遺されたものたち | ナノ


▼ 死にたがりの話

驚いた。
こなみに数本勝てるということはかなりの実力者だとは理解していたけれど遊真は本当に強い。勘がいいし吸収が早いのだろう。10本勝負から一度休憩のため出てきた二人に飲み物を渡して私は少し興奮気味に感想を口にした。

「遊真、本当に強いね!スコーピオンの使い方も面白いし…どんどん凄くなりそう!」
「どもども。リンもスコーピオンを使うのか?」
「リンは射手よ。リン、興奮するのもいいけど油断してると遊真にあっという間に抜かれるわよ!」
「一対一だと既にやばそう…」

チームで戦う形なら遊真を止めることはまず出来るだろう。だけど一対一だと何本かは取れても負ける気がする。それほどまでに遊真は強かった。

「弧月ならちょっとは戦えるかも?」
「ほう。射手なのにコゲツも使うのか?」
「ううん、今は使ってないけど前は弧月を使った攻撃手だったの」
「リンー?弧月使うなら遊真よりも先にあたしを倒してからって約束よね?」

うぐ、とこなみにそう言われれば黙らざるおえない。それを条件に私は攻撃手を降りたのだから。

「うちのチームはこなみが攻撃手としては最強だから、こなみに勝てないなら他のことをしようってことになったの」
「……そういうこと。さ、遊真!次行くわよ次!」
「……? りょーかい」

訓練室へ戻る二人にいってらっしゃい、と手を振って私も自分の用事を済ませるためにこの場を後にするのだった。





「こなみ先輩。さっきなんでウソついたの?」

おれの言葉にこなみ先輩は少しだけ反応して距離を取る。間合いを詰めても良かったけれど何か言おうとしている気配を感じたのでそのままの距離で待ってるとこなみ先輩は口を開いてくれた。

「ウソ?なんのことよ」
「こなみ先輩に勝てないから攻撃手をやめたってリンは言ってたけどこなみ先輩の返事はウソだったよ。リン、実は攻撃手は向いてなかったとか?」

おれの言葉になにか覚えがあったみたいでこなみ先輩は少し難しい顔をする。こなみ先輩は元々ほとんどウソをつかないしウソをつけばバレバレなウソでサイドエフェクトがなくても見破れるようなものだ。
だけどさっきのは違った。ウソ、というよりは誤魔化したのかもしれない。でもおれのサイドエフェクトはそういうものも分かってしまうから気になってしまった。

「弧月使いとしても別に、弱くなかったわよリンは」

そう言ってこなみ先輩は途端に距離を詰めてくる。反応は出来たものの不意打ちにも似たその動きに片腕を落とされてしまった。気を抜いていたつもりはないけれどこなみ先輩はやっぱり強いな。

「遊真。トリオン体の痛覚はどうしてる?」
「痛覚?損傷が分かる程度には設定してるよ」
「そうね。それが一般的だしあたしもそうしてる」

トリオン体は痛覚を完全に遮断することも可能だけどそうするとどこが損傷したか即座に気付けないことがある。親父からもそう教わっていたおれは当然のように痛覚をほんの少しだけ設定してトリオン体を使用していた。

「リンはね。ボスに禁止されるまでずっと痛覚をONにしてたの」
「…それはまた」
「ええ、変よ。トリオン体で受けたダメージは確かに元の体には残らないけれど脳にダメージは多少なり受けるの。なのにあの子は頑なに痛覚を切らなかった。このままじゃ脳にダメージを受けすぎて廃人になる可能性もあるってことで禁止されてやっと痛覚の設定を改めたの」

トリオン体で痛覚を切らない、というのは訓練で行うことはあるとしても実戦ではまずあり得ないことだった。トリオン体の利点は沢山あるものの「痛みを感じない」ということはその最たるものであるのだから。

「あたしは別に、同じチームに攻撃手がいても構わないわ。あたしのほうが強いのは当然だし。でもリンだけはダメ。絶対にさせない」
「リンは何か他にもやらかしたのか?」
「…出来る限り前線に出したくないのよ。すぐに無茶するから。本当は狙撃手に回したかったんだけどそこまでは説得出来なかったわ」

こなみ先輩の言う「無茶」が何を指しているのかは分からなかったけれど、あんな顔をするってことはリンは相当な無茶を繰り返したのだろう。それこそこなみ先輩が攻撃手から無理矢理にでも引き摺り下ろすほどには。
ああ、そういえば。

「おれ、リンと初めて会った時川に落ちたんだ。おれはトリオン体だから問題はなかったけどリンは生身でおれを助けに来たよ」
「…川? あ!もしかしてあの時の、」

こなみ先輩は思い当たる節があったのか驚いた顔をしている。

「あの時は必死に助けに来てくれてお人好しなんだなって感心したけど、何かが引っ掛かってて、こなみ先輩の話を聞いて合点がいった。リンは、自分も溺れるかもって考えてなかった」

こんな寒い時期の川に自分の身を挺して見ず知らずだったおれを助けたり、わざわざトリオン体の痛覚を切らなかったり、こなみ先輩に無理矢理にでも攻撃手を下ろされるほど無茶したり。

「リンはなんでそんなに自分の命を軽く見てるんだ?死にたいのか?」

おれの言葉にこなみ先輩は酷く辛そうに、そして腹立たしそうに唇を噛み締めた後武器を力強く握り直した。──来る

「さあ。あたしからはこれ以上は言えないわ。ただ、あたしはリンに死んでほしくない。それだけ!」

それからのこなみ先輩の猛攻は目を見張るもので結局この後は1本も取れずに今回の10本勝負は終了した。


国も人間も比較的穏やかで周りの人間にも恵まれているように見える。話していても気持ちの良い人物でムードメーカにさえ思えたあの日おれを必死に助けた少女はたぶん、死にたがっているらしい。


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