遺されたものたち | ナノ


▼ 私の望み

所詮兵士なんて捨て駒なのよ。
いらなくなったら、使えなくなったらポイ。
信じていたものに突然手を離されるなんてきっとよくあること。そして遺されたものに出来ることなんて限られてる。

「さて。答えを聞かせてちょうだい。シノダ?」

あなたがこの遠征のトップなんでしょう。彼がリンをどういう建前で切り捨てていくのか。それだけは興味があった。

「斎藤の意思を全面的に尊重する」

なんて聞こえの良い責任転嫁。あの子はお人好しだからどうとでも誘導出来るでしょうね。それこそ少しでも説得すれば「わかりました。この国に残ります」なんてすぐに言いそう。

「ふぅん。じゃあリンが自分の国に帰還したいって言ったら今回の遠征を諦めて帰るのかしら?」

そんなこと出来ないでしょう?
私が意地悪な質問をすればシノダは

「無論だ。斎藤が帰りたいというのなら帰ろう。全責任は私が持つ」

真っ直ぐな、迷いのない表情でそんな馬鹿みたいに羨ましい言葉を口にした。





今は薬が効いているけれど腕も脚も痛いし自由が効かない。そして何より腹部の傷は今ですら熱を持っていて不快だった。この状態で遠征について行くなんて言うはずがないのに忍田さんはそれはもう驚いた顔をしている。

「置いてって……斎藤はここに残るつもりなのか?」
「はい。この傷じゃアフトクラトルに着いて行っても邪魔にしかなりませんし」
「………」

着いて行くと言えばきっと忍田さんたちは一緒に連れて行ってくれると思う。だけどそれは私の中ではあり得ないことだった。今でも十分迷惑をかけているのにこれ以上迷惑なんてかけられない。

「斎藤。おまえが望むなら我々は一度帰還することも考えていた。遠慮はしなくて良い。おまえ自身が本当はどうしたいのかを聞かせてくれ」
「は!?」

忍田さんの信じられない言葉に思わず声が漏れてしまう。それは、それこそ本当にあり得ない。

「やめてください。絶対嫌です。私、今でもみんなに迷惑をかけてしまったことが申し訳なくて仕方がないんです。どうか、私のことは気にしないで遠征を続けてください!お願いします!」

忍田さんに頭を下げると忍田さんは黙ってしまう。そうだ、忍田さんは私が本当はどうしたいかを聞かせてと言っていた。忍田さんもヒュースも遊真も。他のみんなもきっとアフトクラトルがこの遠征の目的地だった。でも私だけは違った。もう黙ってるわけにはいかない。

「それに、願ったり叶ったりなんです」
「リン…?」

私の隣にずっといてくれた遊真が不思議そうな表情で私の名前を呼んだ。そう。私が遠征に行くと決めたのは、

「私は今回の遠征で近界の医術について何かを得たかった。そしてメディルという国に来れて、デュイさんに出会えました。でも…1ヶ月ではどう頑張っても何も得られないことにも気付いていたんです」

デュイさんは色々なことを教えてくれたけれどまだ何も取得も理解も出来ていなかった。近界の言葉だって読めないし、トリオンを医術に適応する技法も全く使い物にはならなかった。1ヶ月というタイムリミットがどうしても煩わしくて、焦って。それこそこんなにも時間が足りないと感じたのは生まれて初めてだったほどに。

「ここまで大怪我するなんて思ってもいませんでしたけど、この国に残されるならそれは私にとってはむしろ有り難いことなんです。ごめんなさい、忍田さん。私はこの遠征を、私情で参加したんです」
「斎藤………」
「だから私のことは気にしないでください。大丈夫、なんとか生き延びます。その…動けるようになるまではデュイさんに迷惑をおかけすると思うのですが……」

チラッとデュイさんのほうへ目線を向けるとデュイさんは腕組みをしたまま感情の読めない表情で黙っている。…いくらデュイさんが親切だからといっても図々しい申し出なのは分かっている。お金が全てだと言われたこの国で、恐らくデュイさんは私たちにお金を請求したことがない。払えないのならすぐに出ていけと言われてもおかしくない状況だ。……それでも。私はデュイさんに縋るしかなかった。なんて、勝手。

「タダ働きなんてごめんよ」

デュイさんの言葉に誰もが言葉を失う。やっぱりダメか…と諦めていると

「動けるようになったらリンには私の助手として働いてもらうわ。対価として衣食住には困らせない。いいわね?」
「え!?!
「何よ、嫌なの?」
「いや、むしろ良いんですか…!?」

私はこれからもデュイさんから近界の医術について学ばせてもらえるよう何度でもお願いをするつもりだったのにデュイさんの助手として働かせてもらえるということは、学ぶ機会が与えられるということ。それだけでも凄いことなのに衣食住の面倒まで見てくれるという。嬉しい。嬉しいけど…

「いいのよ」

申し訳ないという気持ちが伝わったのかデュイさんは微笑んでくれている。

「私が取り零したものをあなた達に託してみるのも悪くないから」

その微笑みは少し寂しそうで、そして今まで見た中で1番優しさに満ちていた。



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