遺されたものたち | ナノ


▼ 楽しい時間

お風呂は好きだ。一日の疲れが取れるし気分も良くなるしいつまでも入っていられるくらいすきだ。
そんな至福のひと時を終えてリビングへとお茶を飲みに足を運ぶと見慣れてきた白い頭が目に入る。

「遊真、寒くない?」
「リン。風呂は?もう入ってきたのか?」
「いいお湯でしたー」

そう言って冷蔵庫からお茶を出してコップに入れて喉を潤す。遊真にもお茶を入れようかと聞けばさっき飲んだから大丈夫と返され私は再び元の位置にお茶の入れ物を戻して遊真の元へと足を運んだ。

「? 何読んでるの?」
「これか?これはオサムに貸してもらった本で、ひらがなの勉強に使ってるんだ」
「あ、そっか。近界だと文字が違うもんね。読めない字とかある?良かったら手伝うよ」
「むぅ…」

遊真は少しだけ悩んた後「オネガイシマス」と素直に助けを求めてきた。私達だって突然他の国の言葉を読め、と言われれば無理だろう。けれど今までと違う国で活動していくためにはどうしてもその国の言葉は必要最低限には使えるようにならなければ遊真自身が不便だろう。少しでも力になれるのならむしろ嬉しいくらいだ。

『リン、感謝する。私はデータとしては取り込めたものの説明をするには知識が足りない』
「レプリカ。全然気にしないで。私も遊真の手伝いが出来るの楽しいから!」

そう言って遊真と修に借りた本を少しずつ読んで、書き取りをして、説明をして…と進めていく。遊真は飲み込みも早く地頭がいいのだろう。思ったよりもどんどんひらがなを理解して覚えていってくれた。

「そうそう!次は濁点ってやつを覚えてみようか」
「ダクテン?」
「うん。か行と…」

遊真の飲み込みの早さと好奇心旺盛の受け答えが楽しくて時間を忘れて本を進めているとふぁ、と欠伸が漏れてしまう。

「ごめんごめん」
「いや、おれこそ気付かなくてすまん。もう遅いから寝たほうがいいぞリン」

遊真に言われて時計に目を向けると一時をまわっている。二時間くらい経っていたことに驚きを隠せなかった。

「もうこんな時間?ごめんね、休憩とかなくて大丈夫だった?疲れたよね?」
「全然!楽しかったぞ、なあレプリカ」
『リンは教え方が上手い。それに雰囲気も明るく退屈しなかった』
「え、そう?照れちゃうなー」

えへへ、と頭を掻くものの遊真とレプリカからの優しい眼差しにちょっと本気で照れてしまう。でも楽しんで学べたのなら良かった。文字が少しでも分かるようになれば不便も減ると思うし。

「またいつでも手伝うから遠慮なく言ってね」
「ありがとな、リン。…なあ、」
「ん?」

遊真が何かを言いかけて、少し言い淀んでいる。どうしたんだろう。もう少しやりたいとか?別に構わないけどあまり夜更かししすぎると遊真も明日に響くんじゃないのかそれだけが心配だ。

「リン、今、楽しいか?」
「え?うん」

突然の質問に素直に返事をする。
あ。もしかして勉強に付き合わせて悪いとか思ってるのかな?

「遊真といると楽しいよ!」

だから全然、これっぽっちも気にしなくていいしむしろこんな時間まで付き合わせたのは私の方なんだから申し訳ないくらいだ。せめて楽しかったとちゃんと伝えたいと思いそう答えると遊真は少しだけ困ったように笑みを浮かべた。

「おれもリンといると楽しいよ」
「ほんと?嬉しいなぁ!」
「だから、…これからもよろしくな。リン」

そう言って差し出された手を私はすぐに握り返した。嬉しいな。遊真、楽しいんだ。
もっともっと、楽しい思いを沢山してほしい。歳の割に落ち着いてて強すぎる遊真が年相応に日常を満喫出来ますように。


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