はじめての感覚



「なぁ、キスしていい?」

夕食後、同じソファーに座ってケイはテレビを見ていて私は本を読んでいた。平仮名や片仮名は読めるようになったけれどまだまだ漢字は難しく、時間があればこの本のように読み仮名のふってある本を読むのが好き。こちらの国の読み物は面白いものが多く…いや、あちらではこんな風に本を読むこともなかったから本を読むという行為自体が新鮮で楽しい。
と、読書を楽しんでいたらケイの視線を感じたのでどうしたのと尋ねればケイは首を傾げてそんなことを言う。

「キス?」
「うん。ちゅーしたい」
「どうぞ」

やりぃ。とケイは嬉しそうに顔を綻ばせる。ケイは私にキスをしたい時はこのように尋ねてくることが多い。尋ねずにいきなりすることもあるけれど。ケイにはこれだけ世話になっているし断る理由はない。対価はいらないと言われてはいるし今となってはボーダーから払われる報酬は全てケイに託しているのだからそれが対価になっているかもしれないがケイにねだられれば断ることはなかった。

「ん、」

私の両肩に手を置いてケイの唇が私の唇に重なる。間近で見るケイの顔は綺麗だと思う。なんというか、好ましい。そういえばケイにキスする時は目を閉じろよ、なんて言われた気がする。キスする時のケイの顔が好きで忘れてしまいがちだけど思い出したので目を瞑る。何回か角度を変えてその唇が離れていく。終わったのかなと目を開けるとケイは物足りなそうに口を結んでいた。

「舌入れたい」
「舌?どこに」
「リンの口の中に」
「私の…?」

べ、と少し長めの舌をケイが出してくる。それは、キスなのだろうか。それとも別の行為?私はこういったことは知識がない。でもケイがしたいと言うのなら別にしてもいい。舌…?

「リードすっから」

口、開けて?とケイに言われて私は言われた通りに口をぱかっと開けた。ふっ、とケイが嬉しそうに笑う。好きな表情だ。

「ちっせぇ口」

そう言って私の両肩に置いていた手を外して今度は私の顔を包み込むように両手で顔を固定される。相変わらず大きい手。そんなことを考えているとがぶりと、まるで食べられたかのようにケイの口が私の口を覆って宣言通りケイの舌が私の口の中へと入ってきた。

「! ん、ぅ」

ただ単に舌を口の中に入れるだけではなく、ケイの舌は私の口内を舐め回すかのように動きを止めない。初めての感覚に背中に何かが走ったような、奇妙な感覚に襲われる。ケイの舌は私の舌も巻き込んで水音を鳴らすように暴れることをやめない。なんだかすこし、恥ずかしくて、それで、

「ん!…んぅっ、…!」

ケイの舌が私の上顎をなぞると奇妙な感覚はますます大きくなった。くすぐったいような、しびれるような、変な感覚。息苦しさから生理的な涙が滲む。こ、れは。いつまで続くのだろう。くるしくて恥ずかしいからはやく終わってほしいような、だけどずっと続けていたいような。自分でも分からない感覚に翻弄されているとケイの口が私の口から離れ、お互いの唾液が糸を引いていた。


新鮮な空気を吸って呼吸を整えているとケイは私の頬を覆っていた両手で再び私の目線を自分に合わせる。真剣な表情をしている。もしかしてもう一度だろうか。そう思い口をぱかっと開けるとケイは大きく息を吸って、それを吐き出して。

「………トイレ!!」

と言ってトイレへと立ち去り暫く出てくることはなかった。




それからというもの。
ケイは家でキスをする時は殆ど舌を入れてくるようになった。私もケイとのこのキスは嫌いではないからいいけれど、奇妙な感覚が日毎に増すのだけは困っていた。あの感覚は未知で少し怖い。

「ん、ふっ、……んぅ」

くちゅくちゅと。いつも通りケイの舌が私の口の中で暴れる。いつもは瞑っていた目を開けてみるとケイも目を開けていて、その目は見たこともないくらい必死な色を含んでいる。

(……あっ)

まずい。あの感覚が大きくなりすぎている。このままじゃ良くないと思い私は両手でケイの体を少し押して初めてケイのキスを止めた。

「リン?」

私の行動に少し驚いたように、そして不思議そうに首を傾げるケイに申し訳ない気持ちになる。

「な、なんか…私、変で」
「変?どんな風に」
「…ぞわぞわする。しびれて、足の力が抜ける」

このままだと立っているのも辛くなりそうだった。ケイには申し訳ないけどもう終わりにしてもらおうと思っているとケイは嬉しそうな表情を浮かべていた。

「ケイ?」
「リン。それな、気持ちいいって言うんだぜ」
「きもちいい…? んっ!」

楽しそうにケイは私を抱き締めてまたしても私の口にかぶりつく。1番ぞわぞわする上顎を分かりきったかのように攻められ続け、本格的に足に力が入らなくなってしまう。ケイから距離を置こうと体を押しても今度はびくともしない。ぎゅ、と両腕で抱き締められればケイの力に敵うはずがなく、舌を強く吸われるのと同時にかくんっ、と足の力が完璧に抜けてしまった。

「おっと」
「はっ、はぁ…うっ、…」
「足に力入んねーか?」

思考が纏まりにくくなったまま私が頷くとケイは嬉しそうに笑って私を抱き抱えてくれる。なんだか子供扱いされてるみたいだけれど今すぐには歩ける気もしなかったのでされるがままでいるとケイは優しく私をソファーに降ろしてくれた。

「顔まっか」
「あつい…」
「ほんと可愛いなぁ、おまえ」

大変満足そうなケイを見て、あのキスはケイにとってはきっと満足度の高いものなのだろうと改めて悟った。私にとっては…よく分からない。だけどこんな風に歩けなくなったり、今でも身体中がびりびりしてたり。こんな感覚は初めてでケイ以外の前ではこんな風にはならないように気をつけようと肝に銘じるのであった。





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