遺されたものたち | ナノ


▼ いつも想ってる

慣れた道を今日も歩く。
週に3回、私はフィオト先生というトリオン義肢に長けている先生に教えを受けていた。歩けるようになってすぐだから、もう半年くらいかな。元々玄界の義肢にだって詳しくなかった私にとって、そしてまだこちらの言葉に完璧に対応することが難しかったため最初こそ難航したものの今となっては日常会話は難なくこなせるようになったしトリオン義肢についても知識はかなりついたと思う。ちなみに動けなかった間にこの国の文字は読めるようになったのだから私は私自身を褒めたいと思う。うん、素晴らしい!

私が今生活をしているデュイさんの家は街からは少し外れにあるためすぐ到着はしないものの私はこの道が結構お気に入りである。ちょっと痛くて嫌な思い出もあるけど、今まで自分が住んでいた場所とは空気感も景色も全然違っているから。とは言っても慣れてきてしまったのも本音なんだけど。

「リンー!」

私を呼ぶ声が聞こえる。
これももう毎度お馴染みになってしまったなぁ。

「リン!リン!パパのところに来てたんだろ?ボクに声をかけてくれよぉー!」
「ダーヤン、こんにちは。ダーヤンには別に用事がなかったし…?」
「ボクはいつでもリンに会いたいよ!」

私の名前を連呼しながら追いついてきたのはフィオト先生の息子のダーヤンという青年である。彼は素直で良い人なんだけれど何故か私に惚れ込んでしまっているらしく会う度に…いや、私を見かけるや否や追いかけてきて今みたいに感情を爆発させてくる。嫌いではないけれどちょっと困った相手なのです。

「ねえねえ、そろそろ良いんじゃないかな」
「? なんのこと?」
「ボクと結婚しようよリン!ボクは名家の次男だし絶対に幸せにしてみせるからさ!」
「だからぁ、私には恋人がいるって言ったでしょ」
「玄界のだろ?覚えてるよ!でも全然迎えに来ないじゃないか!この一ヶ月は玄界の範囲内にメディルはいたはずだろ?」

ぴたっ、と。足を止めるとダーヤンはすぐに焦ったようにあー、とかうー、とか言葉を濁し始めた。全く。何度もここ一月は玄界の話はやめてと言っているのに天然な彼はついついそれを口にしてしまう。
…わかってる。私だってダーヤンと同じことをどうしても思ってしまうことがあるから。
玄界がメディルの範囲内に入ってから私は少なからず期待していた。遊真に会えるんじゃないかって。でももう一月経とうとしているのにその気配はない。あと数日もすれば範囲から外れてしまうのに。

「今回がダメでもいつまででも待ってられるよ」
「へ?」
「だって私。彼のことが好きだから」
「えぇー!!ガーン!!」

オーバーリアクションをとるダーヤンはいつも通りなのでさて置き。私の言葉にウソはない。私はいつまででも遊真を待っていられた。ただ、どうしても不安はあった。遊真、遊真の本当の体。どうかその体に何か異変が起こりませんように。1年でも5年でも10年でもいくらでも待てる。ただ、生きていてくれればいい。それだけが不安だった。

「……ボクならそんな寂しそうな顔させないのに…」

いじけながらそう言うダーヤンに思わず笑いが溢れてしまう。そんな私を嬉しそうに見つめるダーヤンは本当に私のことが好きみたいで申し訳ない。

「ダーヤン、あなたはいい人だよ。だからこそちゃんと幸せになってほしいの。私はその相手じゃないよ」
「えぇーーボクはリンを幸せにしたいのになぁ…」

ボクの家はお金持ちなのにーとか。ボクはこんなに優しいのにーとか。口に出しちゃうのはマイナスだけど私は嫌いじゃないよ。素直すぎるというか……

「じゃあ、リンがその恋人と幸せになったら諦めるよ」
「え?」
「それまでは諦めませーん!」
「なにそれ、」

と。
呆れたように笑っていると突然門が開いた。
珍しい。メディルは大きな遠征艇が旅行だったり医療目的で街に開いた門からやってくることが多いのにこんなところにイレギュラー門が開くなんて。まるで玄界みたいだ。

「え、門?こんなところにぃ!?」
「うーん。私の件もあるし……トリガー起動!」

そう言って私は久々に戦闘体のトリガーを起動した。最近は全く訓練はしていないものの前みたいな化け物じみたアフトクラトルの追っ手でもない限りどうとでも対処できるだろう。ダーヤンを守りながら、トリオン兵なら破壊。近界民なら──

「よっ、と」
「えっ」

門から出てきた人物に全ての思考が止まる。そして続いて出てきたのは彼の相棒。夢のような光景に呆然としていると門から出てきた人物は私を真っ直ぐと見据えて思い出のままの笑顔を向けてくれた。

「リン、迎えにきた──おわっ!」

その人物、遊真が何かを言い切る前に私は思い切り彼に抱きついた。勢いが良すぎてそのまま地面に倒れ込んでしまったけれど遊真は何も気にせずに笑って抱きしめ返してくれる。

「遊真、会いたかった」
「うん。おれも」

そう言って唇を重ねる。ああ、遊真だ。
1年間、彼を想わない日はなかった。はやく会いたかった。絶対に生きていてほしかった。それが叶ったのだから嬉しくないはずがない。私達は一度座り込むように体勢を直して、抱きしめ合って、キスをして……お互いの存在をこれでもかというほど確かめ合うのだった。


「……ドユコト????」
『初めまして。私はレプリカ。リンの友人…か?』
「ドユコトーーーーー!!!!!」


この時のダーヤンの叫びはデュイさんの家まで聞こえたらしい。



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