遺されたものたち | ナノ


▼ ボクの好きだった子

リンに惚れた理由?
ふっ…愛に理由なんてないのさ。
………うそうそ!本当はあるんだよ。パパのところに通うようになった女の子。最初は可愛いなーくらいにしか思ってなかったよ。パパと勉強をしてる時のリンを盗み見することもあったけれど大体真剣な顔か笑顔で「いいじゃん」くらいに思ってたんだよなぁ。

ある日偶然街でリンを見かけた時。リンが見たこともないような寂しそうな顔をしてて。パパの前ではそんな顔絶対しないのに、何がそんな寂しいんだろう?って。その日からリンのこと気になっちゃって気になっちゃって!たまーに見せるその憂いを帯びた表情?ってやつが刺さったわけですよ。そんな顔しないで笑ってれば良いのになー。そうだ!ボクが笑わせればいいんだ!って。
だからボクが幸せにするから結婚しようって言ったら「恋人がいるから無理」と一刀両断された時ショックでさ!あ、ボクリンのこと好きなんだ!って自覚したんだよね。

話を聞いてみれば恋人は今は玄界にいるって言うから遠距離恋愛?ってやつならボクにも望みがあるかもと思って諦めずにいたんだよ。第一。ボクならそんな寂しそうな顔させないしね!甲斐性なしな恋人だな!迎えに来ないならボクがリンをもらっちゃうからね!

……そう思ってたんだけどなぁ。




「………ふがっ!」

パチリ、と目が覚める。
どうやら眠ってしまっていたらしい。いや、これは不貞寝というのが正しいかな。帰るなりベッドに突っ伏して暴れてそのまま寝落ちをしたのだ。我ながらなんともまあ…

「あ゛ーーーーーっ!」

どうやらリンの恋人とやらが玄界からリンを迎えに来たらしい。彼を見つけたリンは見たこともない表情で彼に抱きついて…いっぱいキスしてた!いいな!羨ましい!
……はぁ。失恋ってやつですかこれが。ほぼ脈はないだろうと思っていたけれどもしかしたら?と期待してなかったわけでもないのでダメージはちゃんと受けている。

「あーあ…でもまあ、いっか…」

そう。ボクがリンに惚れたのはあの寂しい表情を見てしまったからだった。そんな顔をしてほしくない。笑っててほしい。でもパパの前でたまに見せる無理に笑ってみせるあれは嫌だな。そんな風に思っていたリンの心の底からの笑顔を見せつけられたのだ。完敗だな。ふっ、ボクは好きな子が笑っていればそれでいいのさ……傷心はするけど!

ベッドの上から降りる気力もなくゴロゴロとしていると部屋の外からノック音が聞こえる。あれ、このノックの仕方はパパだ。

「ダーヤン、リンがお前に用事だそうだ」
「え!わかった、すぐ行くよ!」

思いがけない来客にボクはベッドから飛び上がって、鏡の前で少しだけ身だしなみを整えてパパが通してくれたリンが待っている部屋へと足早へと向かう。えっ。リンからボクに会いにくるなんて初めてじゃない?そんな風に浮かれて部屋のドアを開けた。

「おまたせ!やあ、リンからボクに会いに来てくれるなんて光栄だね!」

見えたのは愛しきリン──

「ダーヤン、こんにちは」
「初めましてダーヤン。リンの恋人の空閑遊真デス」
「こ、恋人サマーーーーー!?!?!?」

──と、ボクの目の前でちゅっちゅ、とリンとキスをしていた恋人と名乗るクガユーマが座っていた。

『私は二度目だが…私のことは覚えているか?』
「…オボエテルヨ。レプリカ…」
『光栄だ。改めてよろしく、ダーヤン』
「……ドユコト????」




なんとか落ち着いたボクはひとまずリン達を部屋に招き入れて話を聞くことにした。まさか、けっ、結婚報告とか…!?と動揺を隠しきれなかったけれどリンに聞かされた話は結婚報告よりもっと驚く話だった。

「…とういうわけで、遊真の手術を手伝ってほしいの」

クガユーマ。リンの恋人。どう見ても少年にしか見えないこの男は今現在16歳だという。様々な人間がいるのだからそういう例もないとは言い切れないが、それにしても小さい彼の「本体」とやらはどうやらあの指輪の中で死にかけているらしい。

「……ユーマ、つけたままでいいから父君を見せてもらってもいいかい?」
「ああ、いいぞ」

そう言ってユーマは左手を差し出してくる。小さな手に収まっている黒い指輪。ユーマの父君が遺したという黒トリガー…

「ダーヤン?」

リンがボクの名前を呼んで、応答しないボクを不思議がってユーマやレプリカと顔を見合わせている。
初めてデュイ先生の黒トリガーを目にした時、なんて暖かいトリガーなんだろうと感動した。そして今、あの時の感動が蘇るようにボクの心を駆け巡っている。子を思う親の気持ち。それがこの黒トリガーを通して伝わってくるようで。

「…………」

……一応、ユーマは恋敵である。
いや、もう、勝負はついている気がする、けど。

「はぁーーー!ボクの優しさに感謝するんだね!」
「! ダーヤン!やってくれるの!?」
「リンの頼みだしね。ただし!ユーマにはちゃんとお代をもらうよ!」

ボクの言葉にリンは渋そうな表情を浮かべる。くっ、まだ好きなんだからそういう可愛い表情はやめてほしい!
ただ、これでもボクはフィオト家の次男であり医者の卵だ。パパは言っていた。タダ働きだけはするなと。見合う対価を必ずもらうようにと教え込まれているのだ。

「でも、遊真はこっちのお金は…」
「親父の遺してくれた金はあるけど…ダーヤンにはちゃんとおれが貯めて払うよ、いくらでも」

……どうやらユーマはお金を払うつもりらしい。当然だ。それが1番常識的な対価だからね。でも。

「いや。お金はいらない。ボクもお金には困ってないからね。ユーマには1つだけボクの言うことを聞いてもらう」
「ふむ。リンと別れる以外ならいいよ」

サラリと。とんでもないことを目の前の少年は言う。その言葉にリンは驚いた声を上げた後、顔を真っ赤にしていくし…ヨソでやってくれないかなぁ!?

「誰がそんな最低なことを言うか!」
「おっ。ちょっと見直したぞダーヤン」
「何様だねキミは!?」

ケタケタと楽しそうに笑うユーマ。少年のままのあどけなさを残すその姿は正直痛ましい。父君も彼の成長をこれからも見守りたいだろう。ああ…こういうのに弱いんだよボクは……

「じゃあ、ダーヤンは何をご所望で?」

相変わらず楽しそうにそう尋ねるユーマに盛大な溜息をこれ見よがしについて思い切り指を刺してやった。

「リンを絶対に幸せにすること!誓えるか!?」

ボクの言葉にさっきまで楽しそうに笑っていたユーマも、そしてリンも目を丸くして言葉を失った。え、なんで。そこは即答だろう!?

「も、もし出来なかったらリンはボクが幸せにするからな!」

2人の思いがけない反応に捲し立てるようにそう言うとユーマはその見た目から醸し出すには信じられないほどの大人の笑顔を浮かべた。

「誓うよダーヤン。絶対にリンを幸せにする」


リン。ボクの好きだった女の子。
ボク以外の誰かとイチャイチャしてるのなんて本当は嫌だけど。すっごく嫌だけど!
……ユーマの目を見ればわかる。リンは本当にユーマには愛されてるんだって。
それならリンが幸せになるためにも人肌脱ぎますか。


『じゃあ、リンがその恋人と幸せになったら諦めるよ』
『え?』
『それまでは諦めませーん!』



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