遺されたものたち | ナノ


▼ お人好しの多い国

自転車、という乗り物がこの国ではよく使われるらしい。確かにこれを乗りこなしている人の数は多い。少し外に出ればいくらでもすれ違うほどに。この国の地面は平らだからこんな不安定な乗り物でも快適に乗れるようだ。しかもこの自転車という乗り物はトリオンを一切使わずに歩くよりも、走るよりも速い速度で移動出来るという優れものだ。
レプリカから聞いていたけれどこの国はおれが今まで渡り歩いた近界の国とは違ってトリオンに依存していない。トリオンを使わずにここまで安定した日常を保つことが出来るなんて驚きだ。そのせいもあってか、この国の人間は優しくどこか呑気な者が多い。それこそ先日出会った「クラスメイト」というやつもそうだし、オサムなんて面倒見の鬼。というあだ名がぴったりだろう。よくもまあ、まだ出会って少ししかたっていない相手のためにあそこまで必死になれるものだと呆れも感心もした。あいつはきっと大馬鹿で、そんでとんでもなくいいヤツということはおれのサイドエフェクトに反応しない時点で決定的だった。

(あー…)

何度も転倒を繰り返すうちにコツが分かってきたかも、なんておれの淡い期待を裏切るように自転車は俺の意に反した方向へと舵を切る。地面に転がることには慣れていたけれどこれは川に落ちるな、と思った時には時既に遅し。バシャ、と派手な音を立てておれは自転車とともに川へと転がり落ちて行った。川に落ちると服を乾かすのが面倒だし万が一自転車が壊れたらショックである。とにかく川から上がろうと思ったおれの耳に再び大きな水音が響いて、次の瞬間力強く腕を引っ張られた。

「大丈夫!?」

衣服を纏ったままずぶ濡れになった少女がおれの腕を引っ張って真剣な表情でそう尋ねてくる。

「? お、おう」

突然のことに気の利いた返事など出来ず、むしろ生返事のような適当な声を上げてしまう。だというのにおれの腕を掴んだ少女はそんなこと全く気にせずにほっとしたように真剣だった表情をふにゃりと緩めた。

「よかった、早く川から上がろ?」

この国の人間はきっとおれが思ってるより馬鹿が多くて、信じられないくらい優しいやつが多いんだとおれは再び思い知らされるのだった。



「うわぁーびしょびしょ」

そう言ってスカートを絞り上げる少女から少し目を逸らす。まあ、別に。見ようとは思わんけどさ。…この見た目だしおれが一応男ってことは全く意識されてないみたいだな。変に意識されるほうが面倒臭いしいいか、とおれも少女を見習って服を絞る。少女はそんなおれを見て何かを思い出したように踵を返してなにかを拾って再びおれの元へと戻ってきた。どうやら荷物を取りに行っていたらしい。鞄からタオルを取り出すと少女は迷うことなくそのタオルでおれの頭をわしゃわしゃと拭きだした。

「わっ、ちょ…」
「ちゃんと拭かないと風邪引くよ?」
「それはおまえもだろ?おれはいいよ。風邪、引かないから」
「いーの。私がやりたくてやってるんだから」

少女はおれの意見なんて全く聞かずにわしゃわしゃと人の頭を拭き続ける。自分の頭からは水を垂らしてるくせに。

「おれ、こんな見た目だけど一応15歳なんだけど…」
「へー?」
「…子供扱いしてる?」
「? 別にしてないけど…でもそれを言うなら私は17歳だから私よりは子供だね!」

というわけでおねーさんの好意を素直に受け取りなさーい。なんて訳の分からないことを言って17歳の少女は優しい手つきでおれの頭を拭き続けるのでおれは抗うことを諦めることにした。この国の奴らってなんでこんなにお人好しばっかなんだ?ふつーに心配になるぞ…

「よし、こんなもんかな」
「アリガトウゴザイマシタ」
「いえいえ。でも川には気をつけてね。さっきは浅いところだったけれど急に深くなったり流れが速くなったりするから」
「ふむ、そうなのか。分かった気をつけるな。えっと…」

そう言えばこの少女の名前を聞いていない。名前は、と尋ねようとした瞬間。

『ユーマ』

相棒のおれの名前を呼ぶ声と同時に警報が鳴り響く。そうか、ここは警戒区域が近いから近界民が現れる可能性が高いのだろう。オサムの話だと警戒区域内に現れた近界民が警戒区域の外まで移動してくることはまずないと言っていた。だからここにいれば安全だろう。
ただ、万が一にも俺に手を差し伸べた少女を危険に晒すのは本意ではない。大丈夫だとは思うけれど一応遠くに避難はしておいてもいいだろう。

「なあ、一応ここから離れようぜ」
「うん、一応離れておいてね。でも大丈夫──トリガー起動!」

そう言って少女は瞬く間に姿…というより服装を変えた。

「私が絶対守るから」

それだけ言い残すと少女は警報が鳴り響く地へと走り去って行った。間違いない、あいつ──

「あいつもボーダーだったのか」
『そのようだ。それにオサムよりかなり手練れのように見えた。私達の援護は必要ないだろう。それより彼女に私達の存在が勘付かれるほうが厄介だ』
「……そうだな」

誰もがオサムのように近界民を受け入れてくれるとは限らない。余計な面倒ごとを起こしてはそれこそオサムにまで迷惑がかかってしまうかもしれない。それはダメだ。おれはなにかあればこの国を後にすればいいけれどオサムはこの国の人間なのだからそうはいかない。そしてそれはあの少女も同じだ。

「あっ」
『どうした、ユーマ』
「タオル。おれの首にかけたまま行っちゃったな」
『ここに置いていくのか?』
「うーん…」

たぶん。あいつはここに戻ってくると思う。俺がちゃんと避難出来たかどうか確認しに。なんとなく、あいつもオサムに似てかなりのお人好しに思えたから。だからレプリカの言う通りこのタオルをここに置いて行けばきっとあいつの手元には戻るんだと思う。でも、

「いや、持って帰る。そんでいつかちゃんとお礼を言って返すよ」
『…心得た』


完全な無意識だったけれどこれはおれがまたあの少女に会いたいと思ってる証拠で、おれはこの場所を離れる間レプリカにずっとあの少女の話をしていたらしい。
だってさレプリカ。川から引き上げてくれた時のあいつの必死な顔が忘れられなかったんだよ。



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