好きなやつ



※「好みのタイプ」から結構経った話



週に一回。相手の都合さえ良ければリンは鈴鳴支部に訪れていた。
理由は今に料理を習うためである。世話になっている太刀川に何か出来ないかとリンが国近に相談したところ、いくつかの候補の中に「一緒に住んでるならご飯作ってあげるとか?」と言われ、その流れで国近の紹介で料理上手の今を紹介された。
今は教え方も上手く気立ても良く、これからも料理を習いたいと頼めば快く承諾してもらえた。リンは一人で行動することは推奨されていなかった。太刀川や忍田のおかげでボーダーに入隊出来たものの、リンは元々この国を侵攻してきたアフトクラトルの一人であり、自由が許される立場でないことは自覚していたが、思った以上にこの国の人間は自分に甘かった。今回も鈴鳴支部に行きたい理由を嘘偽りなく述べれば、一人で行く際は発信機付きのブレスレットを装着することを条件に許しが出たため現在に至る。

「うん、美味しく出来た。はい、これレシピね」
「ユカ、ありがとう」

リンは他の隊員達には「外国育ち」と通達されており、まだ漢字が苦手なことを今に伝えると律儀にもレシピの漢字に全て平仮名でふりがなを振って今はリンに対応してくれた。優しく聡明な今を国近がとても慕っている理由がよく分かり、リンも今のことを尊敬し慕っていた。
今のおかげでリンはこの国の料理を色々と作れるようになり、太刀川もそれを喜んでくれている。それがリンは何よりも嬉しかった。

「あ、リンさん!おつかれさまでーっす!」
「リン。そうか、今日は今の料理教室の日か」
「太一、鋼くん。おかえり」

ガチャ、とドアを開けて姿を現したのは鈴鳴支部の隊員である別役と村上である。リンが二人に頭を下げると二人ともいつもように笑顔で対応してくれる。
鈴鳴支部にはもう一人来馬というこの部隊の隊長がいるが彼も、そして他の三人も人間性に長けていてとても居心地の良い部隊である。村上とリンは手合わせをしたことがあるが村上はかなり手強く、守りに入られるとリンでも崩すことが容易ではない実力者である。そしてそれは村上も同じで、何度か「学習」をしても勝ち越せないリンに少なからず驚いていた。太刀川とリンはほぼ毎日模擬戦をしていると聞けば納得をせざる終えなかったが。

「あ!そういえばリンさんに見せたいものがあったんですよ!」
「見せたいもの?」
「ちょっと待っててくださいねー!」

ドタバタと派手な音を立てながら別役はこの場を後にする。騒がしい様子に今には転ぶわよ!と注意を受けているが返事はない。今は全く、と溜息をつき、その様子に村上は笑いを溢す。別役はいつも賑やかで場が明るくなるという印象をリンは抱いている。彼のような人はきっと周りから好意的に思われるのだと思う。リンも別役のことも、鈴鳴の隊員のことも好ましく思っていた。

「お、これもリンが作ったのか?」
「ほとんどユカに教えてもらったけれど」
「そんなことないわよ。リン、どんどん手際が良くなってるもの」

今日習って作った料理を見て村上が美味しそうだ、と言う。今に教えてもらった料理はどれも美味しいためその感想は間違ってないだろう。リンの作ったものは太刀川に。そして今の作ったものは鈴鳴支部の隊員で食べることになっているので村上もこの料理を食べてその美味しさに満足することだろうとリンは思う。いつも太刀川がそうしているように。

「あったあった!これです!」

戻ってきた別役が一冊の雑誌をリンの前に差し出してくる。雑誌はリンにとってはまだ読めない文字が多く、振り仮名が振られていないことも多いため写真を楽しむものとして認識している。そして別役が数ページ捲ると見覚えのあり過ぎる人物の姿を見つける。

「ケイ、」
「太刀川さんだ」
「そう!これ去年のボーダー特集のやつ!太刀川さん載ってたんですよ」

そこに載っていたのは間違いなく太刀川であり、小さな文字で色々と何かが書かれている。有り難いことにこの雑誌には振り仮名が振ってあるため、ゆっくりならリンにも読めるだろうと嬉しくなる。なんて書いてあるのだろう。最初のほうは太刀川の言葉ではなく、どうやらこの記事を書いた人物の言葉のようだった。ゆっくり、噛み締めるように読み進めていると突然村上が声を上げた。

「あ」
「?」
「あー、リン。そういえば太刀川さんは最近個人ランク戦に参加してるのか?」
「ケイ?してる」
「そうか…俺も手合わせをしてもらおうかな」

と。
そんなことを言いながら何故か村上は雑誌の右側のページに手を当ててしまう。村上の手によってそのページの内容を読むことが出来ない。村上の手が置かれているページにも確かに太刀川の姿が載っているため、リンは出来れば手を避けてもらいたかった。どうしようか、と悩んでいると楽しそうな別役の声が響く。

「あ、そういえば太刀川さんの好きなタイプって明るくて元気な子なんですね!」
「えっ」
「リンさんとは真逆だな~って思ったんで印象に残っちゃって」
「「太一!」」

その言葉に今と村上が一気に別役に詰め寄る。リンと別役はその行動に驚いたものの、そのおかげで村上の手が雑誌から離れたため隠れていた部分に目を通すと大きな文字で「好きなタイプは明るくて元気な子」と先ほど別役が言ったことと同じように書かれている。
あかるくて、げんき。

「……まぎゃく」

別役が言ったように明るくて元気、とはどう考えても自分のような人間ではないことをリンは十分理解している。それこそこの場でその表現が一番当てはまるのは別役であり、リンの所属する太刀川隊では自分ではなく国近を指す言葉であるとも理解出来た。

その後、自分の発言に否があると思ったのか別役は何度もリンに謝った。それに加えて村上と今はリンを元気付けるように色々とフォローを入れていたがその言葉はリンにはほとんど届かず。その実、リンは別役が自分に謝った理由もよく分かっていなかった。別役は事実を述べただけなのに、何を謝っているのか。リンは最後まで分からなかったけれど別役の謝罪には大丈夫、と繰り返し答えるのだった。





久々に個人ランク戦に顔を出した村上を捕まえて戦ってみたものの今日の村上は調子が悪く、途中で「集中しろ」と進言をしてやっと9-1という結果に終わった。最初の数本は褒めれたもんじゃなかったが後半の数本はいつも通りの村上に戻ったため、そういう日もあるかと思って話していると村上が少し気まずそうに言葉を濁す。

「あの、太刀川さん」
「なんだ?」
「えっと…リン、元気ですか?」
「リン?いつも通りだけど。なんか気になんのか?」
「実は…」

太刀川の問いかけに村上は申し訳なさそうに理由を説明する。簡潔に言うと、太一が太刀川の好きなタイプはリンとは真逆だと言って落ち込ませてしまったとのこと。あー、あの日のことかと。確かに太刀川には思い当たることがあった。

「つーかなんでそんな話になったんだ?俺、太一に好きなタイプとか言ったか?」
「いえ、太刀川さん去年雑誌で特集を組まれてましたよね。その雑誌を太一が持っててリンに見せたんです。で、そこにそう書いてあって…」

村上の言葉になるほど、と合点がいく。
雑談の中で好きなタイプは?と聞かれることは誰もが経験したことがあると思われる。その問いに対して太刀川は真面目に答えたことがなかった。好きなタイプ、と言われてもよく分からなかったからであり、それは正直今も変わっていない。敢えて言うのなら太刀川はスタイルの良い女が好みではあったが、そう答えれば見た目だけしか見ないなんて最低。と女ウケが悪かったためこの質問自体好きではなかったのだ。
よって。この時の雑誌のインタビューでも太刀川は適当に答えていたことを思い出していた。

「ああ、あの時のか。あんな前のやつよく取ってあったな~」
「太刀川さんの記事が載ってるやつは貴重ですからね」
「はっはっは、まあ確かに」
「その様子だと、大丈夫そうですね」

村上がほっとしたように言う。
村上の様子から察するに、リンは鈴鳴でも取り繕えないほど意気消沈していたのだろう。その原因が自分が太刀川のタイプではないから、というのは見方を変えれば惚気になり得ないだろうか?と頬が緩みそうになるがこの感じからすれば惚気どころか気まずい雰囲気になるほどの状況であったのが手に取るように分かる。それを本気で心配してくれた鈴鳴のやつらも、そんなことで落ち込むリンも太刀川にとっては可愛い奴らでしかなく我慢出来ずに少し笑いが溢れてしまう。

「太刀川さん?」
「悪い悪い。まあ確かにちょっと凹んでたかもな」
「うっ、申し訳ないです…」

村上が心配したように、あの日のリンは実際はかなり落ち込んでいた。元々顔に出るタイプではないが明らかに元気がなく、決定打だったのは今のところに行った日にも関わらず意気消沈していたからである。
リンは今の料理教室をかなり気に入っている。いつもはそこまで口数が多くないリンだが、今のとこに行った日はこういう料理を作った。とどこか楽しそうに太刀川に報告することが多かったのだから。太刀川にとってもお気に入りのひと時であるその報告があの日にはなかったのだから、さすがの太刀川でもすぐにリンの様子のおかしさには気付いたのであった。

「なんで村上が謝んだよ。太一も悪気があったわけじゃないだろ」
「それはそうですけど…」
「それに。案外悪くなかったぜ」
「?」

今思い返しても頬が緩んでしまう。
リンは村上たちが思ってるよりもずっと可愛くて。そして太刀川はそんなリンを──





今のところから帰ってきたリンはいつものように作ってきた料理をテーブルに並べる。おかえり~と言って後ろから抱きつけばいつもとは少し様子が違い、ちょっと困ったようにただいま。と返された。お?と違和感を感じたものの怒った様子はない。というより、リンが自分に対して怒ったところを太刀川は見たことがない。リンが自分に物凄く甘いことを太刀川は自覚している。
違和感は覚えたものの、リンに食べようと促されて料理を口にすればその美味さに頬が緩む。流石今。そしてリンの料理の腕もどんどん上がっていて今となっては何を作っても美味いので大変満足である。
だけどやはり違和感は消えない。というか珍しくリンが凹んでいる気がする。

「なんか元気ないな。どうした?」

そう聞くとリンは眉を八の字にして太刀川を見つめる。え、何その可愛い顔。と思ったものの茶化す雰囲気でもないためどうしたんだよ~と再度聞けばリンは気まずそうに口を開く。

「ケイは、明るくて元気な子がすき?」
「は?何の話?」

突然のリンの言葉に太刀川は面食らってしまった。マジでなんの話?
リンとこういう関係になってから太刀川は他の女とセックスどころか二人で遊ぶことも無くなった。浮気という線はない。鈴鳴の奴らに何か吹き込まれたのか?と問えばリンはそうではないけど。と、何があったのかを話してくれる。意味不明な情報はどうやら太刀川が以前載っていた雑誌から仕入れた情報だったらしい。しかしながら太刀川はいつのことか、どの取材のことか未だに思い出せない。それもそのはず。下手なことは言うなと言われ、基本的には適当に受けた仕事の一つであったのだから。

「あー…んー?俺そんなこと言ったっけ?」
「書いてあった」
「あんま覚えてねーけど…あー、でもそんなこと聞かれたな確か」

ほとんど覚えていない記憶をなんとか手繰り寄せる。そうだ、あの時、えーっとたしか…根付さんのやつか、と。太刀川はやっと思い当たる仕事を思い出してきた。
好きな女性のタイプは?と聞かれて「そうだなぁ、スタイルが良くて」まで言うと同席していた根付が大きな咳払いをする。あれがなければ「セックスしても後腐れのないやつ」と今思えばなかなか凄い発言を太刀川はするところだった。

「太刀川くんは、明るく元気な女性に惹かれるとか」

と根付が助け舟を出してきたので「ああ。そういう感じ」と答えれば記者は満足そうにそれを記事にしたのだった。
ちなみに。根付から忍田にこの件は報告されこっ酷く叱られたのは太刀川にとって苦い記憶である。

「まあ、あれだな」

そんなほとんど覚えてもないようなことよりも明確に分かることがある。

「好きなタイプは覚えてねーけど、好きになったのはリンだったな」

どれだけ好きなタイプを聞かれようと、結局惚れた女はリンだったのだ。好きになった相手がタイプ、と聞けば耳触りのいいことを。と鬱陶しがられるかもしれないし太刀川自身も何言ってんだこいつ?と信じないタチであったが、実際自分が同じ立場に立ってみればこれ以上に的確な答えはないだろう。
好きなタイプ、今度からはリンって言うか。と言ってみると思っていた反応とは違ってリンは驚いたように目を見開いた後、ぷいっと無言で顔を、それこそ耳まで真っ赤にして太刀川から顔を逸らしてしまう。えっ。

「リンちゃーん?もしかして照れてる?」
「………照れてない」
「じゃあこっち向いてくださーい」

そう言うとリンはやっぱり顔を真っ赤にして、なんなら少し目を潤ませた表情を見せてくれる。茶化すつもりも揶揄うつもりもなく「マジで可愛いなおまえ」と伝えればリンは恥ずかしそうに、だけどさっきまでとは違って嬉しそうな目で太刀川を見つめた。
そんな嬉しそうな顔してくれんなら、いくらでも好きだって伝えんのにな。
この後可愛すぎるリンを美味しく頂いたのは言うまでもない。





「村上は好きなタイプとかあんの?」

太刀川の問いかけに村上は悩んだ表情を作る。
やっぱそうなるよなと太刀川は「はははっ」と笑う。この質問は困るんだよなと言えば村上は確かにそうですね。と返した後に素直な返事を返してくる。

「……あんまり考えたことないですね」
「だろ?そんなもんなんだよ好きなタイプなんて」

大体、タイプなんて聞かれても性格は付き合っていくうちに分かるものなんだから第一印象は見た目になるだろうし。だから見た目で答えれば太刀川は内面を見てないとか意味分からないことを言われる。
この質問あんま意味ねえよなと言えば村上は分かります。と頷く。

「でも、好きなやつなら聞かれたらすぐ答えられるぜ」

好きなタイプ、じゃなくて好きなやつ。ならすぐに思い浮かぶしな。
太刀川の言葉に村上は珍しく驚いた表情を作って、その言葉の意味を察したのか安心したように頬を緩めた。

「……太刀川さん、滅茶苦茶格好良いですね…」
「はっはっは、見直したか?」

太刀川にも村上にも同じ人物の姿が思い浮かんだのは言うまでもない。





back


×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -