遺されたものたち | ナノ


▼ 一刻を争う

おれがオサムの元に着いた時、既に太刀川隊と風間隊のみんなは合流していた。オサムが言うにはここからアフトクラトルの刺客と思われる男とリンが落ちたらしい。上から覗いても木が邪魔でリンの姿は見つけられない。おれが到着するまでにたちかわさん達はどうやって男と対峙するかを決めていたらしく、それは至極簡単なものでたちかわさんとかざまさん、そしておれは正面突破。カメレオンの使える残りの二人といずみ先輩は男に気取られないよう距離を取ることとなった。
それだけ決まれば十分だ。おれたちはすぐに崖下へと飛び降りてそして──


「お?なかなか早い到着だったな。お見事」

おれ達を嘲笑うかのようにパチパチと手を叩く男の足元にはぴくりとも動かないリンの姿があった。
その姿に緊張が走る。リンは生きているのだろうか。背中には剣のようなものが刺さっている。…遠目には出血はさほどしてないように見えるが今すぐにでも駆けつけたい。それには目の前の男がどうしても邪魔だ。

「うちの仲間が随分世話になったな」

そう言ってたちかわさんが弧月に手をかける。おれもかざまさんもスコーピオンを手にすると男は大袈裟に両手を振った。

「待て待て。オレはお前達と遊ぶつもりはないぜ。任務はほとんど終わったようなもんだしな」
「は、ここまでやっておいてそれはねーだろ。俺たちとも遊んで行けよ」

たちかわさんの言葉にやれやれ、と男は人を食ったような態度を示す。全てが勘に障る。こんなやつに構ってる暇なんてない。はやく、リンを助けたい。生死を確認したい。はやく──

「どうしても遊びたいって言うなら……よーいドン」

そう言って男はリンの腹部に突き立てていた剣のようなものを引き抜いた。今まではそれが刺さっていたことで傷が圧迫されていたのか、剣が抜きさられた傷からは遠目に見ても血が流れていくのが分かる。あれはまずい。おれは近界で多くの人の怪我やそれこそ死を見てきた。あの傷は早く手当しなければまずいものだと一目で分かってしまった。

「お前らがオレと遊びたいならオレも応えよう。だけどオレとしては早く嬢ちゃんを医者に見せたほうがいいと思うぜ?少なくとも早く止血しなきゃ失血死する傷はつけたからな」

男の言葉にウソはない。つまりあいつは制限時間付きの傷をリンにつけたということ。それはこの方法で過去に何人も殺してきた自信からくる言葉なのだろう。悩んでいる暇なんてない。おれはすぐにスコーピオンを解除した。

『……たちかわさん、かざまさん。あいつの言葉にウソはない。早く手当しないとリンが、死ぬ』

内部通信で二人に伝えると二人は悔しそうな表情を浮かべて武器を収めた。その行動に満足したように男はまたしてもパチパチと手を叩いた。

「仲間思いの良い判断だ。じゃあオレは帰るが待機させてる奴らにも手を出させるなよ。誰か一人でも手を出してきたら応戦しよう。……そうだな。その場合まずは嬢ちゃんを殺そう」

そう言い残すと男はゆっくりと。まるで通学路を歩くようにこの場を後にした。……今はあんな男のことはどうでもいい。男の姿が見えなくなるのを確認するとおれたちはすぐにリンの元へと駆けつけた。

「リン!リン!しっかりしろ…!」

腹部の傷をすぐ止血するもののリンの傷はこれだけじゃなかった。両脚と左腕が完全に折られてしまっている。顔に血の気もないしおれ達の呼びかけにも応答しない。

「まだ死んでません。だけど……あいつの言った通り早く手当しないと…」

きくちはら先輩が気まずそうに言葉を紡ぐ。きくちはら先輩のサイドエフェクトは聴覚だ。きっときくちはら先輩には聞こえているんだ。弱っているリンの心音が…!

『空閑、聞こえるか!?』
「…!オサム、」
『あいつは…いや、それは後だ。斎藤先輩は!?無事なのか!?』

オサムの言葉に一瞬なんて言えばいいのか迷った。どう伝えてもオサムは責任を感じてしまうだろう。だけど取り繕っている暇もない。

「…まだ、生きてる。だけど早く治療をしないとまずい状況だ」
『………っ!!』

オサムが言葉を失っている。オサムにかける言葉を見つけることも出来ずおれは再びリンに視線を戻す。
リンの止血をなんとか済ませてうたがわ先輩がリンのことを抱き抱えて移動することになった。うたがわ先輩に抱えられてもリンは全く反応せず腕がだらりと垂れ下がり、それは簡単に死体を連想させる。早く治療をしなければいけないけれどここは崖下で普通に登っているのでは間に合うかどうか分からない。そしてここまで深手を負った人間を遠征艇で治療が出来るのだろうか。

『空閑!ぼくのいるところが分かるか!?』
「…?ああ、わかるぞ」

オサムのトリオン反応は今でもしっかりと表示されている。そしてそれが移動をしていくのも全部把握出来ている。

『斎藤先輩を連れてぼくのところまで来てくれ!きっと、きっとあの人なら斎藤先輩を助けてくれる!』
「!」

そういえばオサムとリンはこの国の医者と仲良くなったと言っていた。ヒュース曰く、この国の人間は金がなければ縁もないと切り捨てるやつが多いらしく、そんな医者がいるなんて信じられないと言っていた。でもオサムとリンの言葉にはウソがなかった。良い医者に出会えたんだなって。嬉しそうにする二人を見るとおれまで嬉しかったんだ。

「うたがわ先輩、おれがグラスホッパーを出すから一気に崖上まで登ろう」
「…!確かにそれが一番速いか……」

リンに負荷はかかるだろう。だけどこの崖をゆっくり登るよりは確実に速くオサムの元へと駆けつけられる。たちかわさん達にも視線を送るとたちかわさんもかざまさんも頷いて崖上を指差してくれる。

「先に行け。俺たちもすぐに追いつく」
「歌川。斎藤を頼んだぞ」
「はい!」

うたがわ先輩はリンを抱えたまま器用におれの出したグラスホッパーを使って崖上へと向かっていく。長時間戦闘試験の時にうたがわ先輩の隊でこの方法を使っていたのがこんな場面で生きてくるとは思わなかった。そんな偶然に感謝しながらおれとうたがわ先輩はオサムの元へと足を急がせた。

(リン………)

やりたいこと、出来たんだろ?
だったら絶対に死ぬなよ
頼むから。おれの前からいなくならないでくれ



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