遺されたものたち | ナノ


▼ 遺されたものたち(終)

「先生ー…って、あれ。空閑先生さっきまでいませんでしたっけ」
「さっき休憩に入ったよ。何かあった?」
「じゃあフィオト先生、空閑先生にこれ渡しておいてください。よろしく!」
「なんでボクが…ってもういないし!?」



玄界に帰ってきてから早いものでもう5年が経つ。デュイさんに誓って私は玄界と呼ばれるこの国で1人でも多くの人を救うために毎日明け暮れていた。…とは言っても戻った1年目は家族やボーダーに色々と説明したり、私たちと一緒にこの国へ来てくれたダーヤンの諸々の手続きをしたりと忙しいなんてものではなかった。私はあまり知らなかったけれどボーダーという組織は本当に凄くて。多少の無茶を通してしまうのだ。上層部がすごい。本当にすごい。ダーヤンに関してのことなんて戸籍やら色々、殆ど唐沢さんが1人でなんとかしてしまった。改めてボーダーは凄い組織だったことを思い知らされた1年だった。

「ふぃー、おまたせ。リン 」
「遊真。お疲れ様」
「俺らもいるんですけどー」
「あはは、出水に米屋もお疲れ様。どう?今期の門下生たちは」
「まあまあってとこだな。まだ分かんねーや」

今日は休憩時間が被るから一緒にお昼ご飯を食べようと約束していたため遊真を待っていると遊真は出水と米屋と一緒に私の元へと来てくれた。遊真たちは今は各ポジションの師として門下生を設けている。以前は自分から教えを乞いたい相手に頼み、承諾してくれた相手と師弟関係を結ぶことが普通であったけれど今はその年の師匠役割がボーダーにより決められ、役割を言い渡された人たちがランク戦とは別に各ポジションの新人を鍛え上げるようになっていた。ちなみに師匠役割は給料が別で出るためなかなか割りの良い仕事らしい。

「それにしても空閑はホントに背が伸びたなよな」
「よねやサンといずみサンにも追いつきたいですな」
「リーチ変わるのって実際どうなんだ?オレ、ボーダー入ってからそこまで変わらなかったからさ」
「うーん。ぶっちゃけ感覚は結構変わるよ。でも背が伸びるのは嬉しいから大歓迎ですな」

なるほどなー、と米屋は楽しそうに遊真の頭を撫でた。まだ遊真のほうが米屋や出水より身長は低いものの二人が言うように本当に遊真は背が伸びた。というか大きくなった!体つきも逞しくなったし、背が小さい頃から格好良かったけど……日に日にちゃんと成長していく遊真を見ていると嬉しくて堪らない。きっと遊真のお父さんも黒トリガーを通して今の遊真を見てくれているだろう。

「そういえば空閑のままでいいんだっけ?」
「ふむ?」
「あーそっか。最近リンはあんまこっちには来ないけどこんがらがるよな」
「く、空閑先輩!」

そんな会話に割って入るように高い声が響く。空閑先輩、と遊真を呼んだのは可愛らしい…まだ学生さんかな?まだ幼さを残す女の子だ。

「ん、どうした?何か忘れ物か?」
「あ、あの……!」

…多分あの子は遊真の門下生だろう。顔を赤くしてもじもじとしてあのあの、と言葉を濁す。女の私から見てもかなり可愛らしい女の子で、遊真に何を言いたいのかなんとなく察することは出来た。──気まずい。気まずいし面白くない。そんな私の反応を私とは逆に面白そうに見ている元同級生2人。…やめなさい!

「空閑先輩、好きです!もし良ければ私と…!」
「すまん。おれ、結婚してるから」
「へっ?」

素っ頓狂な女の子の声が聞こえる。そしてぐいっ、と引っ張られるとそのまま遊真に肩を抱かれた。

「はい。こちらおれの奥さんです」
「ど、どうも……空閑リンです…」

ぺこ、と頭を下げると女の子もぺこ、と頭を下げ返してくれる。い、いい子だ…!
女の子は全てを理解したようにあー、と何回か相槌を打ってこの場を後にしてくれた。…あのですね。

「笑いすぎじゃないかな!?2人とも!」
「いやだって…そろそろ新婚ってわけでもないのにまだ顔真っ赤にさせるんだなリン」
「かわいーだろ?」
「うっ、うるさい!」
「空閑はちゃんと指輪つけてんだけどな。こっちにも付いてるから見逃されてんのかもなー」

米屋が言うように遊真の左手には指輪が2つ付いている。1つは遊真の父親の黒トリガー。もう外しても問題はないのだけれど形見である遊真の黒トリガーはそのまま遊真が管理することとなった。そしてもう1つは薬指に嵌めている私とお揃いの指輪。…私と遊真はその、今年晴れて結婚したのである。姓は遊真のものを貰ったので空閑となった。2人でいる時に苗字で呼ばれると2人で返事をすることもあるけれどそれにも大分慣れてきた頃だ。

「リン!こんなところにいたのかい」
「ダーヤン。珍しいねこっちに来るの。どうしたの?」
「これを渡してほしいと頼まれたからね。感謝していいよ!」
「あっ。忘れてた。ありがとうダーヤン」

素直にお礼を言うとダーヤンは満足そうに頷いた。同僚であり今では仕事の相棒でもあるダーヤンはボーダーでも結構人気のトリオン医師として活動している。元々優秀であり努力の成果もあって今では換装をしなくても会話も出来るしこちらの言葉も電子辞書を使いこなして日本語と英語は殆ど読めるようになっている。デュイさんが言っていたように彼は本当に優秀な人だとこの5年で再認識させられた。

『そういえばユーマ。ダーヤンに義肢のことで尋ねたいことがあったな』
「レプリカ。そう言えばそうだったな。でもリンとご飯も食べたいし…」
「じゃあダーヤンも一緒にご飯を食べる?」
「キミたちと食べると一生惚気られるからイヤだね!」
「わかるわーダーヤン先生」

ダーヤンは「ボクに用なら後で来たまえ!」と言い残し米屋と出水も「オレたちは今日は直帰するから」と言ってこの場を後にした。賑やかだったこの場に残ったのは私と遊真とレプリカだけ。私たちだけになると遊真はすぐに甘えるように私の手をとって指を絡めてきた。

「なーに。モテモテの空閑先輩?」
「リンだってくがだろ」
「ふふっ。そうでした」

そう言って頬にキスをすると遊真は嬉しそうにして私の唇に自分の唇を重ねる。それだけならいいものの、いつものように舌を入れようとするので──

「んっ、こら!外ではダメ」
「むぅ…」
「そんな顔してもだ、だめ」

寂しそうに唇を尖らす遊真が可愛くて、…全く。体は大きくなっていつもは格好良いのにこんなに可愛い表情をするのは反則だ。私だってもっと遊真を求めたい。け、けど。ボーダー内ではダメだ。万が一見られたら次の日から通えない…!

「リン……」
「うっ。その顔に弱いこと知ってるでしょ…!?」
「しってる。だってリン、おれのこと好きだもんな」
「……好きですけどぉ…」

私の返事に満足そうに笑うと遊真はがぶり、と私の口にかぶりついてきた。…流されてしまうかも。せめて人が通らないことを祈って遊真の舌を受け入れ──ようとした時に私の首にぶら下がっている緊急用の端末がビビーッと音を鳴らした。


『空閑先生、トリオン調整が上手くいっていない患者さんがいらして至急処置して頂きたいです!よろしくお願いします!」


簡潔な内容に遊真と顔を見合わせる。あ、明らかに拗ねた顔をしたということは私が今から言うことが分かってるみたいだ。

「…遊真?いってくるね!」
「むぅ……!リンをとられた…!」
「好きなのは遊真だよ!」

そう伝えると遊真はぐぬぬ、と目を瞑った後「イッテラッシャイ…」と名残惜しそうに手を振ってくれた。ありがとう遊真。私は遊真に手を振り返して患者の元へと駆けつけるのだった。




『リンは結局、人のために生きる道を選んだのだな』
「なっ、出会った時から変わらずお人好しの鬼。でも生きる道を選んだならそれでいいよ」
『…それはユーマも同じだな』
「…そうだな。おれも生きていくよ。レプリカと、リンと。親父と一緒にな」



遺されたものが生きてる限り想いはきっと生き続ける。そして想いや意志は継がれていく。
そうやっておれたちは生きていくんだ。
大切な人たちとずっと一緒に。








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