▼ 月響女学院の悲劇
ご機嫌よう、と挨拶をする私達はなんともまあ時代錯誤な存在だと思う。だけど美しい生活は美しい行いから、という校風で私達は皆このように挨拶を交わしていた。否、挨拶だけだけどね。
「はーあ、今日の音楽の授業って讃美歌だっけ?ガラじゃないというかなんというか…」
「そんなことないよ。リンちゃんは歌上手だもん」
「いや、そうじゃなくてね…」
私達の通う月響女学院は三門市のお嬢様学校の一つと呼ばれている。星輪女学院とはライバル校として有名で度々比較をされては小競り合いが起こるらしいけれど殆どの生徒は特に気にも止めず各々の学園生活を満喫していた。
「■■はお淑やかだしさぁ、うちの制服も着こなせてて可愛いじゃん。私はなんかなぁ…受験は頑張ったけど合わないというか」
「どうして?リンちゃん、すごく格好良いよ!」
■■の言葉に思わず吹き出してしまう。格好良いって。やっぱりお嬢様学校のガラじゃないじゃん。人より騒がしかったり運動神経が良かったりする自覚はあるし、この女学院ではなんというか私はモテた。女子に。所謂「ナイト様枠」らしい。いやいや勘弁してくれ。
「何かが起こってもリンちゃんは颯爽と駆けつけてくれそうって皆言ってるよ!」
「やーだー。自分のことは自分でなんとかしてくださーい」
「ふふ、そうだねぇ」
■■はそう言って柔らかく笑った。可愛いなと素直に思う。ここはこういう子が通う学校だと思うしガラじゃないと自覚ながらもこの子と一緒に過ごせる学園生活には満足していた。
──それは本当に急だった
授業中に大きな地震が起こった。今まで体験したことのないような大きな揺れに私達はパニックを隠しきれなかった。早く机の下へ、と先生が叫び私達は一目散に机の下へと身を委ねた。こわい、と隣の席の■■が私に手を伸ばしてくる。私は、私も怖かった。それでも■■が怖がっているのなら私まで怖がるわけにはいかない。伸ばされた■■の手を握って大丈夫、と笑えば■■は少しだけ安心したように微笑んでくれて。それが私が最期に見た■■の姿だった。
(……あつい)
最初に感じたのは熱さだった。
いつの間にか気絶していたらしい意識が少しずつ覚醒していく。それと共にゲホッ、と息を吐いた。息苦しい。はぁはぁ、とうるさいくらいに自分の呼吸音と鼓動が鼓膜を揺らす。
やっと覚醒した私が見たものは──
「………え?」
まるで自分のものではない声が喉から出た。目の前に広がっていたのは廃墟、と言うのが正しいだろう。焼け焦げた臭いや、嗅いだことのない臭いに吐き気が込み上げる。口を覆おうとして、自分が何かを握っていることにやっと気付いた。
「 ひっ ! 」
握っていたものは手。いや、腕というのが正しいだろうか。体から切り離されたそれは既に硬直が始まっていてなかなか離れない。こわい。気持ち悪い。泣き叫びたい気持ちをなんとか堪えて思い切り手を振ればそれはやっと私の手から離れた。はぁはぁ、と肩で息をして胃の中のものを全て戻したと思う。そして少しだけ落ち着いた頭で、意識を失う前に自分は誰の手を握っていたかを思い出してしまった。
「……■■?」
うそ、と。そこでやっと私はここが廃墟なんかではなく自分がつい先ほどまで授業を受けていた教室だということを悟った。確かに目に写るのは瓦礫の山だけど粉々になった机だったものや教壇だったものがあり、黒板は割りかし形を残している。
「な、なに……」
震える足になんとか喝を入れて立ち上がる。形を残していた机は私が潜り込んだ机だけで他のものは全て潰れていた。運が良かった。ただそれだけが運命の分かれ道だったのだろう。少し足を進めるとなにか、感じたことのない感触が足を伝ってきた。それが何か、察しれないほど私は愚かではなく。察してしまえるからこそ逃げるように教室だった廃墟からなんとか脱出を試みるとそこで目にしたのは──
「怪物……」
砕け落ちた壁の向こうにはまるで特撮映画でしか見たことのないような怪物の姿があり街を破壊している。そして開けた場所に出たことで足元に転がっている胸に穴の空いた沢山のそれを私は否応なしに見せつけられるのだった。
その後、奇跡的に生還を果たした私は保護されその後暫くは避難所で生活をしていた。家も無くしてしまったからだ。幸いなことに家族は皆無事だった。けれど二大お嬢様学校の一つが壊滅したという事件はこの大侵攻の中でもかなり大きく取り上げられ「月響女学院の悲劇」と呼ばれるようになり生き残りの一人である私はどこにいても好奇の視線に晒されることになった。
後に知り合った迅達によると私が助かったのは本当に運が良かっただけで、逃げ惑ったり叫んだりした学生は全て狩られてしまったのだと推測していた。私は長い間気を失っていて、意識を取り戻した時にはトリオン兵は他の場所に狙いを定めていたのだと思う、と。
そう。私が目を覚ました時は全てが終わっていたのだ。だから何があったんだとか。犯人を見たのかと聞かれても何も答えられなかったけれどそれを責める人はいなかった。みんな優しくて、そして残酷で。
みんなの分も強く生きてね、とか。生き残ったことにはきっと意味があるんだよ、とか。そういう言葉が一番辛かった。だって、そんなこと言われても、困るよ。
避難所は何処にいても誰かに声をかけられて居心地が悪く、私は外を出歩くことが多かった。未だに現実味がない。だけど、■■は。皆はもうどこにもいないのだと思うと吐き気がした。
どうして私だけが生き残ってしまったのだろう?
── 何かが起こってもリンちゃんは颯爽と駆けつけてくれそう
そんなこと全くなかったよ。
何かが起こった時に、私はただ気を失っていただけ。ねえ、皆は泣いてた?助けを求めていた?それすら、私はなにも知らないんだよ。生き残った私は皆の最期を覚えてなきゃいけないはずなのに、なにも覚えてないの。ねえ、そんな私が生き残って、なんの意味があるの?
自分が生き残ってしまった意味を見出せないまま過ごしてきたある日。目の前で小さな男の子が車に轢かれそうになった。咄嗟に私は男の子を突き飛ばして代わりに車に跳ね飛ばされた。薄れゆく意識の中で無事な男の子を見て悟った。このまま死ねれば、今日まで生きていた理由が出来るかなって。
私は別に、死にたいわけじゃない。
でも死ぬ時に「このために生き残ってた」って思われたい。生き残ってしまったことに正当な理由がほしい。生き残ってごめんなさい。わたしはちゃんと人の役に立って死ぬから、だからどうか許してほしかった。
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