可愛いじゃん
『なんだ、あいつ生き残ってんのか。あいつのとこの奴隷は使い捨てが普通だからてっきり死ぬまで動いたのかと思ったぜ』
「奴隷…使い捨て……リンは今回の作戦の真意やアフトクラトル内部のことは殆ど知らないと言っておる。それは本当か?」
そう尋ねると黒いトリオン兵……エネドラは「ヘェ」と楽しそうに目を細める。
『あいつの役割は捨て駒だったらから何も知らねーだろうな。あそこの主君は俺達に死んでも構わないってあいつを貸してきたぜ。今頃ハイレインのクソ野郎に貸しでも作った気になってるだろうよ』
「ヒュースとは全く違う。貴様らの国は主君が違うだけでこうも下の者の境遇が変わってくるのか」
『どの国でも同じだろ。子は親を選べねーってやつだ』
それにしても、とエネドラは続ける。
『あいつ名前あったんだな』
エネドラのその言葉に捕虜となったリンという女がいかに人間扱いされてこなかったかを再認識させられるのだった。
ボーダー内のとある部屋。外からロックが出来る仕組みになっていて中から出ることは出来ない。壁もトリオンで出来ているからトリガーを使わない限りこの部屋からは出られない仕組みになっているとのこと。こんな部屋があったのも初耳でボーダーって捕虜とか捕まえる気あったんだなーと感心をしたほどだ。
さて、何故俺がこの部屋に呼ばれたかと言うと。
「おーい。リン、なんで飯食わねーんだよ」
リンが捕虜となって今日で3日目。鬼怒田さん曰く特に隠すこともなく聞いたことには答えたらしい。だけどリンは食べ物を口にしなかった。食事を出すと「換装の許可を」と言うらしく、それを却下するとリンは食事には口をつけずこの3日間水だけしか摂取していないとのこと。流石に弱っているようで覇気もない。リンを連れてきたのは俺で、彼女と一応面識があるためお前からも説得してくれと鬼怒田さんから頼まれ粥をリンの前に置くとリンはそれに目をやった後、
「…換装の、許可を」
鬼怒田さんが言っていた通り弱々しくそう呟いた。
「換装するのはダメだってよ」
「……そう」
リンは対して期待もしていなかったのか俺の返事を聞くなり目を閉じてしまう。このままだと餓死するぞこいつ。折角拾った命をまた捨てる気か?
「なあ、なんで換装したいんだよ」
「? トリオンは食事の対価でしょ…」
「は?トリオン?たいか?」
「タダの食事は…ロクなことがない…」
あーあれか。俺たちで言うタダ飯は嫌だってやつか?まあ俺は奢られる飯も好きだけどな。
なるほど。つまり対価を払わせればリンは飯を食うわけだ。金が手っ取り早いけど近界民のリンが持ってるわけないしな…。
「リン」
「?」
俺が名前を呼ぶとリンは弱った表情で顔を上げた。そしてその唇に俺の唇を重ねて、触れるだけですぐに離した。
「はい対価もらった。ほら、食え食え」
「今のが…玄界での対価なの?」
「まあ対価になり得るな。あ、でも俺以外とはすんなよ。痴女って言われんぞ」
「ちじょ…?」
「ま、ボーダーにいる間は飯の心配はしなくていいぜ。出されたもんは食う。それがこっちの礼儀みたいなもん」
だから食え!と粥が入った器を差し出すとリンはやっとその器を受け取って、器と俺を何回も交互に見やる。笑って頷けばリンはスプーンを手にして粥を口へと運んだ。
「! おいしい…」
「ははっ、そりゃよかった」
久々の飯が嬉しいのか、リンは目を輝かせて粥を食べていく。…初めて見た時も思ったけど美人なんだよなーこいつ。見てて飽きねーし。
忍田さんも鬼怒田さんもリンの処遇に困っている。アフトクラトルに忠義がある感じでもないらしく、だからと言って俺達に寝返る決定打もないと。俺との戦闘のログを見てこっちについてくれるなら有難いらしいけど。決定打ねぇ。
「なあリン」
「…なに?」
「おまえさ、ボーダーに入って俺の隊に来いよ」
俺の問いかけにリンは殆ど空になった器を机に置いて俺に向き直る。その表情は真剣で俺も目を逸らすことは許されなかった。
「それは、寝返れということ?」
「そーいうこと」
俺が即答するとリンは眉間に皺を寄せて難しい顔をする。今回捕まえた捕虜はあと2人いるらしく1人はこちらに寝返る…とまではいかなくても協力する可能性がかなり高いらしいがもう1人はまず寝返ることはないと言われていた。さて、リンはどうだ?
「…主は私が使えるうちは衣食住を与えてくれた。私の命は主のものだった。玄界は…ケイは私に何を与えてくれる?」
リンは奴隷だったらしい。
おいおい、いつの時代の話だよと思ったが近界は戦争も盛んに行われていて俺達の常識は通用しない。リンの言う通りこいつの命はその主人の気分次第では簡単に摘み取られてしまっていたのだろう。
いやいや勿体ねーだろ。見た目も良いけどそれ以上にあれだけの腕を持つ女なんてなかなか見つからねーぞ。どうせ死ぬくれーなら、
「ボーダーで活動すんなら金も出るし食う寝るには困らないよう俺が上に頼んでやるよ。なんなら俺が養ってやろうか?」
ボーダーで稼いだ金はそんなに使ってないしな。外で遊ぶよりもランク戦してたほうが楽しかったし。リン1人くらいなんとかなるだろう。
俺の提案にリンは目を見開いて何度も瞬きしている。今日はいろんな表情を見せるな。
「どうして、そこまで」
どうして?…たしかに。
あんま難しいことは考えてない。柄じゃないし。
「ぶっちゃけ気に入った。リン、お前が欲しい」
そんで今度は本気の勝負がしたい。
あの時の高揚感が忘れられない。
俺は間違いなく目の前の女に今まで感じたことないほど興奮していたのだから。
「へんなひと」
だというのに。
リンは普通の女の子のように微笑んで首を傾げるのだから少し調子が狂っちまった。
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