好みのタイプ



太刀川が今まで付き合ったりヤってきた女はどちらかと言えば元気でよく喋る明るい女ばかりだった。表情をコロコロ変えたり、分かりやすく太刀川に媚を売ってきたり。そういう女を太刀川も可愛いと思ってはいたし好みのタイプを聞かれれば曖昧ながらもそういう風に答えることが多かった。

「ケイ。今日はユウとユカのところへ行く」
「りょーかい。晩飯はどうする?」
「ユカのところで習ったものを持って帰るつもり」
「やったね。楽しみに待ってるな」

そう言うとリンは少しだけ微笑んで国近と一緒に今のいる鈴鳴支部へと向かって行った。


リンはどちらかというと。いや、完璧に無口なタイプである。明るくもないし表情もそんなには変わらない。太刀川の好みのタイプであるとは誰もが思わないような相手だろう。
しかし太刀川は存外リンを気に入っている。例えば声をかければ必ず自分の顔を見て返事をしてくれるところ。例えば変化こそ乏しいものの意外と表情が変わるところ。そして太刀川にはかなり甘いところなど。そんな些細な部分を太刀川は悪くないと思っている。
しかしながら、リンは今まで太刀川が一緒にいた女とはまさに真逆のタイプであることは否めない。そんなリンに出会ってから太刀川はあんなにやめられなかった女遊びを全くしなくなっていた。

「よう。相変わらず仲が良いみたいだな」
「東さん。お疲れ様です」

太刀川とリンの様子を見ていたのか、東は緩い笑顔を浮かべながら太刀川に声をかけてくる。ボーダー内といえどリンの素性を知っている隊員は少ない。近界民をボーダーに入隊させるというだけでもイレギュラーな事態であるのに、リンはつい先日こちらの国を襲ってきた敵国の一人であるためその素性を知られるわけにはいかなかった。あの侵攻のおかげで太刀川はリンに出会えたのだからその一点だけは感謝していなくもない。一点だけは、だが。
東はリンの素性を知る一人であり、リンに関しては喋りやすい相手である。

「でも正直驚いた」
「何がですか?」
「太刀川が今まで手を出してたタイプじゃないだろ、リンって」
「リンにはまだ手、出してないですよ」

何か勘違いをされて、それこそ忍田にでも伝わったらたまったものではない。即座に否定すると東はなんだ、意外と頑張ってるじゃないか。なんて言って笑ってくる。どうやら太刀川が手を出したくてうずうずしているのは東にはバレバレらしい。ただでさえ勘の良いこの男に虚勢を張っても仕方がないためどーも。と濁した返事を返せば東は可笑しそうに笑う。

「すまんすまん、さっきのはそういう意味じゃなくてだな。太刀川がああいう物静かな子と関係が続くイメージがなかったんだよ」
「あー、まあ。確かに」

東が言うように確かに太刀川はリンのような口数が少なかったり、それこそ東が称するような物静かな女はどちらかといえば苦手な部類であった。そういう女は主張こそ少ないくせに、いざ関係を持つと面倒臭いことが多かったためである。

「でもリンは最初に戦った時から欲しかったんですよね」
「欲しかった?」

そう。太刀川は初めてリンと刀を交えた時からあの女が「欲しかった」

「直感?つーか、逃したくないというか。自分でもよく分からないんですけど」
「……直感ねえ」

あの時。刀を持って佇んでいたアフトクラトルの敵兵。その見た目からは信じられないほどの強さと隙の無さに今まで感じたことのない高揚感を感じたことを今でも覚えている。面白え、と。もっとこいつと戦りたいと思った。
太刀川がリンをボーダーに勧誘したのはドラマチックにリンを助けたい。というものではなくただ単純にもっとこいつと刀を交えたいと思った。ただそれだけの理由だったのだ。結果としてリンの実力は本物で模擬戦を好きなだけ出来る太刀川は満足であり、ボーダーの戦力も底上げされ良いこと尽くしである。
流石に自分の家で一緒に暮らすことになるとは思っていなかったが今となってはリンなしの生活は味気ないと感じるほどには順応している。我ながら、あの時の直感に従ったのは正解だったと胸を張って言える。

「まあ、太刀川はリンに会えて良かったと思うよ」
「俺も今はもうリンなしの生活は考えられないですね」
「…なあ。本当に手を出してないのか?」
「超ーーーー我慢してます」

その言葉と辛抱しています、と言った表情に東は最初よりも感心したような表情を浮かべて偉いな、と笑いながら太刀川の頭をわしゃわしゃと撫でる。
若い隊員が多いボーダーでは太刀川は歳上の立場になることが多く、その太刀川をこのように甘やかすことが出来る存在は少ない。子供扱いをされているような気もするが、悪意のないその手を太刀川は拒むことはなかった。



リンは国近の紹介を経て鈴鳴の今のところで料理を習うようになった。「ケイの世話になりっぱなしだから」と何か出来ることを探すのはリンらしい申し出だ。リンは与えられるだけ、という境遇を拒む。以前アフトクラトルにいた際には大分辛い生き方を強いられていたためその名残だろう。そんなもん気にしなくていいのに、と太刀川は思ったがリンがやりたいのなら好きにさせたいと思っている。
結果として今の指導によりリンの料理の腕はメキメキと上がっていて最近ではリンが何を作っても本当に美味い。嬉しすぎる誤算に外食やコンビニ弁当の頻度はめっきりと減り、今ではリンの作る飯が楽しみになるほどであった。
うまい、と伝えるとリンは表情こそあまり変わらないものの目を細めたり、口角を上げたりと。間違いなく嬉しそうにする。その変化を見つけるのが太刀川の楽しみであり、リンの変化を見つけることはいつしか太刀川の日々の楽しみの一つになっていた。

そういえば。
東にああいうタイプは珍しいと問われた時に気になったことがあった。

「リンは好きなタイプとかあるのか?」
「タイプ?」
「こういう男が好みだーとか」

リンには好みのタイプ、というものがあるのだろうかと。リンは聞かない限りはあまり自分のことは話さない。だが反対に聞けばほぼ何でも答えるのがリンだ。
太刀川は自分はどんな「タイプ」に分類されるかは全然分かってはいないが果たしてリンの好みのタイプには、せめてかすってはいるのだろうか。そんな興味範囲で聞きたくなったのだ。

「タイプ、はよく分からない」
「まあ、漠然とするよな」

実際太刀川も好きなタイプは?と聞かれる度に曖昧に答えてきたのだからその気持ちは分かる。ある意味リンの好みのタイプがしっかり固まってなくて良かったのかもしれない、と考えているとリンは太刀川のことをじっと見つめた。

「好みな男は…ケイ?」
「えっ、」

突然の爆弾発言にそれまで動かしていた箸が止まってしまう。
いや。確かに太刀川はリンの好みのタイプから外れてなければいいなとは思っていた。強いやつ、とか言われれば貰ったものだと。だが、こんなに直球で来るとは思っていなかったため、ちょっと、照れる。

「あとは…ハルアキやシノダも尊敬している。トウマとムラカミも話しやすい」
「あ、なるほどね…深い意味はないってこと」
「ふかいいみ?」

リンはこう見えて素直な奴だ。世話になったり優しくしてくれた相手が今のリンの「好みのタイプ」なのだろうと合点がいった。
その中から頭ひとつ抜けるためにはどうすっかな~と考える太刀川をリンは不思議そうに見つめるので再び「うまい、ありがとな」と作ってくれた飯に対して礼を言えばリンはやっぱり少しだけ頬を緩めて、間違いなく嬉しそうにするのだった。





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