思っていたよりも



『強い!強いぞ太刀川隊!彗星の如く現れた謎の美人が大暴れ!というか本当に誰ですかー!?』
『トリガーはシンプルなものしか使ってない印象ですね。それであの立ち回りは凄いです』
『東さんから見ても彼女の立ち回りは凄いものだと?』
『そうですね。太刀川隊はますます攻撃力の高いチームとして活躍しそうですね』

A級ランク戦。
俺はアフトクラトルから引き抜いたリンのことが気になりこの試合の実況解説を担当することを快諾した。侵攻時の太刀川との戦闘ログは許可が降りた者しか見ることが出来ないようになっている。当然だ。彼女が元々アフトクラトルの手の者だと言うのは機密事項なのだから。今でも上層部と太刀川隊くらいしか閲覧の許可は降りていない。俺は先にログを見ていたもののこれは…

「え…やばくない?あの人」
「太刀川さんだけでも反則レベルなのにめっちゃ強くなかった?」
「てか美人じゃね?太刀川さんの彼女とか?」

あの腕前。そして目を引く容姿。
リンという新人はあっという間に噂の的になってしまうのだった。が……


「…………」

なんて事のない。ただの自販機の周りに少なからず人が集まっている。遠巻きにだが。中心にいるのはついさっきランク戦を終えた太刀川隊のリン。彼女は何やら自販機に向かって眉を顰めては自分の手に持っているものと何度も睨めっこを繰り返している。困っているのはなんとなく察することが出来る。だが外国人風のあの見た目だ。声をかけにくいのも理解出来る。俺はそんな彼女に助け舟を出すかと声をかけることにした。

「よう。何か困り事か?」
「………?」

声をかけるとリンは俺を少し見上げるようにして首を傾げてくる。そして手に持っている…千円札に目をやってもう一度俺のほうへと目をやる。これは思ったよりも困っているみたいだ。

「俺は東春秋。君のことは色々聞いてるよ。大丈夫」

そう言うとリンは表情こそ変えなかったものの警戒していた空気を緩めてくれる。そして手に握っている千円札を俺に見せて口を開いてくれた。

「ケイにこれを渡されて、」
「うん?」
「好きな飲み物を買っていいと言われたけど、ケイはこの箱に硬貨を入れていた。…この紙の用途が理解出来ない」
「あー、なるほど。これはな…」

リンに千円札の使い方を教えて飲み物を購入する。おつりに驚いたりする様子は可愛らしい。表情は乏しいものの感情は確かにあるみたいだ。…アフトクラトルでの生活は過酷なものだったと聞いている。尋問も最初の頃は聞かれたことに機械のように答えを返していたと聞いていたが太刀川を介入してからは随分人間らしくなったとか。

「ありがとうハルアキ。助かった」
「ん?あ、ああ」
「なにか?」
「いや、突然下の名前で呼ばれたから少し驚いて」
「訂正したほうがいい?」
「んー…まあ、別に構わないよ」

そう、と。リンは素っ気ないような返事をして俺に頭を下げる。不思議な雰囲気を持つ女の子だな。あれほどの実力を兼ね備えていながらどこかあどけなさ…いや、危うさすら感じさせるのは育ってきた境遇が異質だったせいかもしれない。こっちで少しでも平穏に過ごせていればいいが…

「太刀川とは上手くやってる?」
「ケイには良くしてもらっている」
「そうか、良かった。太刀川になら任せて大丈夫だろう」

俺の言葉にリンは少しだけ嬉しそうな雰囲気を醸し出す。どうやら太刀川とは本当に上手くいっているようだ。これならそのうちもう少し近寄りやすくなるかもしれないな。

「この前もベッドを──」
「え、ベッド?」

「いたいた。リン、何買ったんだー…って。東さん、お疲れ様でっす」

リンが気になることを口にしたタイミングで太刀川がリンを迎えに来てしまった。

「お疲れさん。ランク戦も快勝だったな」
「当然。リンもいるし暫くは負ける気がしないです。…って、リン。それ炭酸だぞ」
「たんさん?」
「しゅわーってするやつ。この前むせてたじゃん」
「!」
「これは俺が飲むから他のやつ買うぞー」

そう言って太刀川はリンが持っていた飲み物をひょいっと手にとった後、自販機に金を入れてリンに他の飲み物の種類を楽しそうに説明していく。そしてそれを聞くリンもどこか楽しそうに見える。

「へぇ、仲良くやってるんだな」
「そうですね。今のところ問題はないかと」
「ただこの子は注目を浴びやすいから、慣れるまではあまり単独で行動させないほうがいいぞ」
「え、まじ?何かあった?ごめんなリン」

太刀川の謝罪にリンは首を振る。そして俺のほうへ視線を向けた。

「ハルアキが助けてくれた。だから大丈夫」

真っ直ぐな言葉に虚を突かれる。
…なるほど。太刀川が特定の女に入れ込むのは珍しいと思っていたがこれは…

「え!お前東さんのこと名前で呼び捨てにしてんの!?」
「だ、ダメだった…?」
「いいよ。リンだけ特別な」

俺の言葉にリンはほっとした表情を見せて、逆に太刀川はぎょっとした表情を見せる。うん。清々しいくらい思った通りの反応を見せる2人に頬が緩んでしまう。

「じゃ、俺は行くな。ランク戦これからも頑張れよ」
「…はーい」

アフトクラトルの元奴隷リン。
実力は間違いないもののボーダー隊員としてどう転ぶかは未知であったがあの調子なら大丈夫だろう。太刀川や太刀川隊の隊員。そして他の隊員とも触れていくうちにどんどん彼女の世界も広がるだろう。話した感じ感情の起伏があまりないだけで反応もあるし話していくうちに可愛げすら見えてくる。思ったよりも早く順応するかもしれない。早いうちに手綱を握っておかないと太刀川は不安かもしれないな。


「リン、東さんに何かした?」
「? 紙…千円札の使い方を教えてもらった」
「うーん…東さんの言った通り暫くは1人で行動させねーようにすっか…」
「なにか、いけなかった?」
「なんもいけなくねーよ。気付く奴は気付くってことだ」
「?」


普通に可愛いからな、あの子。




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