優先順位


皆は迅くんのことを飄々としてて掴みどころがないってよく言う。確かに迅くんはいつも穏やかな顔つきをしているし機嫌を表にあまり出さない人なんだろうなと思う。
だから迅くんってちゃんと怒るんだなーと少し感動をして、そしてちょっと困っている。今私の手当てをしてくれている目の前の迅くんになんて声をかけるべきか私は悩んでいた。

「トリガーは」
「メンテナンスに丁度出してまして、」
「…………」
「…………怒ってる?」



学校の帰り道、そのまま本部に向かっていた私は警戒区域に入った瞬間に開いたゲートから出てきたモールモッドに追いかけ回されてしまった。昔からトリオン兵に追いかけられることはよくあったけれど、最近はトリガーを持つことも出来て戦うことだって出来るようになっていた。だから久々に生身で逃げることになり少なからず恐怖を感じていたのは事実だ。

その時私の勘が逃げる方向を教えてくれた。それは警戒区域の外だった。

(……でも、それは…)

少しだけ悩んで私はサイドエフェクトに逆らって警戒区域の中を走り、本部を目指す選択肢を選んだ。私のサイドエフェクトは暫くは警戒区域の外に出るように警告を鳴らしていたが、途中でその警告は止まった。このまま逃げ切れるかもしれない。そう思った時、足に鋭い痛みが走った。

「痛っ…!」

思わずそのまま転んでしまう。すぐに立ちあがろうとするものの、左脚が激しく痛む。モールモッドの攻撃が左脚を掠めていてかなり出血していた。いや、足がまだ付いてるだけ運が良いのかな。
目の前にモールモッドが迫ってくる。ダメ、かも。殺されるのか、攫われるのか。今まで私を守ってくれていたサイドエフェクトに逆らってしまったのだからこれは仕方のない結末なのかもしれない。私は逃げることを諦めて目を瞑ると、

「危なかったな」

あの時と同じようにモールモッドは真っ二つになり、あの時と同じように私を助けてくれたのは迅くんで。そしてあの時とは違ってかなり冷たい声を迅くんは投げかけてくれた。





「…怒ってないよ。メンテナスと被ったのは運が悪かっただけだから」
「うそ。なんか怒ってるでしょ」
「……どうして警戒区域外に逃げなかったんだ?」

迅くんの問いかけは彼にしか出来ないものだ。私が警戒区域外に逃げるかどうかを悩んだのは私だけしか知らないはずなのに迅くんは知っている。それはあり得た分岐だったということだろう。

「今までなら迷わずサイドエフェクトに従ってたんだろ?なんで…」
「だって私はもうボーダー隊員だから」
「自分よりも市民が優先ってこと?」
「私はそんな良い人じゃないよ。市民のためってよりはボーダーに迷惑をかけたくないの」

私の言葉に迅くんはなんとも言えない表情を作る。どこか怒ってるような、悲しんでるような。

「リン。おれはね、今朝からこの未来が見えてたよ」

そしてやはりというか、迅くんはこの未来が見えていたらしい。そのおかげで助けてもらえたのだから感謝しかない。

「リンが警戒区域外に逃げてたらリンはこんな怪我をせずに済んだしその可能性のほうが高かった」
「でもそれは町にもボーダーにも迷惑がかかってたかもしれないでしょ?」
「そうだな。町に被害が出てボーダーも緊急会見を開くことになるところだったよ。でもリンは無事だった」

ん?と首を傾げてしまう。なんだか迅くんの言ってることって私が怪我をしたり襲われたりしたのが嫌だった…ということなのだろうか。隊員としてはむしろ褒められてもいい行いをしたはずなのに迅くんはずっと不機嫌だし、自惚れてもいいのだろうか…?

「なに。迅くん心配してくれてたの?」
「……そんなんじゃないよ」

そんな私の自惚れを迅くんは一刀両断する。ですよねーなんて笑ってみせるけど迅くんは笑ってくれない。うっ、一体何が気に食わなかったのか。

「リンが襲われる未来が見えた時に教えていればリンは怖い思いも、怪我もせずに済んだ。でもそうすると確実に町に被害が出ていたんだ」

困惑していた私に迅くんは言葉を続ける。

「おれは町やボーダーのためにリンを見捨てたんだ。軽蔑した?」
「いや、しないけど」

私の即答に迅くんはやっと怒っている顔をやめて目をぱちくりとさせた。相変わらず好きな目だなーなんて思っていると怒っている気配はないものの、迅くんはまたしても眉を顰める。

「……え、なんで」
「だって私と迅くんの考えは一致してるじゃん。町やボーダーに迷惑かけたくないって。結果として大成功だしよくない?」
「リンを見捨てたのに?」
「見捨ててないよ。だって、助けに来てくれた」

それは図星だったらしく私の言葉に迅くんは黙ってしまう。私からすれば迅くんが助けに来てくれた事実が嬉しいのでこの分岐で正解だったってことだし。

「それにもし迅くんから教えてもらってたとしても私は警戒区域外には逃げなかったから気にしなくていいよ」

まあ迅くんの言う通りなら私は警戒区域外に逃げる可能性のほうが高かったらしいけど、今迅くんの目の前にいるのは警戒区域外に逃げなかった私なのでその分岐は忘れていいと思う。
私の言葉を聞いて難しそうに目を瞑っていた迅くんはおーーっきな溜息をついて、次に目を開けた時はいつもの穏やかな表情に戻っていた。

「リン、狙われやすいって自覚もっと持ちなよ。トリガーをメンテナンスに出す時は外出は極力控えて」
「えーでも今日は学校で…」
「次からは休んで。いいね?」

迅くんは有無を言わせない声色でそう言うと私の目の前にしゃがみ込む。

「その足じゃ歩くのキツイでしょ。とりあえず本部の医務室まで連れてくから」
「お姫様抱っこ?うわー格好良いなぁ迅くん!」
「どうやって背中で抱っこすんの」

ほら、やめるよ?と急かされて私は遠慮なく迅くんの背中へと乗っかることにした。これは嬉しい。足一本怪我した甲斐があったな。

「おもっ」
「うっそ。女の子に夢見てるんじゃない迅くん?」
「うそ。換装してるから軽いよ」
「それフォローになってませーん」

いつものように軽口を言い合って、ご褒美のおんぶを堪能しながら迅くんは本部へと向かってくれている。そういえば、

「何に怒ってたの?」
「え?」
「迅くん。最初怒ってたでしょ」
「怒ってないよ」

なんて凄く上機嫌な声で言われてしまってので私もそっか。と言ってこの話は流すことにした。怒ってたと思ったんだけどなぁ。でも迅くんに怒られるのは嫌だし、機嫌も治ったみたいだからいいや。

本部に着くまでの間、私達はいつものように他愛のない話をしては好きだと伝えて、またいつものように流されるのだった。




怒ってたよ。
リンを優先しようとしたおれにも。
リンを優先しなかったおれにも。
そもそも天秤にかけてるおれにも、ね。







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