遺されたものたち | ナノ


▼ 充実した遠征

「ねーちゃんにーちゃん!あとデュイ!ありがとなー!」
「出世払いしなさいよー!」

そう言って元気よくこの場を後にしたのは3日前、私と修が見つけてデュイさんが助けてくれた男の子だ。無事回復して本当に良かった。あの日から3日間、私と修は毎日デュイさんの元へと訪れて少しでも多くの医術に関する知識を教えてもらっていたけれどハッキリ言って全然分からない。そもそもトリオンの使い方の時点で戦いに使用する時と医術に使う時では根本的に使い方が違うらしい。理解するには口で説明するよりもまずは基礎を本で読み解くのが一番らしいけれど私も修ももちろんこちらの言葉が読めるはずもなく。なかなか状況は厳しいけれど私たちの国にはない医療方法があるというのは期待に胸を膨らませるしかなかった。

「さて。あなた達もそろそろ帰る時間でしょ?」
「あ、そうですね…」
「デュイさん、今日もありがとうございました!」

そう言って修と一緒にいつも通り頭を下げるとデュイさんはいつも通りはいはい、と気の抜けたような返事をする。その反応には優しさも含まれていて私も修もすっかりデュイさんに信頼を寄せるようになっていた。

「明日もくるの?」

デュイさんにそう言われて私たちは苦い顔をした。その表情を見るにデュイさんは察してくれたらしく「あっそ」と軽い返事をしてくれる。

停泊中、私たちは2組に分かれてその国で行動をすることになっている。1組が国を偵察という形で回っている時はもう1組は遠征艇及び千佳ちゃんの警護に当たることとなっていて遊真とヒュース、それに忍田さんは緊急事態でもない限りはずっと遠征艇にいることになっていた。私と修は今日を合わせて3日間国を回らせてもらったのでここから3日間は遠征艇での警護担当となる。そして1日は全員遠征艇に集まり収集した意見交換といったサイクルで一週間を回していた。この国での滞在予定は1ヶ月のため、デュイさんのところに通えるのは大体週3回。全部で12回程になる…はずだ。それだけの期間ではトリオンを使った医療方法など何も身につかないのは火を見るよりも明らかだった。それでも諦めるつもりは毛頭もないけど。

「また4日後!必ずきます!予約で!」
「私は高いわよ?」
「えっ…!?お、おともだち割引…!」

そう言うとデュイさんにも修にも堪えきれないように笑われて、私も釣られて笑ってしまう。デュイさんに会えてよかったな。4日後が楽しみだなと思いながら私と修はデュイさんに挨拶をして遠征艇へと戻ることにした。



「それにしてもこの国って高いところに建物が建ってるよね。一歩間違えば落っこちちゃうよ。崖じゃんこことか」
「そうですね。ヒュースから聞いていましたが…金持ちの考えることはよく分からんって言ってましたね」
「言ってた言ってた!」

デュイさんの家からの帰り道にそんな話を修とする。デュイさんの家は街から少し外れたところにあって遠征艇からも街よりも遠い場所にある。忍田さんにはここに通うことは確認済みである…というものの偵察メンバーは基本遠征艇にベイルアウト出来る範囲で行動をしていない。遠征先でのベイルアウト圏内はあまりにも狭すぎるためその圏内だけでは情報は殆ど得ることが出来ないからだ。もし襲われることがあったら撤退することを一番にという決まりで私達は行動を許されていた。

「この高さから落ちたら…まあ換装体だから怪我はしないけど登るのにはちょっと苦労しそうだよね」

近界での行動は換装体が原則とされている。不慮の事態に備えるのは勿論であるけれど、何よりここは異国。換装体でなければ言葉か通じないからだ。そのためこの高さから万が一落っこちても生身でない限り怪我をすることはないだろう。打ちどころが悪ければ損傷くらいはするかもしれないけれど換装体が破壊されるほどのダメージはまず受けないはずだ。

「そうですね…空閑なら登れそうですね」
「あ、そっか。グラスホッパーは装備しててもいいかも」
「え、斎藤先輩落ちるつもりですか?」
「どんなつもり!?落ちたくないよ!」

そんな他愛もない話をしながら遠征艇へと帰り着くといつものようにみんなにお疲れ、とかおかえり、と声をかけられそれに返事をしてこれまたいつも通りのメンバーの元へと向かう。

「お。おかえりオサム、リン」
「帰ったか」
「修くん、リンさん。おかえりなさい」
「「ただいま」」

遊真とヒュースと千佳ちゃんの元に隊長である修が戻っていく。うさみの姿はないから今はオペ室かな。私は今回は単独での遠征参加であるため大体は修たちの玉狛第二と行動をさせてもらっていた。元々同じ玉狛支部で沢山の時間を一緒に過ごしているため私にとっても今回の遠征ではここが一番居心地が良い。

「明日はオサム達も留守番だな」
「ああ。いつも警護をありがとう。空閑、ヒュース。千佳は何か困ったことはないか?」
「うん、大丈夫だよ。修くんもリンさんもいつも偵察お疲れ様」
「ありがとう千佳ちゃん。偵察っていうか…今回に限っては個人的な私用に全振りしてる気がする…!」
「ふむ?」
「…この国にそんな親切な人間がいるとは思えんがな」

私の言葉にヒュースは本気で信じられないと言った表情を浮かべている。確かに。私もデュイさんと出会っていなかったらヒュースと同じ気持ちになっていたかもしれない。苦しんでいる少年を完全に無視して、金はあるのかと嘲笑した人達の顔は忘れられないと思う。でも、

「良い人、いたよ!ヒュースありがとう!」
「俺は別に何もしていない」

そんなことない。医術に長けた国があるかと聞いた時に「ある」と言ってもらえなかったら私は遠征行きを決めてなかった可能性のほうが高かったのだから。あの時のヒュースの精一杯の譲歩が私とデュイさんを出会わせてくれたと言っても過言ではないと思う。

「ふーん?なんか楽しそうだなリン」
「えへへ、今結構楽しんでます」
「ちなみに良い人って男?」
「え?ううん、女の人」
「ふむ。ならいいか」

ちょっと面白くなさそうにしてた遊真に笑顔が戻る。その笑顔のためならどんな難しい近界語も読めちゃう!……と気合いでなんとかなれば苦労しないんだけどな。でも絶対にめげないぞ。折角掴んだ僅かなチャンス。あと3週間で少しでもものにしてやると私は密かに意気込むのであった。

(……隠すつもりが全くないユーマもユーマだが、今のやりとりで何も感じていないリンもリンだな…)



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