分岐の先に


ゆさゆさと体を揺すられる。いつの間にか眠ってしまっていた意識が覚醒していき、肌寒さからくしゅん、と一つくしゃみをすると頭上から優しい笑い声が聞こえてきた。

「迅くん、そろそろ本部に行かないと」
「ん……?」

笑い声の主は穏やかな声でそんなことを告げる。そっか、リン今日は本部に用があるのか。………リン?

「結局服は乾かなかったから、とりあえず換装して帰宅してから着替えたほうがいいかな」

そうだ。そうだ、おれ。

昨夜の出来事が思い出される。昨日、最上さんの黒トリガーを手にした瞬間に最悪な未来の分岐を目にした。おれはそれだけは絶対に受け入れられなくてそれで、
ガバッと起き上がるとリンと目が合う。リンはいつもと変わらない様子で「おはよう」とおれに言ってくれたがこっちはそれどころではない。

「お!……おれ、昨日…!」
「よーしよしよし、迅くんはかわいいなぁ」

昨夜のことを口にしようとするとリンはおれの頭をわしゃわしゃと、まるで子供を宥めるように撫でた後、口元に一本指を置いておれの言葉を止めた。

「でも残念。私は本当に本部に用事があるから先に出るよ?風邪引く前にお互い着替えだけはしっかりしておこうね」

じゃ、いってきまーす。とリンはどこまでもいつも通りにこの場を後にした。
残されたのは何一つ身に纏ってないおれと、そんなおれの周りに散らばったおれの服たち。

「……リン 、換装体……だったよな…」

服はびしょ濡れで着れたもんではない。リンの言った通りおれの場合は玉狛に着くまでは換装体で移動して、そこで服を着替えるのが一番良い案だろう。で、でも…

「夢、じゃない……よなぁ…」

妙な爽快感と、ところどころに残っている血痕の跡が昨夜おれがなにをしてしまったのかを露骨に突きつけてくるのだった。




「え、リン?別にいつも通りに見えたが…」

一度玉狛に戻って身支度を整えてから、半ば覚悟と諦めを持って本部に向かうと驚くほど本部はいつも通りだった。太刀川さんも風間さんも変わりなく、嵐山もおれに何も尋ねてこなかったため自分から聞けば嵐山は不思議そうにそう返してきた。
おれの見えた未来も確かに嵐山たちはいつも通り接してくれていたけど、おれはリンが昨夜のことを話してしまい笑顔で問い詰められるのかと思っていたがそうではないらしい。どうやらリンは昨夜のことを誰にも話していないみたいだった。

「喧嘩でもしたのか?」
「え、いや。そうではないんだけど…」
「…本当か?」

嵐山がじっとおれを見てくる。これは何か確信をしている時の顔だ。

「本当にリンから何も聞いてないのか?」
「聞いてないな」
「じゃあなんで、」
「おまえの顔に書いてあるぞ、迅。申し訳なさそうな顔をしてる」
「えっ」

嵐山がそう言った瞬間、悲しそうな表情をするリンが一つの分岐に見えた。ああ、そうか。おれはきっとその分岐を選ぶんだろうな。

「何があったかは知らないが、リンなら話せば分かってくれる。大丈夫だ迅」
「…そうだな。ごめん、嵐山。ありがとう」

一体おれはどんな顔をしていたのかは分からないけれど、嵐山は困ったように笑っておれの背中を優しく叩いてくれた。



リンは思ったよりも早く見つけることが出来た。いや、待ってたのかな。リンにはサイドエフェクトがあるから。それこそおれから逃げようと思えば逃げることも出来たはずだ。その場合はおれとリンのサイドエフェクト勝負になっていたかもしれないな、なんて。

「や、迅くん。風邪引いてない?」

おれを見つけたリンはいつも通りにおれに声をかけてくる。そのいつも通りさが、今日に限っては辛かった。

「リンこそ。…体は大丈夫?」

おれの言葉にリンは一つ頷いて

「全然へーき」

と笑う。
ああ、そっか。本当に昨日のことは夢じゃなくておれはリンを犯してしまったんだと実感させられる。リンの了承なんて得ずに、ただただ見えた一つの未来が許せなかったんだ。



最上さんの黒トリガーを手にした時、その黒トリガーとは違う黒トリガーを手にした自分が見えた。は?と思ったがその分岐は大分先のものらしく曖昧で殆ど見えない。だけど見逃すわけにもいかずその分岐をなんとか手繰り寄せると、どうしてそうなるのかは分からなかったがその黒トリガーがリンであることだけは分かった。
この無数に広がっている未来の中に、リンまで黒トリガーになってしまう可能性の未来がある。勘弁してくれ。最上さん達だけでも胃がはち切れそうなほど辛かったのにおまえまでその道を選ぶのか?おれの日常から、未来から、リンが消える?

そこまで考えてふと我に返った。
なんで、おれ、こんなこと。
いつの間にか飽き飽きするくらいおれの元に現れるリンがおれの日常になっている。それはもういらないと決めたはずだったのに。笑顔のリンがどうしてもチラつく。
ああ、こんなことなら。


──リンのこと、もっとはやく、きらいになっておけばよかった


「昨日、ごめん。謝っても許されることじゃないけど、本当にごめん」
「いいよ。迅くんが風邪を引いてないならそれで」

リンは即答でおれを許してくれる。そのいつも通りの姿がおれをひどく苦しめる。だっておれは今から最低なことを言うから。そしてその先の未来できっとリンは悲しそうな表情をするんだ。

「違う、許さなくていいよ、リン」
「なにを?」
「おれ、……おれね、リン。この先もリンのことを好きにならない。絶対に」

おれの真剣な言葉にリンが驚いた表情をする。ああ、こんなにはっきりと拒絶するのは初めてだもんな。しかもあんなことをした次の日にこれだ。殴られても絶交されても仕方がない。でも、おれはリンを好きにならないよ。絶対、絶対に。

「…そっか。それならしょうがないね。別にいいよ、それで」
「……じゃあ、おれとはもう絶交、とか?」
「え、やだよ。迅くんは私のこと好きにはならないけど、私は別に迅くんのこと好きだし」

リンの言葉に今度はおれが驚く番だった。おれは確かに今、リンを拒絶した。傷付けたはずだ。なのにリンはいつも通りで、そしてこの瞬間に見えた未来のリンはいつも通り笑っている。なんで。

「あ!もしかして迅くんが私と絶交したい、とか…!?」
「え、いや……え?おれの話聞いてた?おれ、リンの気持ちに応えることはないんだよ?」
「聞いてたし何回も言われると心が抉られるー」

その表情は確かにおれが見た悲しそうな表情だった。

「でもまあ、私は迅くんが好きなんだよね。迷惑じゃなければもう暫く好きでいてもいい?」

好きにならないと伝えた。昨日はあんなことをしたのに。それでもリンは変わらずにおれを好きだと言う。鮮明に見えるのはリンとおれがこれからも一緒にいる未来。
手放さなければ辛いのは分かっている。だから突き放そうとしたのに全然ダメ。なのに、なんでおれはほっとしてるんだ…?

「……やっぱり変だよ、リンは」
「そう?私はなんだかんだで優しい迅くんが好きだよ」
「あーーやだなーー」
「清々しいほどの拒否!」

あはは、とリンが笑う。
やだよ本当に。どうしても嫌いになれないリンのことが。






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