埋め込まれたトリガー



前にアフトクラトルの人型近界民の戦闘映像を見たことがある。リンともう一人の捕虜の情報はボーダーに入隊させたため秘匿とされているけれど他の人型近界民の戦闘映像はA級以上の隊員ならいつでも閲覧出来ることになっているからだ。それを思い出してふと。

「そういえばリンはツノついてないよな」

アフトクラトルの奴等はリンと一人を除いてツノが付いていた。あれが付いてるやつには注意しろとは言われていたが付いていないリンも強かった。てっきりアフトクラトルの奴等は大抵ツノ付きかと思っていたんだけど違うみたいだ。

「ツノ。トリガー角のこと?」
「そうそう。あっちでは流行ってんのか?」
「あれは高価なものだから私達のような使い捨てに付けられることはない」

なるほど。
こっちの国でいうエリートみたいなもんか。まああんなもんが無くてもリンの腕は確かだし、仮に付いていたとしても俺も負ける気はなかったけどな。

「ふーん。まあ別に良いんだけど。鬼っ娘みたいで可愛かったかもな」
「おに…?」

残されていた映像には黒いツノを生やした女の近界民がいた。リンにツノが付けられていたらあんな感じだったのだろう。まあツノがあっても無くても可愛いからいいけど。

「じゃあリンはあの刀のトリガーだけで戦ってたんだな。今は本部に預けてんの?」
「違う。私のトリガーは耳に埋め込まれている」
「え、まじ?」

そう言うとリンは右耳に髪の毛をかけて耳を露出させる。ただ耳を見せるためのその仕草が妙にそそる……じゃなくて。こほん、と咳払いを一つするとリンはそんな俺の様子には全く気付かずに口を開いた。

「もう殆ど同化しているから切り離さない限りは取り除けない」
「へぇー。凄いことするなアフトクラトルって」
「トリガーを他に奪わせないため。死んだら耳を切断して回収するためと言っていた」
「相変わらずえげつねえな。でも良かったな。こっちに来たからリンの耳はもう安全…」
「んっ!」

耳に触るとリンが少し高い声を出して俺の手から逃れるように身を捩った。…えっ。

「…………」
「…………」
「え、耳弱い?」
「よわくない」
「ふーん…」

なんだか意地を張っているもののさっき触れた耳がどう見ても赤くなっている。リンも嘘をついた自覚があるのか少し居心地が悪そうだ。……そんで俺の悪戯心もくすぐられたというかなんというか。

「なぁ。耳、触っていい?」
「! ど、どうして…」
「な、お願い?」

これは完璧な意地悪で確信犯である。
リンは俺がお願いをすると大抵なんでも聞いてくれる。いやまあ、そんなに酷いことをお願いすることはないんだがリンは俺に甘い。だから無理強いしたりするのはやめようと俺も思っている。思ってはいる。

「………少しだけなら」

リンは少し困った表情を浮かべたままやっぱり俺のお願いを聞いてくれる。…罪悪感が湧かないわけでもないのでさっさと確認してしまおう。まあほぼ確信しているんだけど。

「じゃあ、失礼」

そう言ってリンの耳に再び触れるとびくっ、とリンが体を揺らす。それに気付かない振りをしてふにふにと柔らかい耳を触り続けると、

「んっ、…んん、……っ」

……なんともまあ。股間に悪い声を出すじゃねーか。しかもチラリと表情に目をやると眉間に皺を寄せて目を瞑り、頬を赤らめてるときた。……いや、あのさぁ…。

「ひぁ!?」

べろり、と。
耳を思い切り舐め上げるとリンは想像だにしていなかったのか大きな声を上げた。そのまま耳たぶを甘噛みして、舌で耳の中を突くとリンが両手で俺の体を押し戻そうとしてくる。

「んっ、ケ、ケイ……!なに…ひっ!?」
「リンさぁ、耳だけでそんなエロい顔すんのは反則じゃね?」
「い、言ってる意味が…、ひぁ、…っ!」

俺からなんとか逃れようとするリンともう既に逃す気のない俺の攻防はいつの間にかリンを押し倒す形になっていて気付けばさっきまで耳を苛めていた俺の唇はリンの唇に重ねられその口内を蹂躙している。最初こそ弱々しくも抵抗していたリンだったが観念したのか、受け入れてくれたのか。結局お互いそんな気分では無かったはずなのに俺達はそのまま数回肌を重ねることになったのだった。







「リン、俺以外に耳触らせるなよ」

なんて。さっきまで人のことを散々好き勝手にした男は真剣な表情でそんなことを言ってくる。
私の耳にはトリガーが埋め込まれている。形はもう認識するのも難しいため取り除くには右耳の切断しかないだろう。トリガーが埋め込まれているおかげで他の国の者ともこのように会話することが出来るのだろうと推測されている。私は今までのようにケイと会話をしたい。だからこのトリガーを奪われるわけにはいかず、それは結果として右耳は出来る限り人には触れさせないということになるためケイの望みには応えられるのだが。

「どうして?」

それは私の都合であってケイがこんな真剣に念を押すことではない。

「耳、弱いじゃん」
「よわくない」
「嘘つけ」
「……少しくすぐったいだけ」

ケイに耳を触られるとぞくぞくした。くすぐったくて、声が出てしまう。昔トリガーを埋め込まれた時は凄く痛くて、それから耳…特に右耳に触れるのすら怖くなってしまった。だから右耳を触られるとあんな感覚になるなんて私も今日初めて知ったのだ。

「つーか、めっちゃエロい顔してたからな?リン」
「……は?」
「もしかしてわざと煽ってた?」
「なにが…?」
「ほら無意識!絶対駄目!耳のお触りは俺以外禁止!」

そう言いながらケイは私のことを抱き締めてくる。あ、ケイの匂い。相変わらずこの匂いが好きな私は安堵感に満たされながら少し可笑しくて笑ってしまう。それに気付いたケイは嬉しそうに私に目線を合わせた。

「ご機嫌だな」
「心配しなくても、ケイ以外に触らせる気はない」
「……だから煽んなって」

煽ってない。と言うとケイはすごく満足そうな顔をして再び私を抱き締めてくれた。暖かい。
ケイ以外に右耳を触らせる気はない。体を許す気もない。私にはケイだけなのだから。だというのにこのように念を押してくるケイが可笑しくて、どこかくすぐったくて。これ以上とない満たされた気持ちで私は目を閉じるのだった。




耳にトリガーを埋め込まれた者のうち3割はそれが原因で命を落とした。何の処置もなくいきなりトリガーを埋め込むというこのやり方は危険なやり方で推奨はされていなかったらしい。それでも主はやめなかった。奪われず、回収するのも楽だからという理由で。私も耳にトリガーを埋め込まれた時は凄く痛くて、数日間高熱が出た。生死を彷徨って生き延びて、そしてまた生死を彷徨う。そんな生活を送っていたあの頃の私に教えてあげたい。

いつか。
そのトリガーを手にして最愛の人に出会える日が来る。そしてその痛みを乗り越えたおかげでその人と言葉が、そして心が交わせると。




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