▼ 初恋
リン。おれの好きなおんなのこ。
最初はお人好しなやつだな、くらいにしか思ってなかったけれど川からおれを引っ張り上げてくれた顔はずっと忘れられなかった。だから玉狛支部で再会出来た時は嬉しくて、嬉しいって思うってことはおれはまたあのずぶ濡れの女の子に会いたいと思ってたんだなって自覚した。あの時借りたタオルも返さなきゃなと思ってはいたものの結局返せていない。あのタオルを見るといつも嬉しい気持ちになっていたからだ。リンに何気なしにタオルを借りっぱなしでごめんと伝えたことがある。そしたらリンはやっぱり「全然いいよ」っておれが思い浮かべた通りの笑顔で言ってくれた。その顔が好きだなって。今思うとおれはあの日必死な表情でおれを引っ張り上げてくれたリンに一目惚れをしていたのかもしれん。一緒に過ごしていくうちに内面も好きになっちゃってたんだけどな。
でもおれはいつ限界が来るかも分からない体だからこの気持ちをリンに伝えるつもりはなかった。おれの残された命はとりあえずオサムとチカと遠征に行くこと。レプリカを見つ出すこと。そして危なっかしい惚れた相手を見守ることに使おうって決めていた。
ある日、リンはやりたいことが出来たとおれに言った。軽く聞いても内容は教えてくれなくて、危ないことじゃなければいいか。と無理に聞くことはしなかった。ヒュースには教えたのかななんて。ちょっとモヤモヤもしたけど。
メディルという国は医術が発展しているらしい。この国についてからリンは明らかに今までとは違い目を輝かせていて、なんとなく。もしかしてリンはおれの怪我を治す方法を探してるんじゃないかと思った。リンはおれに生きていてほしいと言ってくれたから。勘違いかもしれんけど、おれと生きたいと真っ直ぐに伝えてくれるリンの口元はいつも綺麗に澄んでいたから。
そんなリンが大怪我を負って、おれは怖かった。おれが大切だと思った人はいつもおれの側からいなくなってしまう。顔も覚えてない母親も、親父も、レプリカも。リンまでいなくなったら、そう思うとただ怖かった。
結果としてリンは一命を取り留めたもののおれ達との今回の遠征はここまでとなり2週間後には離れ離れになる。やっぱりおれが大切だと思ったものはずっと側にはいられないんだなって。ここまでくると笑えてしまう。
リンのことが好きだ。
でも、いつ死ぬか分からないおれがこの気持ちを伝えるつもりはない。
ずっとそう思ってた。のに。
「好きな人を助けたいの」
綺麗な口元でリンはそう言った。熱は下がったはずなのにまた頬を染めて。
「だから…ちゃんと私に治されてね。私、この国で待ってるから」
まさかリンから告白のようなものをされるなんて思ってもいなくて。自慢じゃないが告白をされたことは何回もあったけれど自分のすきな子から気持ちを伝えられることがこんなに嬉しいなんて知らなかった。だっておれ、リンが初恋だったから。
「リン」
「うん?」
「愛してる」
そう伝えるとリンは顔をますます真っ赤するのが可愛くて。…興奮させてしまったせいで傷口が痛み出してしまったのは申し訳なかったけど。
「好きな人だの治されてだの。それも嬉しいけど…もっと分かりやすい言葉が欲しいですな」
そう言うと少しの沈黙の後、覚悟を決めたようにリンは口を開いてくれた。
「遊真、すき」
その言葉だけ良かった。
いつ死んでしまうとか、離れ離れになってしまうとか。考えたらキリがない。リンがおれに気持ちを伝えてくれたのならもう我慢しない。好きな子に好きって言われて応えられないなんてどうしても嫌だったし後悔はしたくなかった。
「リンかわいい。すき。だいすき」
おれはリンを置いていくかもしれない。もしかしたらいつも無茶をするリンのほうがおれを置いていくかもしれない。
それは生きているうえでは仕方がないことで。
だったら伝えられるうちにいっぱい伝えておこう。
「………すまんリン、無茶させすぎたな…」
おれと気持ちを伝え合ったリンは翌日見事に高熱を出していた。元々しのださんとの話で消耗していたリンを更に消耗させた自覚はある。意識がある時に大丈夫、とは言ってもらえたけれど今日は出来る限り休ませたほうがいいだろう。デュイさんにも「今日は丸一日寝てなさい」と言われていたし。
「ユーマ、ちょっといい?」
そう言ってデュイさんが部屋へと入ってくる。リンの頬に手を当てて小さく溜息をつくとおれの隣に椅子を持ってきてデュイさんはそこに座った。
「デュイさん、どうしたんだ?」
おれのほうから話を切り出すとデュイさんは腕と足を組んでおれのほう見て、そして目を伏せて口を開いた。
「リンには助けたい子がいるの。片目に片腕片脚、あとは左脇腹あたりの損傷。今は特別な方法で命を繋いでいるけどあの子の国で助ける方法は見つかってないって」
それはおれが初めて聞くリンの助けたい相手の詳細。そしてそれが誰のことか。
デュイさんが真っ直ぐとおれの目を見て核心を突いた。
「リンが助けたい相手ってユーマかしら?」
どうやらリンはデュイさんに誰のことかまでは伝えてないようだ。人の体のことを勝手に言ってはいけないって思ってるんだろうな。まったく、律儀なやつ…
「うん。その怪我はおれのことだよ。…というかリンに助けたいって直接言われマシタ」
「……ふーん。特別な方法って多分黒トリガーでしょ。いいの?そんな大事な情報を私にバラして」
「いいよ。デュイさんはリンを助けてくれたから。隠し事はしない」
それからおれはデュイさんに聞かれたことを隠すこともなく答えた。元々は近界の戦争に参加していて瀕死の重傷を負ったこと。親父が黒トリガーになっておれの本体を黒トリガーに封印したこと。今は黒トリガーからの補給で命が繋がれていること。食事は必要だけど睡眠は必要でないことなど。
一通り質問に答えるとデュイさんはありがとうと言って情報をまとめているようだった。
「なあ、デュイさん」
「なに」
「デュイさん言ってたよな。取り零したものを託すのも悪くないって」
情報をまとめていたデュイさんの手が止まりおれと視線が合う。
「いや、すまん。話したくないならいいや。忘れてくれ」
「父と恋人よ」
「……それは、辛かったな」
まさかすんなりと答えてくれるとは思っていなかったし、失った相手があまりにも重すぎてそれ以上何も言えなくなってしまった。気まずそうなおれを見てデュイさんはふーっ、と大きな溜息をついて
「そうね。ユーマも色々話してくれたし、つまらない話だけど聞く?」
そう提案してくれたのでおれはデュイさんさえ良ければ、と返事をした。
そしてデュイさんは話してくれた。
大切な人を取り零したむかし話を。
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