優しい声で迅が答える。どこの誰かは分からないが、こんなに思われていたなんて羨ましさすら感じる。
どうして別れてしまったのだろうと思ったが、恋人同士色々な事情があったのだろう。もしかしたら迅は今もその彼女のことが好きなのではないだろうか、と思わせるほど迅の表情は愛に満ち溢れていた。こちらのほうが照れてしまう。…自覚、ないのだろうか。
しかし凛と迅はまだそこまで踏み込んだ話をする仲ではない。変に詮索するのも良くないだろうと思い、凛は素直な感想を口にした。

「うわ、凄い良い顔で言うじゃん…」
「惚れちゃう?」
「あはは、惚れませーん」

凛と同じ冗談を迅が投げかけてきたため即答すれば、迅も凛と同じようにちぇ、と口を尖らせる。それがなんだかおかしくて、あはは!と笑えば迅も楽しそうに破顔する。
なんの中身もない、どうでも良い話が楽しい。迅と自分は結構ウマが合うのかもしれないな、と凛が考えていると注文していたオムライスが運ばれて来た。
凛の前には白いホワイトソースのかかったオムライスが置かれ、迅の前にはデミグラスソースのかかったハンバーグとセットのオムライスが置かれる。美味しそう、と呟き手を合わせていただきます。と二人で挨拶を交わしてオムライスを口に含むとトロトロとした半熟の卵にホワイトソースがしっかりと絡んでいてとても美味しい。迅はまずはハンバーグを食べるようで、綺麗に半分にハンバーグをスプーンで割り、スプーンに半分になったハンバーグを乗せて──凛の皿にそれを置いた。

「え、くれるの?」
「食べたかったでしょ」
「………そんなにわかりやすかった?」
「実力派エリートなんで」

なにそれ、と笑った後にありがとう。とお礼を言えば迅はどういたしまして。と言ってオムライスを食べ始めた。実力派エリートという言葉に少し頭が痛んだが、気にしないようにしたらその痛みもすぐに引いてくれた。

迅のおかげでオムライスもハンバーグも堪能出来た凛は大変上機嫌である。結局奢らせてはもらえず、むしろ奢ろうとしてくるのを必死に阻止してお互い別々の会計になってしまった。こんなはずでは、と頭を抱えるものの迅もオムライスが美味しかったのか機嫌を良くしているのでまあいいかな、と店を出ることにした。

「ん~!美味しかったね」
「な。お腹いっぱいだ」
「私もいっぱい!買い物しながら消化しなきゃな~」
「何買うの?」
「んーと、トイレットペーパーと洗剤と…」

「迅?」

突然名前を呼ばれた迅が弾かれたように顔を上げる。迅が視線を向ける先を凛も見上げれば、そこにはかなり体格の良い男の人の姿があった。

「珍しいな。お前が駅に出てくるなんて。………!?」

どうやら迅と知り合いである大きな男は凛を見るとまるで幽霊でも見てしまったかのような驚愕した表情を浮かべる。え、私足ありますよね?

「じゃ、凛。おれもう行くね」
「えっ、もう行っちゃうの?」
「実力派エリートは忙しいからな」
「だから、なにそれ」

迅のよく分からない単語に笑いを漏らせば、迅は少しだけ寂しそうに笑ってじゃあね。と言って凛を残してこの場を後にした。そんな迅の後を大きな男が追っていく。お友達、だろうか。それにしては凛よりも歳上に見えたが人を見た目で判断してはいけない。それに歳上の友達がいても別におかしくはないだろう。

(……うーん?)

ズキズキと頭が痛む。
迅を追いかけていった大きな男。彼にも何故か懐かしさを感じたのだ。その証拠に頭がズキズキと傷んでいる。
しかし思い出すことは出来ない。こんな街中で無理矢理思い出そうとしてこの前のように倒れるわけにはいかないのだ。しかも、倒れたとしても起きた時に何かを思い出していることなどあったことがないのだから、変に悩まないほうがいいだろう。

今日は迅にまた会えて、更には一緒に食事が出来て嬉しかったなと。凛は満たされた気分のまま消耗品を買って帰路へと着くのだった。



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