▼ 今後の方針
斎藤が意識不明の重傷を負った。
許されることではない。遠征に出るということは身の危険があるということを私も隊員たちも理解はしていた。それでも今までの遠征で命に関わるような怪我人が出たことはなかった。……考えが甘かったと言わざる負えないだろう。斎藤のことを考えれば彼女が完治するまではこの国に留まるか、体力が戻り次第一度本部へ引き返したほうがいいだろう。
……それが即決出来ればどれだけ良かったことか。
これだけ大掛かりな遠征では費用も莫大にかかり、そして三雲隊員の会見により世間にも今回の遠征のことは知られてしまっている。手ぶらで帰ることは許されなかった。
「リンはこの国に置いていくべきだ」
そんな私の悩みを一蹴するように近界民であり、目的地であるアフトクラトルの兵士であったヒュースが進言する。
「リンを見捨てるということか」
「まあまあ風間さん。ヒュースの意見を聞こうぜ、一応」
ヒュースの言葉に慶と風間が応えるもののその態度は少し険悪だ。二人も…いや、遠征に参加した全員が斎藤の安否を気にしていて、そしてトリガーを持っていようと近界という未知の世界では何が起こるか分からないという緊張感を改めさせられていた。
「…勘違いするな。オレはリンには恩がある。…他のやつらより情もある。だがリンの回復を待つことは無駄だ」
「ヒュース、どういうことだ」
ヒュースの言葉に今度は私が応えた。
昨夜遠征艇に帰還した三雲隊員の話では斎藤は重傷を負ったものの手当ては無事完了し命に別状はないと言っていた。だというのに回復を待つのが無駄というのは納得が出来ない。
「簡単な話だ。兵隊の1人を重傷にすればそいつが完治するまではこの国に留まるかそいつをこの国に置き去りにするしかない。留まればその間にもアフトクラトルはこの国の軌道から外れてしまうからな。今を逃せば1年近くはアフトクラトルに向かうことは出来なくなる」
私の問いかけにヒュースは素直に答えてくれる。…これはヒュースにとっては初めて漏らした内部情報だ。彼は彼なりに斎藤があんな目に遭ったことに責任を感じているのかもしれない。
「そしてこの足止めが通用すると判断すれば1年後にはまた他の兵隊を襲うだろう。だからリンの回復を待っても無駄だ。次の被害者が出るだけだからな」
「ヒュース。おまえはこの奇襲があることが分かっていたのか?」
私の言葉にヒュースは眉間の皺を濃くする。だが見逃せない。もし分かっていたのなら何故私たちにそれを伝えなかったのか。伝えていれば対応出来たかもしれない。だがヒュースは斎藤 隊員を置いてでもアフトクラトルへ向かうべきだと言っている。私たちを足止めするために黙っていた…というわけではないのだろう。では、何故?
「……このやり方はアフトクラトルで確かに行われることはあったが……少なくともオレの上官は嫌っているやり方だった」
「…それはつまり、ぼく達の国に来たハイレイン達じゃなく他のアフトクラトルの兵士にも目をつけられてるってことなのか?」
三雲隊員の言葉にヒュースは少しだけ黙った後、ああと返事をした。
「今回の件で玄界からオレたちがこの国まで来ていることは知られてしまった。補給が終わり次第すぐにアフトクラトルへ向かわなければ今度は遠征艇やチカが狙われる可能性もある」
ヒュースの意見は理に適っている。
結局、斎藤の回復を待ったところで次の被害者が出ることは明白だった。そしてこの国に留まれば留まるほど奇襲を受ける可能性も高くなる。補給が終わり次第アフトクラトルへ向かったほうがいいのは間違い無いだろう。
慶も風間もヒュースの独りよがりな意見ではなく説得力のある意見だったため何も言えずにいる。そう。私たちは今、斎藤を見捨てようとしているのだから。
「……情報、感謝する。だが補給が終わるには最短でもあと三週間ほどかかる。私は斎藤の体力が戻り次第彼女の元へ向かい今後の話をしてくる。この国での偵察は今後一切中止として、遠征艇周囲の警備を強化する!まず配置だが──」
そう。
どんなに気が急いてもあと三週間はこの国から動くことは出来ない。見方を変えれば私たちには三週間考える時間が与えられたのだ。
これ以上の被害は出せない。それは何より隊員達の未来のために。
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