▼ やりたいこと
リンを手当てしてくれた医者、デュイさん曰くリンは命に別状はないようだ。とは言っても重傷だから絶対安静だと言われた。
「まあ、乗りかかった船だしリンの面倒は私が見るわ。こんな大怪我した子を放り出すほうが寝覚めが悪いし」
そうデュイさんが言ってくれて正直かなり助かった。この状態のリンを遠征艇まで移動させるのも、そして遠征艇で様子を見るのも不安だったから。それはオサムも同じだったらしくホッとした表情を浮かべて何度もお礼を言うオサムに続いておれもお礼を言うとデュイさんは「はいはい」と言ってくれた。ちょっとこなみ先輩に似ている雰囲気に和んでいるとデュイさんは真剣な表情を作っておれたちにこう言った。
「でも何人も面倒を見るのは無理。この子の側に誰か置きたいならオサムかユーマ、どちらか1人にだけにして」
デュイさんの申し出は当然のものだろう。どうやらこの建物にはデュイさん一人しかおらず、リン一人の面倒を見るのだって大変だと思うのに人数が増えればますます手がかかるのは当然のことだった。
たぶん、オサムが残りたいって言うんだろうな。責任も感じてるし面倒見の鬼だし、空閑は遠征艇に戻ってチカの側にいてくれ。とか言うんだきっと。
「空閑。空閑は千佳の──」
「オサム、おれが残りたい。残ってもいいか?」
だからおれはオサムが言葉を言い切る前に自分の要望を口にした。オサムは驚いた表情を浮かべている。そういえばオサムの意見に真っ向から反対したのは初めてかもしれん。今までもオサムと違う意見を言うことはあっても自分の意見を押し通したことはなかったから。でも、
「すまん、オサム。リンの側にいたいんだ」
どうしてもリンの側にいたかった。
「……分かった。空閑、頼む」
「ああ。…ありがとな、オサム」
オサムは少しだけ悩んではいたけど、おれにそう告げる時にはもう迷いはなかった。流石おれの隊長。感謝しかないな。
デュイさんの話だとリンは今夜は目を覚ます可能性は低いらしい。覚ましたとしても体力も戻っていないしまたすぐ眠ってしまうと思うと。それに痛みによって覚醒してしまう可能性が一番高いらしく、その場合はこの薬を飲ませるようにと渡された。
「さっきも言ったけれど命に別状はないからそんなに心配しなくても大丈夫よ。それよりユーマも眠くなったら眠ること。そこのソファーに掛け物も置いておいたから」
「ありがとデュイさん」
「ユーマにまで倒れられたら私が困るだけよ。じゃ、私は寝るわ。何かあったらいつでも声はかけてくれていいから」
そう言ってデュイさんは部屋を後にした。リンだけではなくおれのことまで心配してくれるデュイさんは二人が言っていた通り良い人だ。照れ隠しなのかウソはついていたけど。
眠りを必要としないおれにリンを見守ると言う役目は適任だ。もしまたあいつが襲ってきたとしても絶対にリンには手を出させない。こんな、……こんな大怪我をさせてしまった。
はぁ、と溜息をつく。
そう言えばリンのむかしの話を聞いた時もリンは怪我をしていた。ここまでは酷くなかったけれど…リンの傷付く姿は見たくないと思ったのを覚えている。そしてそれはおれだけではなくて。この状況は嫌でも遠征に行く前に言われた言葉を思い出させた。
「遊真。あの子、すぐに死に急ぐからほんっとーーーーーに気をつけてあげてね!」
おれの両肩に手を置いて呆れ半分、必死さ半分でこなみ先輩がおれにそう伝えていた。こなみ先輩からこう言われるのはこれが初めてではなくもう3回目だ。そんなに心配ならこなみ先輩も遠征に来れば?と最初は言ったもののどうやら迅さんから止められているらしい。こなみ先輩が残らないとこっちが厄介なことになると。迅さんにそう言われてしまえばこなみ先輩が断れるはずがなかった。
「ふむ。うちは隊長もその気がありますからなぁ」
「んな!?もう!みんないのちをたいせつにっていつも言ってるのに!」
うがー!とこなみ先輩は頭を抱える。オーバーリアクションにも思えるもののリンもオサムも前科があるので無茶をしないという点に関してだけは信用がないのである。
「ははっ。りょーかいこなみ先輩。ちゃんと気をつけるな」
こなみ先輩は最後まで納得していなかった。
…もしかしたら。迅さんからリンは遠征先で何かしらトラブルに巻き込まれると聞いていたのかもしれんな。
「……ほんっと。死に急ぐんだよなぁ、リンは」
意識のないリンの頬に手を添えるとちゃんと暖かい。それに心からほっとする。生きていて良かった。本当に…
「うっ………」
「!? リン、目が覚めたのか…!?」
思いがけないリンの反応に食いかかるように声をかけてしまう。眉間に皺を寄せて苦しそうにリンは唸っている。
「い、……っ、た……」
「……!傷が痛むのか?」
デュイさんが言っていた通りどうやら痛みで覚醒してしまったらしい。おれはすぐにデュイさんに渡されていた薬とコップに水を注いでリンの元へと戻る。息が荒く、汗もかいている。相当痛んでいる証拠だ。
「リン、薬だ。飲めそうか…?」
「……っ、う、……痛っ…」
リンにはおれの声は届いていない。こんな状態で薬を口に入れて水を飲ませても拒否反応を起こして吐き出してしまうだろう。だけど飲ませなければ痛いままだ。それはあまりにも可哀想で、見ていられない。
「………ごめんな、リン」
おれは薬と水を自分の口に含んで、それを口移しでリンに飲ませることにした。
「んっ、……んぅ、」
リンの唇に自分の唇を重ねる。少し舌を差し込んで薬をうまく飲み込めるように口の中を掻き混ぜる。リンは最初こそ少し抵抗を見せたものの無事、薬を飲み込んでくれた。
リンの口の端から飲み込みきれなかった水が零れ落ちる。それをタオルで拭っていると、
「………ゆ、ゆうま…?」
リンと目が合った。目が、開いてる。
「リン…!」
リンの名前だけ呼んで、次になんて言えばいいのか分からなくなってしまった。大丈夫か?なんて大丈夫なわけがないし、痛くないか?なんて痛いに決まっている。言葉に困っているおれとは違いリンは
「お、おさむは……無事……?」
非情なほどいつも通り、他人の心配をしていた。
そんな大怪我をして。薬を飲ませたといっても体中が痛むはずなのにリンは自分の心配なんて全くしていなかった。
「……無事だ。オサムも、他のみんなも、誰も……みんな無事だ」
リン以外、無事なんだ。
それがどうしようもなく悔しいというのに。
「………よかった…」
なのにリンは本当に嬉しそうに笑うから、おれはこなみ先輩の気持ちが心の底から分かってしまった。
──ただ、あたしはリンに死んでほしくない。それだけ!
死なせたくない。
この馬鹿みたいに人のことしか考えていないお人好しに生きていてほしい。無茶しないようにいつまでも見守って…いや違うな。見張っていたい。
いつの間にかリンはまた意識を失っていた。拭けるところは汗を拭って、シーツをかけ直す。胸が上下していて呼吸も整っている。薬が効いたのだろう。その事実にほっとしながら眠りを必要としない体が時限爆弾付きなことを思い出してしまった。
(おれ……リンを遺して死にたくないな…)
だってこいつは目を離すとすぐに死に急ぐから。そんなリンを側で見守るのはおれが良かった。そんな、わがまま。叶うはずもないのにな。
久々に眠りを必要としない体をフル活用して、そして自分の置かれている現実を再びおれは突きつけられるのだった。
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