遺されたものたち | ナノ


▼ 賭けてみたい

来なさい、と言ったきりその女性は私が声をかけても修が声をかけても振り返ることすらせず歩き続けた。何度か修と顔を見合わせるものの私の背中には苦しそうに呼吸をする少年がいる。助けてくれると言われたのだから腹を括ろう。そう思い歩き続けるとその女性の家と思わしき建物が目に入った。

「入っていいわよ」

それだけを言うとその女性は建物の中へと入って行く。お邪魔します、と修と一緒に頭を下げて建物の中に入るとそこには沢山の本や草…?だったり見たこともないような機械が置いてある。キョロキョロと辺りを見回していると奥の部屋から女性の声が聞こえる。呼ばれるがままその部屋に入るとそこには診察台のようなものとこれまた色々な器具が置かれていた。

「はい。そこにその子を下ろしたらすぐ出てって」
「えっ、あ…」

お願いします、と背負っていた男の子を診察台?の上へと下ろす。ハァハァ、とやっぱり苦しそうで心配だ。

「すーぐーでーてーく!」
「あ…お願いします!」

修がそう言って頭を下げるので私も同じように頭を下げた。はいはい、と言いながら女性はしっしと手を振る。なんだか少しこなみに似てる言い方に親近感を覚えながらも私と修は言われた通り部屋を後にした。

「…………」
「…………」

……出てって、とは。部屋から出て行けという意味で良いのだろうか。もしかしたらこの建物から出て行けということなのかもしれない。だけどあの子が無事回復出来るかも気になる。うーん、と頭を悩ませながら隣に居る修に目をやると修はあまり悩んでいないようだった。

「…ここで待っててもいいかな?」
「え?良いと思いますが…?」

当然のように修がそう返してくる。修のこいういところは素直に凄いと思うし心強い。当然のように、ではなくきっと彼にとってはあの子の安否を見届けることは当然のことなのだろう。修の返答に腹を括り私もここで待つことを決めた。のだけど。

「あまり部屋の中を詮索するのも良くないよね」
「そうですね…でも、見たことないものが多くて正直気になります」
「わかる…!」

この部屋には沢山の本がある。そして調子の悪そうな少年を助けてあげる、と言えるということは彼女には医術の知識がある可能性が高い。そんな彼女の部屋にある本。興味が湧かないわけがない。それに機械も気になる。近界では基本的にトリオンを使って色々なものを動かすと聞いているけれどこれもそうなのだろうか。

「空閑かヒュースを連れて来れないかな…」
「わかる…!!」

さっきから修と意見が合いすぎる。そうだよね。気になるよね…!
そんな葛藤をしながら、それでもお互いの良心に従って暫くは部屋の中を見渡すだけで何もせずに私たちはその場でひたすら待ちに徹していた。ふと。テーブルの上に置かれた本に目をやると人体図が載っていてなんだかとても医術の本っぽい。……怒られたら謝ろう。すごく謝ろう。そう心の決めてその本に手を伸ば──

「ちょっと」
「はい!ごめんなさい!!」

突然声をかけられて勢いをつけて振り返ると腕組みをした女性が立っている。すぐに謝るとはぁーー、と大きな溜息をついて女性は椅子へと腰掛けた。

「なに。ずっと立ってたの?」

どーぞ。と女性は私と修に座るように促してくれる。断る理由もないし気遣いに感謝しながら私たちも椅子へと腰掛けることにした。

「あの……あの子は大丈夫でしょうか?」

私よりも先に修が気になっていたことを聞いてくれる。

「大丈夫よ。あれはこの国では子供の頃に一度はかかる病気なの。ちゃんとした薬を飲んで、2.3日安静にしてれば元気になるわ」
「よかった!」

うんうん、と修と一緒に頷く。良かった…!

「あの子は運が良いわ。この薬は高くてね。お金のない子供達はこの病気でみんな死んでしまうから」

淡々と。信じられないことを女性は口にする。絶句している私とは違い修はすぐに疑問を口にした。

「なっ…!薬があるのにお金がなけれは子供を助けないんですか…!?」

修の言葉に女性は全く動じない。当たり前だと言わんばかりに言葉を続ける。

「この国はね、人の命よりお金が大切なの。あなた達みたいなお人好しには向かないわ」
「お金は確かに大切なものですけど…!」

失われた命は戻らない。
亡くなってしまった私の友人達はお金持ちの家の子供が多かった。どれだけ豪華なお葬式をしても、どれだけ綺麗な花を贈っても彼女達が戻ってくることはなかった。

「命より大切なものはありません!失って、初めて思い知らされるんです…」
「斎藤先輩…?」

修が心配そうな声で私を呼ぶ。その声で少し冷静に戻った私はごめん、大丈夫とだけ修に伝えて女性に向き直ると女性はなんだか困ったように眉を顰めながら額に手を当てていた。

「……まいったなぁ。やっぱり似てるんだよなぁ…」
「…?」
「あなた達、そのままじゃ死に急ぐわよ。優しさは美徳かもしれないけれど自分を一番に考えるようにしないとこっちが迷惑なの!」

はぁーやれやれ、とその女性は呆れたように首を振る。…?こっちが迷惑?何の話だろうと首を傾げていると女性は最初よりも優しい顔つきをして私たちへと向き直る。

「なんでもない、こっちの話。あの子はもう大丈夫だからあなた達も早いうちに自分の国に帰りなさい。この国は合わないわ」
「なっ…自分の国にって…?」
「この国であんな風に誰かのために声を上げるなんて真似、普通ならしないわ。なんでこんな国に来たのかは知らないけどさっさと帰ったほうが身のためよ」

どうやらこの女性には私たちがこの国の人間ではないとバレているみたいだ。それなら逆に話が早い。ガタッと立ち上がって私はこの女性に「賭けてみる」ことにした。

「あの、本当にありがとうございました!助かりました!」
「あ、ありがとうございました!」

私に釣られて修もすぐに立ち上がって頭を下げる。そんな私たちを見て少し居心地悪そうにしながら女性は「はいはい」と言う。

「いいわよ別に。じゃあもう帰って──」
「あの!私斎藤リンっていいます。お願いします!この国の医術について少しでも良いので学ばせてもらえませんか!?」

お願いします!と再び頭を下げる。
少しの沈黙の後「………は?」という声が頭の上から聞こえてきた。


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