子供を信じよう



慶からの提案を聞いてどうしたものかと腕を組んだ。アフトクラトルが攻めてきて以来、考えることが多すぎて時間はいくらあっても足りない。そんな時にまたしても頭を悩ませる提案を慶は持ってくるのだ。

「リンは強いぜ。きっと忍田さんも手合わせしたらうちに欲しくなるよ」
「彼女が相当な手練であることはログで確認済みだ。が…」

慶の提案は至極単純で今回の侵攻で捕虜となったリンという近界民をボーダー及び自分の隊の隊員として採用してくれとのこと。彼女は見合う報酬さえ与えればこちらについても良いと言ったらしい。確かに彼女はヒュースとは違いアフトクラトルに忠誠心があるようには見えず、エネドラとも違いアフトクラトルに執着があるようにも見えなかった。
空虚。奴隷として長い日々を送った彼女は役目を果たせずに終えてどこか燃え尽きてしまったようにも見えた。そんな彼女は一度剣を交わえた慶には私達よりも心を開いているらしく条件によってはボーダーにつくことを是としていると…。

「彼女の提示した条件は?」
「満足のいく衣食住。住むとこは俺の家でいいかなーって。今一人暮らしだし」

……慶の家に?若い女?

「駄目だろう!」
「おわ!びっくりした!」

思わずバンっ!と机を叩いて立ち上がってしまう。

「慶。お前のことは信頼しているがお前の女関係は信用していない。彼女を家に置いたら間違いなく手を出すだろうお前は!」
「ひど!忍田さん俺のこと信用してないの!?」
「貞操観念に関してはしていない」

げーっ、と慶は苦い顔をする。
慶は成績こそ悪いものの戦闘時は頭の回転が速く攻撃手としても文句のない信頼に足る男だ。だが女性関係に関してはまだまだだらしがない。一度私に酷く叱責されてからは派手にやることはなくなったもののその根本が変わっていないことにも気付いていた。いずれは自覚するだろうと親でもない私はあえてそれ以上口を出すことはなかったが今回は出させてもらう。

「でもリン、俺の家に住みたいって言ってたぜ?」
「何…!?」
「ほらそれに、あいつ近界民だからボーダー内の部屋とかに住ませるのもまずくない?忍田さん」
「……!」

こういう時の慶は本当に頭が回る。この男は案外交渉が上手い。もしリンが本当にボーダーに入隊するとしても混乱を避けるために近界民であるということは遊真君同様伏せてもらう必要がある。慶が言うようにボーダーにはスカウトした隊員や志願した隊員に部屋を貸すこともあるがリンもそこで一緒に生活をさせれば近界民であるということがバレるのはまず間違いがない。……。

「慶」
「ん?なに忍田さん」
「彼女は本当にお前の家に住みたいと言ったのか?」

俺の言葉に慶は降参とばかりに両手を挙げて笑う。

「言ってない。というかまだ聞いてない」
「…そうか。なら、私が聞こう」




「ケイの家に?」

食事を摂るようになったリンは以前よりも顔色が良くなり、そして慶と交流させるようになってからは少し私達に対しても警戒心が解けたように見える。そんな彼女に私は尋ねた。「慶の家で暫く過ごしてみる気はあるか」と。

「君は確かに近界民だが女性だ。一つ屋根の下に男女で過ごすのは私はあまり良く思わない…が。リン、君はどう考える?」

そう尋ねるとリンは表情を変えずに口を開く。

「衣食住を提供してもらえるならどこでも構わない。報酬に見合った働きはする」

なんて。人間味のない言葉なのだと改めて思い知らされた。これが奴隷として、契約のためだけに生きてきた人間の考えなのか。

「……わかった。慶」
「はいよ」

私は慶にこっそりと耳打ちをする。

「彼女の承諾がない限り手は出すなよ」
「わかってるって。忍田さんに怒られるのやだし」
「…あと、彼女とよく向き合ってやってほしい。慶なら大丈夫だと私は信じている」
「? 向き合うって、なに…」

慶の問いかけには答えず私は再びリンの元へと歩み寄る。姿勢も良くしっかりと私を見据えるリン。けれど私から見ればまだ子供だ。もっと力を抜いていい。

「わかった。リン、君にはボーダー隊員として働いてはもらう。だが、こちらで歳相応に楽しむといい。君はまだ子供なんだから」
「? アフトクラトルでは成人している」
「私から見れば君も慶もまだまだ子供だよ」

ぽん、と頭を撫でればリンは不思議そうな顔で私を見つめていた。


さて。
晴れて私には城戸司令及び上層部に「リンを近界民ということを伏せてボーダー隊員として入隊させる」という難題をぶつけなければならないという大きな仕事が誕生したわけだが、彼女がかなり協力的であったこと。迅の未来予知により今のところは裏切る可能性はないとのこと。そして味方になれば頼もしすぎる腕前を買われ条件付きでの入隊を認められた。


一つ。脱走及び裏切りを行った場合、忍田真史が全責任を負うこと。
一つ。脱走及び裏切りを行った場合、太刀川慶及び太刀川隊で処罰を下すこと。


迅の予知があってもこの二つの条件は譲れず慶とリンに確認し、二人からも了承を得たため近界民であるリンはボーダーへと入隊することになった。




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