遺されたものたち | ナノ


▼ 穏やかな微笑みで

この国に来てから1週間が経った。最初の3日間は偵察組だったためデュイさんの元へ通い、次の3日間は警護組だったため遠征で過ごし。そして昨日はこの国で集めた情報を全員で開示し合った。ヒュースに聞いていた通りこの国の「医療関係者」はお金にこだわるものの、それ以外の人たちは基本は親切で比較的安全な国であるという見解に至った。他の国から治療を受けにくる人もよくいるらしく、この国は戦争に巻き込まれることはもうずっとないらしい。何かあった時にその国の人の面倒は見ない、と言われるのはあまりにも痛手になるとのこと。大金を要求してくる代わりにこの国では手遅れでない限りは殆どの治療が出来るほど医術に長けている国だった。


「さーて!今日もデュイさんに色々教えてもらえるといいなー」
「そうですね。デュイさんは珍しい人だって皆言っていましたしね」

お金に執着する医療関係者が殆どのこの国でデュイさんの存在は偵察を行なった他の隊員やヒュースからしてもかなり珍しい存在だったらしい。トリオンを使用した医術について、私達は何も知らないようなものだから知識が増えるのは良いことだと言われ、今日も私と修はデュイさんの元へ教えを乞いに向かっていた。

「………あの、斎藤先輩」
「なに?」
「斎藤先輩が助けたいのって……」

修はそこまで言って口を噤んでしまう。あ、これは多分修も遊真の体のことを知っているんだと確信した。だって私はデュイさんに遊真のことは伏せているものの、遊真から聞いた本体の傷…いや、損傷と言ったほうがいいかな。損傷についてを詳細に伝えていたから。

「難しいって言ってたけど」

修が続きの言葉を口にする前に私はそれを遮って言葉を続けた。

「無理じゃないってデュイさん言ってたね!」
「……はい!ぼくも絶対助けたいです…!」

修の言葉に二人で力強く頷く。
そう、デュイさんに遊真の損傷のことを伝えたところデュイさんは「難しいけれど無理じゃない」と言ってくれた。その言葉に涙が出るほど喜んだものの成功率は五分以下と付け足されて落胆したのも覚えている。少しでも成功率を上げられるのならどんなことだって、いくら時間がかかっても良い。掴みかけた希望を絶対に離したくないというのは私も修も同じ気持ちだった。




「こんにちは」

デュイさんの家に向かっていると突然声をかけられた。その挨拶に私と修は足を止めて会釈をする。その男の人は人好きするような穏やかな微笑みに落ち着いた声をしている。デュイさんの家は街から少し込み入ったところにあるため街を通過してデュイさんの家に到着するまで誰かとすれ違うことは今までなかったな、と。警戒心が薄れていたことは間違いなかった。

「この短期間で大分近くまで来たんだな。優秀だ」
「……?」
「そっちのメガネにハイレイン家の坊主が世話になったんだろう?」

ハイレイン。その名前に私と修はすぐに警戒心を強めた。この男はアフトクラトルの、ハイレインの知り合いであることは間違いない。この国での補給が終われば次はアフトクラトルに直接移動出来るとヒュースは言っていたけれどここで追っ手か…!

(修のことを知ってる?ここはベイルアウト圏内じゃない!すぐに緊急通信を──!)

突然のことに頭の中に色々な思考が巡る。そんな私達とは対照的に目の前の男の狙いは初めからきっと決まっていたのだろう。その動きには迷いがなかった。

「なっ、!?」
「斎藤先輩!!」

信じられないほどの速さで私との距離を詰めたその男は私の両手を掴み、そのまま勢いを殺さず私諸共崖下へと転落していく。確かにこの国は高いところに建物が建っていたけれど本当に崖下に落ちることになるとは思ってもいなかった。修が必死に私を呼ぶ声もどんどん遠くなっていく。受け身を取りたくても両手をがっちりと掴まれてしまっているせいでこのままでは最悪戦闘体を破壊されてしまう。

「……変化弾!」

落下までの時間はほぼない。最悪自分の腕もこの男と一緒に飛ばしてしまおうと弾道を引──

「残念。不正解だお嬢ちゃん」
「え、」

男の両手は確かに私の手を掴んでいて塞がっている。トリオンキューブだって出ていない。だけどこの男の攻撃は確実に私の急所を貫いていた。

(何……!?)

何が起こったのか分からない。だけど戦闘体が破壊されたことだけはすぐに理解出来た。いつもなら破壊と共に緊急脱出であるベイルアウトが作動するけれど遠征先の今、戦闘体を破壊された私は敵の前で無様にも生身に戻ってしまった。そしてあの高さからの落下ではもう助からないだろう。この男が私の手を離して、きっとそれで終わりなのだとどこか冷静に私の頭は現状を理解していた。




「忍田さん、三雲です!アフトクラトルの追っ手と共に斎藤先輩が崖下へと落下しました!」
『何……!?』

それはあまりにも一瞬の出来事だった。
ぼくたちが何かを尋ねる暇もなくハイレインと口にしたあの男は物凄い勢いで斎藤先輩と共に崖下へと落下して行った。何故そんな行動を取ったのか全く分からないが斎藤先輩が今あいつと一対一でいるのがまずいことは明らかである。

「ぼくも後を追って……!」
『いや、駄目だ!……斎藤のトリオン反応が消失した』
「え……!?」

忍田さんの言葉に絶句してしまう。
だってあいつに襲われてからまだ殆ど時間が経っていない。この短時間で戦闘体を破壊されるなんてことががあるのだろうか。そして戦闘体を破壊されれば遠征艇から3km以上離れたここではベイルアウトが出来ない。それはつまり、生身を敵に晒すということ…!

『三雲君は座標としてそこで待機していてくれ!すぐに援軍を送る!』

援軍を送ると言ってもここに着くまでどうしても時間がかかってしまう。その間斎藤先輩は生身で、身の危険があることは明白だった。だけどぼくも斎藤先輩の元へ向かって戦闘体を破壊されれば忍田さん達はぼく達の位置が完全に分からなくなってしまう。それは最悪だ。絶対に避けなければならない。だけど、すぐに助けに行けないなんて…!


『忍田さん、頼む。おれも行かせてくれ』


通信を通して聞こえてきたのは酷く冷静な、感情を押し殺したような空閑の声だった。


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