▼ 生きている限り
私はアフトクラトルの生まれで父は医者だったわ。母は私を産んで亡くなってしまったから私は父と2人で生きてきたの。父の真似事をするように学び、いつからか父の仕事の手伝いをするようになった。父の仕事はアフトクラトルでの医療部。あの国では沢山の兵隊が動いているから訓練でも遠征でも怪我人はよく出てね。医療部も多く設けられていて父はその中の1人だった。
「もう!またお金もらわなかったの?だから父さんばかり忙しくなるのよ」
「いいんだよ。命より大切なものはないんだから」
「大げさ!さっきの人なんてお金を払う気すらなかったわよ。父さんがお金を取らないって噂が広まってるから」
「ははっ、まあいいさ。軍からの支給で俺とおまえだけなら十分食っていけるだろ」
「それはそうだけど……」
アフトクラトルの医療部は給料自体はそんなに高くなかったの。あとは治療に来た人から各々請求をして生計を立てるっていうのが医療部の生き方で腕が良ければいくらでも稼げた。父は腕がいいくせに誰からもお金を取らなくてね。私も2人暮らしだから生活は困らなかったけれど…。命より大切なものはない。それが口癖なお人好しの父が少し心配で、好きだったわ。
「先生こんにちは。今日も見学してっていいですか?」
「お、ケリー。好きなだけどーぞ。デュイも喜ぶしな」
「はぁ!?何言ってんの!喜ばないし!」
「あはは、相変わらずですね。先生もデュイも」
恋をした。
アフトクラトルの末端の兵隊でトリガー使いでもない彼の名はケリー。物腰が柔らかくていつも優しい彼が好きだった。アフトクラトルはトリガー使いよりも彼のような普通の兵隊がよく怪我をして医療部に訪れてきたの。トリガー使いは換装が出来るけど彼らは出来ないから。
ケリーは父さんの腕に惚れ込んだのかよく遊びにきてくれた。本当に先生のことを尊敬してますって。キラキラとした笑顔でいつもそう言ってくれるケリーが大好きで、彼もいつしか私を愛してくれるようになった。あの時は本当に幸せだったな。
ケリーと知り合って数年後に彼が他の国の遠征に駆り出されることとなったの。その遠征は最初は医療部は配属されないこととなっていて、万が一ケリーが怪我をしたら嫌だと私が駄々を捏ねて父が上層部に掛け合ってその遠征に医療部として父と私がついて行けることになった。この時私が駄々を捏ねなければ父は死ななかったわ。後悔しない日はない。それでも、それが覆すことの出来ない私の過去。
この遠征の本当の目的は私達が遠征先を攻めている間にこの国の同盟国を攻め落とすのが本命だったのよ。私達が攻めて、同盟国から援軍が来る。その間に同盟国は少し手薄になるから。その策は成功したわ。私が生き延びた後にアフトクラトルがこの国の同盟国を落としたということを聞いたから。すぐに理解したわ。私達は「捨て駒」だったのだと。
それでも当時の私達は自分達が捨て駒だなんて知らずに一生懸命戦い続けた。耐えていればアフトクラトルから援軍が来ると信じてね。そんなもの来るはずがないのに。
「父さん、しっかりして!しなないで……!」
私と父さんは医療部として換装出来るトリガーをもらっていたけれど長期に渡る使用は無理で2人とも換装なんてとっくに出来なくなってしまっていた。それでも父さんは生身で兵隊の手当てをしていたの。そして流れ弾に当たって瀕死の重傷を負ってしまった。
「……先生…」
「……ケリー、デュイを頼む。こいつは、しっかりしてるが、俺がいないと、全然、駄目だからな」
「いや、しなないで父さん!いや、いやよ…!」
父さんの手を握って私は泣き縋ったけれど父さんの握り返してくれる力は本当に弱々しくて、…これでも父さんの助手をしていたからね。父さんがもう助からないことはどこかで察していたわ。信じたくはなかったけれど。
「そうだよな……なにか、遺して…やりたいな…」
そう言って父さんはトリガーを手に持った。換装なんて出来るはずないのに。そう思ったけれど父さんは最後の力を振り絞って換装したの。私は嬉しかったわ。換装さえ出来れば痛覚もいじれるし、まだ父さんが助かる可能性だってあると思ったから。でもそうじゃなかった。
「デュイ。可愛い俺の娘。どうか、幸せになってくれ」
そう言って父さんの体が光ったの。何が起こったか分からなくて。気が付いたら私の手には見たこともない耳飾りが握られていて、これが何か聞こうと思ったら目の前の父は塵となって崩れたわ。
「 えっ 」
何も理解出来なかったわ。現実が受け止められなくて放心してしまったの。でも状況は全然待ってくれなくて。私を呼ぶケリーの声と銃声、そして強く引っ張られるがままに私はその場を後にした。父さん、父さんがまだ、あそこに。そんなことを言ってた気も…しなくもないんだけど。
ケリーはずっと私を庇っててくれた。慰めてくれた。アフトクラトルの援軍がすぐに来てくれるよって。それまでは僕が絶対に守るよって…。………ケリーが、致命傷を負った時、私も死にたいって言ったの。1人で生きていくのは怖くて辛いから。父さんとケリーと死なせてって。ケリーの傷は深くてそんな私の叫びに悲しそうな顔をしていたけれど声は出せなかったの。父さんが遺した耳飾りを握って死なせたくないと願うとそれが起動した。父さんは黒トリガーになっていたの。私の両手に手袋のようなものが現れて咄嗟にケリーの傷口に当てるとケリーは驚いた表情をした後、息も整って声も出してくれたの。
「……痛くない、」
「へ……」
「痛くないよ、デュイ…そっか…、それは先生がデュイに遺した黒トリガーだったんだね…」
ケリーは痛くないと言っている。さっきまでは息も整わず喋ることも出来なかったのに。でも傷は塞がっていないし血だって止まらない。治ってるわけではなかった。
「僕は…兵隊でいくつか黒トリガーを見てきたけど…こんなに優しい黒トリガーは初めて見たよ…」
「黒トリガー…?」
「うん…これは先生そのものだよ…。先生のおかげで、僕は最期にデュイと喋れた」
ケリーの顔からどんどん生気が失われていく。
こんなに、ちゃんと、喋ってるのに。
「デュイ。僕は本当は兵隊じゃなくて、先生のような優しい医者になりたかったんだ。命より大切なものはないんだよって。…そう言う先生が格好良かった」
それは、間違いなく私が大好きだった父のこと。
「先生と僕はここまでだけど…デュイは生きてくれ。デュイが生きてる限り、僕たちの想いはきっと生き続けるから」
愛してたよ、ありがとう。
ケリーは笑顔で最期にそう言って息を引き取ったわ。
それから私は血反吐を吐くような思いをして生き延びたわ。絶対に死んでやるものか。遺された私が2人の意思を継ぐ。私が生きてる限り彼らは本当の意味では死なないのよ。だから、死んでたまるか!そう自分に言い聞かせて。
いくつかの国を転々として、この国に辿り着いて口の悪い婆様に拾われてね。婆様と考え方が一致したからそれからはずっと婆様と一緒に医者として過ごしたわ。この家はその婆様が遺したものよ。
父もケリーも婆様も私の中で生きている。そして私が死ぬ時もきっと誰かが私の意思を継ぐと信じてるの。
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