彼女の選んだ未来


「私は迅くんのこと好きだけど、迅くんが嫌なことはしたくないから…もう近付かないでって言うならそうするけど」

おれのことを好きだと言い続けるリンはおれのことをなにも分かっていない。


未来が見える。
聞こえはいいけれど実際は生き地獄だよ。未来ってのは良いものばかりじゃないからね。むしろ悪い未来のほうがよく見えるししかも脳裏にこびりつく。このサイドエフェクトと付き合っていくのは思った以上に精神力を使うし思った以上に上手く付き合うことは出来なかった。

そんな生活の中で一つだけ学んだことがある。
それは「一番大切なもの」を極力作らないこと。大切なものが出来てしまうとこのサイドエフェクトは一気に付き合うのが厳しいものになる。だって私情が生まれてしまうから。そしていつでもその私情を優先出来るわけでもないから。
母さんが死んだ時も、最上さんが黒トリガーになった時も、別の未来だって見えていた。それでも二人は死んでしまった。助けることが出来なかった。見捨ててしまった。

あんな思いをするくらいならおれは一番大切なものはもういらない。失うくらいなら最初からいないほうが楽なんだ。もちろんボーダーも玉狛支部のみんなも「大切」ではあるけれど今回のメガネくんやチカちゃんの件でよく分かった。おれは今のおれの「大切」の枠に入ってる人達なら切り捨てられるって。

「リンさ、おれのことほんとにまだ好きなの?」
「好きだよ」

なのに。
その枠外にいこうとしてくるやつがいる。

「おれのことなんも分かってないのに?」

おれがこんな感情を抱いてることなんて全く気付いてないだろう。リンはただ、好きだと。自分の感情を損得なしに伝えてくる。最初は適当に流していた言葉もおれの日常になってしまった。だから体を重ねたあの時、おれはおれのためにも線引きをしたんだ。「リンのことは絶対に好きにならない」って。

それでもリンは変わらなかった。別にいいよって言っておれを許すんだ。無理矢理体を開いたことも、気持ちを拒絶するようなことを言ってもリンは変わらない。おれはいつの間にかそれが嬉しくて、リンがいつもおれの未来にいることが支えになってしまっていた。

リンがおれの未来から消えることはなかった。
今この瞬間までは。

「なに。おれの全部を分かってほしいってこと?」
「…いーや。リン、おれが一番嫌がることを言ったよってこと」
「え、うそ。ごめん」

もう近付かないでって言うならそうするけど。
リンがそう言った瞬間、おれの未来からリンが消える分岐が初めて見えた。それが凄く嫌で、それを凄く嫌だと思っているおれ自身が嫌で。

「じんく、」

リンの両手首を掴んでそのまま壁に押し付けて唇を重ねる。リンはすぐに受け入れてくれた。お互いの舌を出し入れして絡め取る。何度も何度も、ここに存在していることを確認するように。

「いつも突然だね、迅くんは」

唇を離すと少しだけ頬を紅潮させながらリンがいつものようにおれに声をかけてくる。リンを壁に押し付けたまま、おれは八つ当たりのように口を開いた。

「おれさ、大切なものはもういらなかったんだよ」

こんな思いをするくらいならもういらない。
そう思ったからいつも線を引いていたのにどうして、

「嫌なんだよ、邪魔なんだ。リンといると苦しい。でもリンがいないのはもっと嫌だ。だから、」


──今回の大規模侵攻ではチカちゃんを最初から換装させずに早いうちにリンにメテオラを撃たせていたらリンが狙われる未来もあった。そして最悪の場合では攫われる未来も。

おれのサイドエフェクトは私情を挟むことは許されない。最大の反則みたいなものだ。そんな反則のせいでメガネくんは死にかけてチカちゃんには怖い思いをさせてしまい、遊真からレプリカ先生を奪ってしまった。それがどうしても許せない。なのに、心のどこかでリンが無事で良かったと思ってしまっている自分が一番許せなかった。

「……未来がぐちゃぐちゃだ。おれ、リンといたほうがいいのかな。それとももうこれっきりにしたほうがいいのかな」

正解なんていつも分からなかった。
どちらのほうが被害が少ないとか、ボーダーに有利に働くとか。そういうものは推測出来るけど結果に感情は伴わないから。被害が少なかろうとボーダーに有利に動こうと喜ぶ人もいれば悲しむ人もいた。
おれはリンといることでどこか安心して、そしてこのままだと本気で失いたくないと思ってしまうかもしれない。だけどおれのサイドエフェクトはおれの気持ちなんてお構いなしに未来を見せつけてくる。もし、リンを大切だと思ってしまって、そしてまた、

「いつも迅くんは色んなものを見て、人よりもいっぱい選んできたんだね」

おれが頭の中でぐるぐると考えているとリンのいつも通りの声が響いた。

「じゃあ、それは私が決めてあげる」

いつも通りの笑顔。いつも通りの声。
未来ではなく、おれの、日常。

「私と一緒にいよう!幸せにするって言ったでしょ?それにこれは私が選んだ未来だから迅くんは関係ありません」

責任は私が取ります。
そう言ってリンが笑う。おれの未来にはいつも楽しそうに笑うリンのこの笑顔が広がった。

リンがいる未来が見える。いつも笑ってるリン。この笑顔を失うのがいつからか怖かった。だからおれにはどうしてもその未来が選べなかったのに、リンは迷うことなくその未来を選ぶ。
これは、リンが決めたおれが幸せを感じる未来への分岐──

「……まいった、降参だ」
「お。迅くん幸せになれるよ!おめでとう!」
「いや、どんだけ自信あるわけ?」

リンの両手首を離すとリンはすぐにおれに抱きついてきた。

「だって、私のサイドエフェクトがそう言ってるもの」

大切なものが出来てしまった。
抱き締め返すと暖かくてその存在に安堵する。それが凄く怖くて、そして満たされていることを実感した。
おれたちにどんな未来が待っているかは分からないけど、もう一度だけ。大切な人と生きるのを許してくれないか、おれのサイドエフェクト。






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